0話 不穏な影
「おかえりー!」
少女は自宅の玄関扉向かって元気よく声を出した。
これは毎朝行っており、かれこれ10回目だ。
「お母さん……帰ってこないなぁ……」
家の中はまったく片付いておらず、ごみが散乱している。
「いーち……」
少女は袋に入った長いスナックパンを数えた。
「今日でパンも終わり……」
最後のスナックパンを食べ、そのまま毛布にくるまって寝ころんだ。
「お腹空いた……」
――ガチャ
その時、玄関の扉が開いた。
「おかあさん?!」
少女は慌てて毛布から飛び出し玄関へと向かった。
「お母さん!!」
「……」
玄関には化粧が濃い女が立っていた。
目元の化粧は崩れていた。
「おかあさん? 泣いてたの? 元気出して!」
10日間も放置されていたのにも関わらず、少女は親の心配を真っ先にし、タオルを手渡そうとした。
――バシッ
「えっ……」
「お前が居るせいで……!!」
女は少女の髪を引っ張り風呂場へと引きずっていった。
「いたいよ! おかあさんッ!」
「お前が居なければあの人は私と結婚してくれたのに……ッ!」
女はずっと放置された湯舟に少女の首を絞めて顔を入れた。
「ごぼっ……おがあざん……ッ……なんで……」
「子供が居なければ結婚してくれる……結婚してくれるの……」
女はぶつぶつと言いながら少女の首を絞め続けた。
(しんじゃう……おかあさん……なんで……)
その瞬間、風呂場全体の空間が歪み始めた。
「は……何なのよこれ!! 身体が痺れる……ッ」
女は体中が痺れていたようだが、それは少女も一緒だった。
そしてそのまま風呂場は目を開けられない程に真っ白に光りはじめた。
・・・
・・
・
――場所???
一帯星々の光が散っており、まるで宇宙空間のような場所に、一人の女性が宙に浮いたように立っている。その女性の前にある台座には大きな水晶玉があった。
「何を見ているのですか? 女神様」
ゆっくりと浮かび上がるように一人の男性が、女神と呼ばれた女性の後ろに現れた。
「転生用にストックしていた魂の記憶を見直していたのです」
女神は少女が映し出された宝珠に、優しく触れながら答えた。
「ああ……結局全て使い切る事は無かったですもんね……しかし、このような子どもの魂を保存してなんの意味があるのですか?」
「この子は……魂を探している時に、たまたま見つけたのです。死に際があまりにも不憫でつい助けてしまったのですよ。結果的にその親も巻き込んで魂となりましたが……」
「そうだったのですね……」
「母も子も……最初の分岐点で間違わなければ違った結果に……」
女神様は憐れむような表情を見せた。
「所で……ここへ来たという事は"ネアン星"の座標は掴めたのですか?」
「申し訳ありません。まったく掴めておりません……あの星から帰還していないジャックとも交信は途絶えているままです……ですが! 魂を送り込む魂片の道は繋がっているようです……そこから座標の調査ができれば良いのですが……」
その言葉を聞いた女神は宝珠に映っていた映像を消し、男性の方へと振り向いた。
「魂片の道……魂のみが通る事ができる、全宇宙を繋ぐただ一つの道……私達すら全貌を知らない未知の領域です……触れる事すら叶わないでしょう。それならジャックと連絡を取る方がまだ現実的でしょうね」
「申し訳ありません……範囲を最大限に広げてジャックとの交信は必ず……!」
「にしても……魂片の道の発見は大きな収穫です。よくやりましたね」
「有難うございます……」
「私達にとってはそれほどですが、人にとっては大きな時間が経過しています。フィアン……ネビア……貴方達はきっともうネアン星には居ないでしょう」
女神は宝珠に触れ、何かを呟き始めた。
「女神様……一体何を……」
「ネアン星に魂片の道を使い、この魂を転生させます。正確な座標を知る為に……」
「ですが! 今のを見る限り一人は幼すぎますしもう一人は性格に難が……上手く刺客として動いてくれるでしょうか……」
「どちらにせよ……もう魂はこの二つしかありません。転生させられるのもこれが最後……試せることは全て試しましょう……」
(やっとこの時が来ましたね。ネアン星は誰にも渡しませんよ……)
・・・
・・
・
――同刻…… 場所???
「クク……ついに再生デキタ……」
真っ黒な霧状の瘴気が漂い、禍々しい黒い鎧を身に纏った男が真っ暗な空間で一人立っている。
その男の目の前にはネアン星が映し出されている。
「フィアン……ネビア……私の身体はカエシテモラウゾ……」
黒い鎧の男は映し出されたネアン星に触れながら呟いた。
そして、真っ黒の剣を振り上げると、その男の後ろに無数の真っ黒の瘴気……シャドウと呼ばれる魔物が現れた。
「必ず取りカエス……女神にも触れさせてはナラヌ!」
「オオー!」
無数のシャドウはその言葉に呼応するように叫んだ。
「ではイクゾ……」
男は剣を地面に突き刺した。
すると無数にいたシャドウと男自身は霧となりその場から消えた……。
・・・
・・
・
――さらに同刻 場所:ネアン星の森の中
「ん……」
森の奥深く……草木が生い茂る場所で、ネアンは突如目を覚ました。
「私が蘇ってきたという事は……また世界に危機が来ると言うのか……」
この男は、かつてこの世界を魔王影から救った伝説の元勇者ネアン
この物語は、二人のエルフの少女と共に女神とシャドウ……宇宙を支配する二つの勢力の戦いに巻き込まれながらも自分の暮らす世界を守るために奮闘する物語である……。