第二話~兄と姉~
「ふぅー」
久しぶりにお腹一杯食べました。
あの後、三人とも落ち着いた所で俺のお腹が鳴り、俺も両親も、メルキスさえも何だか可笑しくなって大笑いしてしまった。
それで当初の目的を思い出し、メルキスが持ってきてくれたご飯を食べることになったのだが、両親が競い合って俺に食べさせようとして、珍しいことに、両親と張り合ってまでメルキスも食べさせようとしてくれて、思ったよりも湿っぽくならずに食べることができた。
「それで、デック先生はお呼びしてないのかい?」
デック先生というのは俺の主治医だ。確かに、良い方にとはいえ、俺の容体が急変したのだからすぐに駆け付けてきてもおかしくないのだが。
「はい。お食事を準備する間にお呼びに行ったのですが、お腹が空いているのであれば食事を優先した方が良いと仰られて。準備しておくのでお食事が終わったら改めて呼んでほしいと」
「ふむ。セシリア。先生をお呼びしてもいいかな?」
「うん」
ということで先生を呼ぶことになったので、着替えも含めて、俺の身だしなみを整えてから、メルキスは先生を呼びに行った。
「そういえば、あなた、ルーシュとアリューシャに連絡は?」
「そろそろ帰ってくるし大丈夫だろう。母にはこの後の診察の結果も含めて魔法便で送るつもりだ」
ルーシュは俺の兄、アリューシャは姉だ。王都の学園に通っている。父が王城勤務だし、俺の治療の関係もあって一家全員王都の屋敷に住んでいるので、家から通っているのだ。
その代わりに、父の母、つまり俺の祖母が領地の屋敷を預かっている。
「お義父様は…時間がかかるかしら」
「あはは…。元気が有り余ってるからね。冒険者組合伝手に連絡しても暫くかかりそうだよ」
「まあ!セシリーに効きそうな薬草や辺境の薬術体系をお調べ頂いているのですからそう言ってはいけませんよ」
祖父については、実はあまり知らない。家督を父に譲ってから、長年の夢だった冒険者になって、俺が魔力併合症になってからは俺の為に各地を飛び回っているらしい。
偶に帰ってきて顔を見せてくれるが、寡黙そうな人で、思いやってくれているのは分かるが会話はあんまりしたことはない。
でもいい機会だし聞いてみよう。
「お父さん、お母さん。お爺ちゃんってどんな人なの?」
「ええと」
「すごい槍の使い手よ。私やルシベルトは剣主体の魔法戦士だけど、お義父様は生粋の槍使いよ。それなのに、魔法全開でも一度も勝ったことはないわ」
「うん。俺も勝ったことはないね。冒険者になってからまた腕を上げたみたいだし…」
「へえ。瞬刻のルシベルトと言えども勝てないんだね」
「な、な!それをどこで!?」
瞬刻は父の二つ名だ。俺も使用人たちが噂してるのを聞いて知った。由来は知らない。
部屋にこもりきりだった俺が知ってるのに驚いているというより、黒歴史がバレたみたいな反応だなぁ。
「あらあら。ご自分の二つ名なのですから自信を持たないと」
「でも、もっとこう、他に何かなかったのかなって」
「あははっ。恥ずかしがるお父さんは可愛いね?」
「ええ。そうね」
女性二人で笑いあう。実は家族の中では、母は俺に次いで子供っぽいのだ。
「もう、二人とも。それくらいにしてくれ…」
そこには、望外の日常があった。
コンコン。
「デック様をお連れしました」
久々の語らいで盛り上がっていたが、デック先生が来たみたいなので、談笑を切り上げる。
父が俺と母を見て、問題ないのを確認して入室を許可した。
ガラガラ。
扉から入ってきたのは、メルキスとデック先生。
そして、二人が持った荷物荷物荷物。
台車一杯の荷物だ。
「何だか、大荷物だね?」
「はい。今回は精密な検査を必要とすると判断したので」
そう言いながら、デック先生は機器をベッドの周りに配置し始める。
「ええっと、痛いのはちょっと」
注射とか注射とか注射とか。転生してからはされたことないけど、こんなに一杯あったら、どれか一つくらいありそうなんだけど…。
「ははは。大丈夫ですよ、お嬢様。これらは全て観測系の魔法道具ですので。直接干渉するようなものはありません」
「ほっ」
そんな話をしている間にどんどん準備が進み、あっという間に配置が終わったようだ。
「ではお嬢様。お聞きしたところ、魔法が使えるようになったとか。まずはその確認からにしましょう。私が魔眼を発動した後に、お好きな魔法をご使用ください」
そう言ってデック先生は目を瞑る。
デック先生は魔力視系の魔眼持ちなのは以前から知っている。この魔眼を使って、俺の魔力併合症のような魔力の異常によって引き起こされる病気や、逆に、魔力に異常が出る病気を研究している。
実家はうちのクレントラン伯爵領にあって、代々薬師の家系で、薬師でもある祖母とは昔から知り合いだったらしい。そのつながりで、俺の魔力併合症の治療と研究のために斡旋されてきて、今ではクレントラン伯爵家のお抱えだ。
魔力併合症には魔力を伴う魔法薬は劇物なのだが、デック先生の家系は魔法薬じゃない普通の薬もかなり手堅く扱っていて、俺もかなりお世話になった。
「では、お願いします」
そう言って開いたデック先生の目は、さっきとは異なり光っていた。
なんだか魔法を使うところをこんなに凝視されると緊張してくるが、デック先生の魔眼は発動にも発動中にも高い集中力を要し、魔力も消費するので急いで発動する。
『対流』
「ふむ」
デック先生はそう言いながら、発動中の俺に視線を走らせる。
そのまま何事もなく魔法は発動し、そして、魔法の効果が切れたが、デック先生はその後も暫く確認していた。そして、何も言わずに次の検査に入った。
どうなのかすごく気になったが、両親も何も聞かなかったので俺も黙ってそのまま検査を受け続けた。
「で、どうなのでしょう」
検査も一通り終わり、周囲の機器の記録を確認し、何かメモとかをして、デック先生が一段落ついたあたりで我慢できなくなったのか母が声をかけた。
「そうですな。魔力併合症は治ったと考えてもいいでしょう」
「本当ですか!?」
母だけでなく父も飛び上がらんばかりに喜んでくれた。俺も心の底からほっとしている。
「ですが、完治とは言えませんな。お嬢様は魔法の適正も法術の適性もかなり高く、魔力と法力が非常に多いです。ですので、今の魔力操作技術だと、以前のように内傷が生じるレベルではございませんが、まだ完全には拒絶反応を抑えきれずに体はだるいままだと思われます」
「ということは、魔力の操作訓練をすれば完治はすると?」
「ええ、そうです。今までとは違って魔力操作訓練はしていただいても問題ないレベルですので、山場は完全に越えたでしょう」
「良かった。良かったわ…」
そう言ってお母さんが抱きしめてくれる。
俺も同じ気持ちだ。
それにしても、まだ完全には治ってなかったのか。今までがやばかったからか、まだだるいらしいのだが全く気付かなかった。
「それから、体の方の治癒も必要です」
「それは、今までのダメージだね?」
「ええ。かなり深いところまで痛んでます。私の法術や薬でも長い目で見れば完治しますが、可能ならば高位の法術、欲を言えば聖法術を受けられた方が良いでしょう」
そう言いながらデック先生は法術をかけてくれる。当たり前だけど、俺なんかの法術よりも効果抜群で、今まで良くなってたと思ってたのが嘘みたいに、今までとは比べられない程回復した。
先生の言い様だとこれでも全然みたいだけど、俺としてはすごい好調だ。
「それからリハビリですね。今までも可能な限りしていましたが、つい先日までは動かすのも不可能でしたのでかなり鈍っているはずです。併用できる法術は自己治癒だけですので、かなり時間がかかるかと」
それはそうだな。寝たきりだったのだから当たり前か。一応ベットの上でできるものはしていたが、症状が悪化してからはそれすらも難しくなってから久しい。
因みに、自己治癒はその名の通り自己治癒能力を強化する魔法だったはず。自然回復が望ましいものに使われる法術だったかな?
「なるほど。つまり、魔力と法力の操作訓練と、内傷の治癒と、リハビリが必要ということだね」
「そういうことですね。ですが、もう命の危険はないと断言します」
「そうか…」
そう言って、今度はお父さんも、お母さんごと俺を抱きしめた。
「さて。詳しい話は後日にしましょう。今はこちらを」
そう言ってデック先生が出してきたのは車椅子だった。多分、入室した時からあったのかも。荷物が一杯で気づかなかったけど。
「これは?」
「日常生活に戻られるのであれば必要でしょう」
なんとなく見覚えがあるので、前に使ってた奴かも。と言っても、サイズとかは一回り大きくなっている。車椅子を使わなくなってからも体は大きくなっているので、それに合わせて調整とかしてたのかな。
だけど、外に出られる手段があると分かると、外に出たい欲求がムクムクと湧き上がってきた。
「お母さん。部屋の外に出て良い?」
「ええっと、先生?よろしいかしら?」
「屋敷の中で、短時間なら大丈夫でしょう」
「やった」
「それじゃあ僕が」
そう言って、お父さんが抱き上げて車椅子に乗せてくれた。
メルキスがさっと俺の身だしなみを整えてから、お母さんが押してくれた。
そして俺は何時ぶりか、かなり久々に部屋の外に出ることができた。
「セシリーちゃん。どっちに行く?」
「玄関の方にお願い」
俺は少し考えがあったので、玄関に連れて行ってもらうことにした。
それにしても、本当に久しぶりだ。自分の家だというのに、なんでもない廊下を懐かしいと思うくらいなのだから。
そうやって、いろんな所を見ながら進む。
あれは何とかこれは何とか談笑しながらゆっくり進む。
途中で他の使用人とかともすれ違ったが、俺の姿をみてみんながみんな驚いて立ち止まったのは笑ってしまった。
両親やデック先生から話を聞き、俺が笑顔で手を振るのを見ると、感極まったのか泣きだしてしまったのには、こちらも泣きそうになってしまったが。
「それで、玄関に到着したけれどどうするのかしら?」
「フフン。ここでお兄ちゃんとお姉ちゃんを待つの!そして驚かせる!」
「まあ!それは面白そうね!」
やっぱり。お母さんは賛成してくれると思ってた。
「はは…。驚くじゃ済まないと思うけど…」
お父さんはそう言ったけど止めないみたいだ。これで共犯だね!
さて、デック先生に戻るように言われる前に帰ってきてくれるかな、と思っていたが、丁度その時、玄関扉が開いた。
「お兄様は帰り支度が遅いですわ。セシリーの所に行くのが遅くなってしまうではないですか」
「そんなこと言ったってアリューシャは短すぎるよ。女の子なのに」
「そんなことよりセシリーですわ!あの子は今でも苦しんでいますのよ!少しでも近くにいてあげなくては」
「アリューシャ…」
そんな言い合いが玄関の向こうから聞こえる。相変わらず仲がいいと言っていいのかな。
それにしても、意識が無い時もそばにいてくれたと思うと嬉しいとともに照れ臭いな…。
「あら。お父様とお母様、こんなところでどういた…し……まし……た!?」
「え!?セシリー!?どどどどどどうして!?」
あはは!お兄ちゃん驚きすぎ。何かしんみりしてたのに一周回って面白くなっちゃった。
「二人とも、セシリーがこの度完治したよ」
お父さんが笑顔でそう言ったけど、今度は二人はポカーンとして停止してしまった。
仕方がないので証拠を見せる。
『対流』
とりあえず分かり易いので重宝してる対流。正直これだけでも、神様からもらった価値があるようなないような?
それを見た二人は、今度は、まさに目が点という感じで止まってしまった。
兄は父似、姉は母似なのだが、こうして並んで同じ表情の変化が見られると、やっぱり兄妹なんだなって思う。
「本当に…?」
「うん。そうだよ」
そう言って、笑顔で手を振ってあげると、兄も姉も、何時もからは考えられない程子供っぽく駆け寄ってきて。
二人して俺の手を取って、俺を抱きしめて、無事を喜んでくれた。
コシコシ。
落ち着いてから、今日のことを話していたのだがだんだん眠くなってきた。
「さて、詳しい話は後にして、セシリー。そろそろ部屋に戻らないかい?」
「うん。少し眠くなってきた」
うん。本当に眠い。何日かぶりに兄と姉の顔も見れて安心したのもある。
ということで、今度はお姉ちゃんが車椅子を押してくれて、家族みんなで俺の部屋まで戻った。
うつらうつらしている俺を、お兄ちゃんが抱えてベッドに戻してくれた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。これからは一杯遊ぼうね」
俺は眠りに落ちていく中で、ずっと望んでいたけど叶うことのなかった思いを、眠りにあらがって何とか絞り出した。
閉じていく瞼の向こうで、お兄ちゃんもお姉ちゃんも笑顔で頷いてくれたことに安心して、俺は眠りに就いた。




