桜色の涙
妖艶な夜桜が妖しく光る。
妖艶に舞う夜桜が電車の窓に写る
冴子はその妖しい様をぼんやりと眺めた
次の駅で降り圭のいるアトリエへ向かう
急な坂道をしばらく登るとにぎやかな明かりが近づく
星の見えない空からポツリと雨が落ちる
急いでアトリエへ入ると学生の群が流れて来た
その中から優しく手を振る圭が揺らぐように現れた
いつも冴子は圭に会う瞬間それまでの疲れがふわりと消える
3日分であったり1週間分であったり
圭はフランスで絵を学び若くして油絵の才能を認められた
そして圭の祖父から受け継いだ3階建てのアトリエで
皆と一緒に自由に絵を描いている
冴子はといえば自分の才能に愛想をつかし
キャンバスやら絵の具といった画材を卸す仕事をした
才能に愛想をつかしてもなお絵から離れられないでいた
圭と一緒に居る時こそが自由に笑い自由に息が出来た
圭の油絵には存在の確かさが満ち溢れている力強く鮮明に
仕事が早く終わるとアトリエへ行き二人の時間を楽しむ
圭は冴子をモデルに絵を描くのを好んだ
この夜も圭は筆を握った冴子は嬉しかった
圭を通して冴子は存在を認められる
鮮明に生まれ変わりキャンバスの上で永遠に生きる
雨が降る曇ったガラス窓に冴子の背中が浮かぶ
ぼやけた輪郭に上気した肌が呼吸を始める
圭の視線が冴子をとらえる
冴子はあの妖艶な夜桜を思った
いつしか熱い頬に涙が溢れた
夜の帳