ニーナside
男爵家の次女だった私が王宮に勤めて一年ちょっと、魔法の調査中に突然クリストファ殿下が行方不明になった。
クリストファ殿下はとても優秀な方で当時、大騒ぎになったけど、殿下の捜索がされることはなかった。
お偉いさんの考えは私みたいな侍女にはわからないけど、ちょっと薄情だなと思った。
それから3年後、当時王太子だった陛下が即位され、ファズリー侯爵令嬢であった王妃様と婚姻された。
そして私は年が近いという理由から王妃様付き侍女に任命された。
ファズリー侯爵令嬢は幼少の頃から王太子様の筆頭婚約者候補だったので、男爵家や子爵家の令嬢からは憧れの存在だった。だから、そんな人の侍女になれたことはとても嬉しかった。
クリストファ殿下が行方不明になった頃の王宮は誰もが暗かったけれど、陛下が婚姻されると元の活気が戻ってきたみたいだった。
王妃様は陰ながら陛下を支え、社交に外交にと頑張っていらした。
数年すると周りから世継ぎの話題が上がったが、王妃様はなかなか懐妊されなかった。
その頃から王妃様も気に病むようになり、次第に口数も減ってきた。
あれだけ華やかだった王妃様の笑顔が見れなくなって、王宮は再び暗くなった。
王妃様付き侍女の仲間で王妃様の笑顔を取り戻そうとあれこれ提案をしたり気を紛らわそうと人気の観劇や外出など手を尽くしたが、王妃様に笑顔が戻ることはなかった。
世継ぎができないことを気に病む王妃様は陛下に側室を迎えるよう勧めるようになった。
けれど陛下は側室を持つことはしなかった。
「ニーナ、私は王妃失格ですわね。」
世継ぎを産めない。それなのに陛下が側室を持たないことを喜ぶ自分を責めているようだった。
そして周りが王妃様に世継ぎを求めなくなり、城内部では先王の弟殿下が臣籍降下したランザード公爵から養子を迎える話が浮上した。
その話を耳にした王妃様はさらに暗い表情をされるようになった。
その頃から王妃様は
「ランザード公爵子息が王位を継がれ、婚姻されたら私は王都を離れようと思います。」
と口するようになった。
それを聞いて私はすごくショックを受けたけれど、王妃様の方が何倍も辛い思いをしていらっしゃるので、
「その時は私は王妃様に付いていきます。」
それは私の本心だった。
ずっと王妃様に仕えていたのだ。今更他の人に仕える気になれない。どこへだって王妃様に付いていく。
王妃様は後継者が現れ次第、王都を離れる気でいたのだが、ランザード公爵子息に婚約者はいなかった。
なので王妃教育を受ける人物がおらず、王妃様は事務的に王妃としての役割を果たす日々が続いた。
そしてそれから数年。
突然、行方不明になったクリストファ殿下が戻られる話が城内を駆け巡った。
これでまた王位継承権の問題で王家が荒れると危ぶまれた。
城の誰もがそわそわと落ち着かない状況の中、クリストファ殿下が戻られたとだけ伝えられた。
そしてそれは王妃様の耳にも届き、
「ニーナ、あなたにはクリストファ殿下のご息女アイリ様付き侍女になることを命じます。」
あまりにも突然の話に私は耳を疑った。
今まで王妃様に仕え、これからも王妃様に仕えると信じていたのに、青天の霹靂とはこのことか。
「何故ですか!?私は王妃様以外の方に仕えるつもりはありません!」
初めて王妃様に抗議をした。これでクビになるならそれはそれで構わない。
けれど王妃様は、
「私に誠意をもって仕えてくれたあなただからこそお願いするのです。」
王妃様に私は必要ないのかとショックだった。
もしアイリ様が女王になれるようなら王妃様はすぐにでも王都を離れるつもりなんだと思った。
アイリ様に年の近い侍女も必要だろうということで娘のレベッカと共にアイリ様の部屋へ向かった。
アイリ様は私の知っている令嬢とはかけ離れていた。見た目こそはクリストファ殿下に似ていたが、行動などはまるで庶民のような気がした。
けれど努力するアイリ様を見て、落ち込んでいた気持ちが少しは前向きになった。
そしてその日の夜、晩餐を終えたアイリ様を王妃様が呼び出した。
王妃様は覚悟を決めたんだなと思った。
もし王妃様が何を言おうと私は王妃様についていくつもりだった。
けれど・・・
アイリ様と話をされた王妃様は、
「ニーナ。私にはまだすべきことがあったみたいですわ。」
そう言うと王妃様はとても嬉しそうに微笑まれた。
そんな王妃様の表情を見るのはとても久しぶりで、私も嬉しくなった。
王妃様に笑顔を取り戻してくれたアイリ様に私は誠心誠意仕えようと思った。
登場人物
ニーナ、男爵家次女