10 異界の使者
神皇界ユグドラシルの神だと、目の前の男――ロキは言った。
以前、盾の女神から別の神皇界があることは聞かされていたが、まさか本当に存在していたとは……。
いや、こうして現に異世界というものが存在するのだ。
異なる神皇界があったところで、なんらおかしくはないだろう。
「何故ユグドラシルとやらの神がオリュンポスの管轄にいる?」
俺の問いに、ロキは肩を竦めて言った。
「もちろん彼女らの動向を観察するためさ。不干渉なんて言われてはいるけれど、僕ら神がそんなものを律儀に守るとでも思うかい?」
「守らないだろうな。お前らはそういうやつだ」
だから、と俺はロキに右手をかざす。
すると、ロキは「なるほど」と不敵に笑って続けた。
「君は僕たち神によほど強い恨みがあるようだね。一つだけ話をしてもいいかな?」
「……」
「肯定ととるよ。ゼウスから君たちの話を聞いた直後、僕は女神メデューサが廃棄されていた場所を調べに行ったんだ。もちろんそこにメデューサはいなかったわけだけれど、もう一つなくなっているものがあった」
「なくなっているもの……?」
アルテミスが訝しげに眉根を寄せる。
「そう、ほかの神たちが廃棄したはずの人間の死体さ。それも律儀にある村に属する者たちだけが忽然と――」
――どばんっ!
「なっ!?」
その瞬間、ロキの上半身が爆散し、アルテミスが両目を見開く。
だが腐っても神――やつはその状態でも言葉を発してきた。
「……これは失礼。どうやら君にとってはあまり触れて欲しくないことだったようだね」
ロキが今まで見た中でもっとも早い再生力で身体を構築していく。
その上、やつはこの状況でもまったく焦った様子を見せてはいなかった。
俺の経験上、こういうやつは早々に片づけておいた方が身のためだったりする。
後々面倒なことに巻き込まれることが間々あったからだ。
しかし。
「今僕を殺すのは得策じゃないと思うよ? 確かに君は強い。でもユグドラシルの全てを知っているわけじゃない。そうだろう?」
「何が目的だ?」
「はは、話が早くて助かるよ。僕の目的はただ一つ、君がここで行おうとしていることをユグドラシルでもやって欲しい――ただそれだけさ」
「なっ!? お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
声を荒らげるアルテミスに、ロキは当然だとばかりに頷く。
「もちろん。彼は神々に復讐したい。僕は邪魔な神々に消えて欲しい。見事な利害の一致だろう? 違うかい? 破壊神」
「そうだな。確かにお前の言うとおりだ」
「お、おい!? お前はそれでいいのか!?」
抗議の声を上げるアルテミスを一瞥した後、俺は「だが」とロキに向き直り、
「それはお前を殺したあとの話だ!」
――ぶんっ!
同時に空間を裂く手刀を繰り出すも、そこにロキの姿はなく、どさっとやつの右足がどこからともなく落ちてきた。
『はは、完全に避けたと思ったんだけどね。ヘルメスを取り込んだ僕の速力を上回るとは、本当に恐ろしい存在だよ、破壊神テュポーン。君がユグドラシルに来るのが楽しみだ。一体どんな混沌を撒き散らしてくれるんだろうね』
「くっ……」
アルテミスが弓を構えて追撃しようとするも、ロキの気配は煙のように消えてしまったのだった。
◇
「また是非いらしてくださいね~! お気をつけて~!」
ニュムが大きく手を振り、俺たちを見送ってくれる。
彼女の傍らにはアルテミスの姿もあり、昨日の一件のせいか、未だに色々と整理が出来ていないようだった。
そんな彼女らに背を向け、俺は歩き始める。
すると、早々に白蛇が声をかけてきた。
「やはりあいつには手を出さなかったか」
「勘違いするな。余計な邪魔が入ったというのもあるが、あの女は元々殺すに値しない女だ」
「まああれは弱者にまるで興味のない者だからな。自分より強い者にしか刃を向けず、しかも幼子を庇護しているとくれば、お優しいお前のことだ――当然、殺せんだろうよ」
「そしてお前ははじめからそれを知っていたな?」
「ああ。今さらだが、私の目的はオリュンポスを正しい形に戻すことだからな。まともな神には残ってもらわないと困るのだよ」
「まともな神だと?」
俺が鼻で笑いながら言うと、白蛇は「そうだ」と頷いて言った。
「お前も本当は分かっているのだろう? 神も人と同じだということを」
「ふん、どうだかな。たとえ同じだったとしても、俺は俺の基準で神を殺す。その中にはお前の言う〝まともな神〟とやらも入っているかもしれんぞ」
「ふふ、そうだな。その時は潔く全てを受け入れることにするさ。最強の神殺しに目をつけられたくはないからな」
どこか含みありげにそう言う白蛇に、俺は再度鼻を鳴らして話題を変える。
「そんなことより例の神だ」
「神皇界ユグドラシルのロキ、か」
何やら神妙な顔つきになる白蛇に、俺は問う。
「知っているのか?」
「名前だけはな。まさかユグドラシルの崩壊を望んでいるとは思わなかったが」
「一応言っておくが、あれはまともじゃない方の神だ」
「だろうな。面倒な相手が増えたものだ」
やれやれと嘆息する白蛇だが、俺は口に笑みを浮かべて言った。
「別に何も変わらねえよ。異界の神だろうとなんだろうと、俺の前に立ちはだかる神は全員まとめてぶっ殺すだけだ」
「クックックッ、そうだな。ならば次の世界へと行くとしよう。アルテミスに聞いた話だと、やつの兄――アポロンが近くの世界にいるという」
「そうか。そいつは殺しても構わないんだな?」
「妹のアルテミスが直々に情報を渡したのだ。つまりはそういうことなのだろうよ」
「分かった。ならば次の相手は光の神――アポロンだ」




