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6 鍛冶の供物


 その世界は異質だった。


 訪れる村々にいるのは皆老人ばかりで、若者はおろか、子どもの一人すら見当たらなかったからだ。


 ゆえに、大きな町にでも働きに出ているのかと思ったのだが、そもそもこの世界に〝大きな町〟というものは存在していなかった。


 いや、存在はしていたのだろう。


 だが現在ではその全てが、恐らくは人外のものであろう圧倒的な力で破壊されており、ただの廃墟と化していた。



「どうやらこの世界はすでに死に体にあるようだな」



「見れば分かる。意図的に若い人間を攫ったんだろうよ」



 分体の白蛇を肩に載せ、俺は神の発する気を探る。


 ペルセウスの力を奪ったことで、大まかにだが分かるようになったのだ。



「向こうの方にでかいのが二つあるな」



「確かに。ペルセウスよりも大きな気だ。恐らくは一二神のうちの誰かであろうよ」



「そいつは好都合だ。どんな醜い面をしているのか、早速拝みに行くとしよう」



      ◇



「なんだ、これは……っ!?」



 腐臭が周囲に漂う中、俺は愕然と立ち尽くしていた。


 目の前に広がる光景に、理解が追いつかなかったのだ。


 元々は採掘場か何かであろう。


 広大な窪地の底一面に、生物的なフォルムの容器がずらりと並べられている。


 中を覗いてみると、そこには緑色の液体とともに、全裸の女が顔と胸部、下半身を覆われた状態で繋がれていた。


 女は皆腹部が肥大化しており、それが人のものなのかは分からないが、揃って子を宿しているようだった。



「なるほど。ここはさしずめ〝人の養殖場〟だな」



「養殖場、だと……っ!?」



 白蛇の言葉に、俺は憤りを露わにする。


 だがもしここが本当に人を繁殖させるための場所なのだとしたら、一つ足りないものがある。



「……男たちはどうした?」



「いるだろう? そこかしこに」



「……っ」



 ぎりっ、と怒りに任せて唇を噛み締める。


 大方の予想はしていたが、当たって欲しくはなかった。


 この容器は母体の生命維持とともに、受精から出産までを自動で行えるものだ。


 そして母体がそこから動けぬ以上、種となる男もまたそこにいなければならない。


 つまりこの容器こそが男たちの成れの果てだったのである。


 あまりにも、惨すぎる……っ。



「この所業、恐らくは鍛冶神――ヘパイストスによるものだろう。こんなことが出来るのは、魔物をはじめ、神すらをも武具の材としてきたあの男しかあるまい」



「ヘパイストス……っ」



 俺が憤りを込めてその名を口にしていると、



「――呼んだかね? お若いの」



「「!」」



 ふいに前方からしわがれた声が響き渡り、暗がりから子連れの老人が姿を現した。


 ――ヘパイストス。


 見た目は腰の曲がった禿頭の老人だが、その実〝鍛冶神〟の異名を持つ最高位の神の一人だ。



「ほっほっほっ、さすがはアポロンの神託じゃな。本当に来おったわい」



 嬉しそうに笑うヘパイストスに、白蛇が言う。



「なるほど。我らが来るのを分かっていた上で、あえて待っていたというわけか」



「左様。おぬしに会うのも久しいのう、メデューサ。せっかく美しい盾に仕上げてやったというに、アテナのやつめ、自分で頼んでおいて造形が気に食わぬなどと早々に廃棄しおってからに……」



 恨み節を口にするヘパイストスだが、「そんなことはどうでもいい」と俺は問う。



「これをやったのはお前だな?」



「応とも。自慢の人間プラントじゃ。じゃがこれらから生まれた赤子は使い道があまりなくてのう。最近ではもっぱら魔物の餌か炉の燃料といったところじゃよ」



「貴様……っ」



「落ち着け、安い挑発だ。それより、その子どもはどうした? よもやお前の子というわけではあるまい?」



「ほっほっほっ、これは紛れもなく人の子。どうやらこの場が合わぬようでな。元の家に帰りたいと言うから外に出してやったのよ」



 そう言うと、ヘパイストスは隣に佇んでいた五~六歳くらいの少女に声をかける。



「ほれ、おぬしの望み通り解放してやろう。あの男のもとへと行くがいい。父と母が待っておるぞ」



「……」



 俺とヘパイストスを交互に見やった後、少女が辿々しく駆け出す。


 その表情は切迫しており、よほど怖かったのだろう。


 息を切らせ、必死に俺の方へと両手を伸ばしながら向かってくる少女に、俺もどうしたものかと佇むことしか出来なかったのだが、



 ――ばちゅんっ!



「「――っ!?」」



 爆ぜた。


 唐突に、俺のすぐ目の前で少女の身体が内側から爆ぜたのだ。


 当然、飛び散った血液が打ち水のように俺の身体を濡らす。



「クッ、カカカカカッ! 大成功じゃ! よいタイミングだったじゃろう? カカカカカカカカカッ!」



 ヘパイストスの下品な笑い声が辺りに響き渡る。



「……何が、おかしい?」



 ばちばちっ、と俺の身体中に火花が迸る。


 分かっていたはずだった。


 こんな施設を造るようなやつだ。


 ただで子どもを解放するはずなどないと、分かっていたはずだった。


 なのに……っ。



「言っても無駄だとは思うが、お前が気に病む必要はない。あの子どもははじめから中身を弄られていた。どのみち長くはなかっただろう」



「……分かっている。だがな、それでもあの子は俺に助けを、希望を求めていた。そして俺も、一瞬助けてやれるかも知れないと、手を差しのばしかけていた」



 だが救えなかった……っ、と俺の身体から怒りのオーラが溢れ出る。


 これほどの怒りを覚えたのはあの時以来だ。



『助けて、お兄ちゃん!?』



 あの、おぞましい狂宴の時以来のことだ……っ!


 ずがんっ! と俺の足元が円形に窪み、衝撃波が巻き起こる。



「ぬう!?」



 ヘパイストスが腕で顔を覆う中、白蛇が嘆息して言った。



「失策だったな、鍛冶神。お前は今、取り得るべき中で最悪の選択をした」



「……最悪の選択、じゃと?」



「そうだ。元より生存の可能性などなかったが、せいぜい惨たらしく死ぬがいい」



「カッカッカッカッカッ! 二流の女神がよくぞ吼えたものじゃ! ――ヘラクレス!」



 ――ずがんっ!



 ヘパイストスが声を張り上げた瞬間、俺たちの眼前に筋骨隆々の大男が降ってくる。


 ――ヘラクレス。


 神皇界オリュンポスの中でも最強クラスの戦神だ。



「見るがいい! 我が最高傑作を! 何百、何千万という童らを贄として完成させた究極の戦斧――〝ギガントマキア〟の力を!」



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」



 雄叫びとともに、ヘラクレスが人の顔のような模様がたくさんついた赤黒い戦斧――ギガントマキアを振り下ろす。


 どんな効果が秘められているのかは分からないが、当たれば即死は免れないであろう全力の一撃だ。


 が。



 ――どがんっ!



「「――なっ!?」」



 俺はそれを片腕で受け止める。


 そして。



「……お前ら、楽に死ねると思うなよ……っ」



 そう冷淡に告げたのだった。


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