夜会 2
「さっきから見てたが、今日の姫さん、猫被ってるんだな。」
「レクサスのおかげで一匹逃げましたわ。」
「ぷっ。そりゃ、悪いことしたな。」
レクサスは以前会っているので少し気が楽だ。
「今日はベアトリーチェは一緒ではないの?」
「あー、ベリーはもう一度あの舞台を見たいって出掛けてる。」
ベアトリーチェ、ほんとに好きだなー。
ベアトリーチェに会えなかったのは残念だけど、おかげで少し和んでしまった。
「それにしてもお前ら、すごい注目の的だな。って当然か。あのルイスがパートナーを連れてるんだからな。」
「レクサス、わかっていると思うが」
「ああ、姫さんのことは秘密だろ。…ってこれだけ注目されてるんだ。明日からの社交界はルイスのパートナーは誰だって話題で持ちきりだろうよ。ほら周りの連中、耳の穴広げて俺らの会話聞こうとしてるぜ。」
レクサスに釣られて周りを見渡せば、そそくさと視線をそらされた。
なるほど。ルイスのパートナーってだけでこんなに行動が監視されてたら、そりゃルイスも気軽にパートナーを連れてこれないし、踊ることも出来ないわ。
「ルイス、一曲踊ろ。」
「アイリ?」
「いいじゃない。これだけ注目されてるんだもの。一曲踊ったぐらいで状況は変わらないでしょ。どうせ話題にされるんだったらとことん話題になろうよ。」
「ぷっ。さすが姫さん。その度胸、俺は好きだぜ。」
「それはどうも。」
多分、今の私は被ってる猫がどうとかじゃなくて、ネジが一本外れているんだと思う。
ルイスは観念したのかため息一つついて、
「アイリ、一曲お願いできますか?」
と手を差し出したので、私は迷うことなく手を取った。
曲の節目にホールの中央に進んだ。
ルイスとは練習で何度も踊っているし、曲も簡単なものなので特に間違えることはない。
「ルイス様が踊っていらっしゃるわ。」
「あの方はどなたかしら」
そんな声が踊っているのに聞こえる。
「ルイス、注目されすぎ。」
「今、注目集めてるのはアイリだ。」
「知ってる。」
今はルイスと2人、こちらの声は向こうには聞こえないだろう。
だから私も素に戻れる。
「これだけ注目されるんだったら、そりゃ気軽に踊ること出来ないわね。相手の女性が可哀想だわ。」
「…アイリは嫌か?」
「私で良かったってこと。」
ルイスが相手でなくても、私が注目されるのは遅かれ早かれいずれあることだ。
この空気は好きじゃないけど、仕方ないこと。
「アイリ、君は自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「ん?うん。ルイスの相手が私でよかった」
なんで、そんな複雑そうな顔するの?私、そんなおかしな事言った、
「最近の君はたちが悪い。」
「たちが悪いって何よ!」
「もう少し、自分の発言を考えてくれって言ってるんだ。」
考えて話してるのになんでそんなこと言われないといけないんだ。納得いかない。
曲が終わりホールから捌けると私らを避けるように人が割れた。
そんなに避けなくてもいいのに…。
ルイスと目を合わせて苦笑していると、執事ぽい人が進み出てきて、
「アイリ様、ルイス様。お待たせいたしました。ご案内いたします。」
執事について、ホールから出て屋敷の中を歩く。
廊下は点々と灯りがついているが、人気はない。
二階の一室の前で止まった執事はノックをした。
中から声が聞こえ、扉が開かれた。
「シュナイゼル様。アイリ様をお連れいたしました。」
「うむ。ご苦労であった。下がってよい。」
「はい。」
執事が部屋の外に出ると、
「アイリ様、こんな老体の我が儘に応えていただき感謝する。」
「いえ…。あの、アイリです。」
ルイスに促されて前侯爵、シュナイゼル様の近くへ寄った。
足を患っていると聞いたが、まさかベッドから出れないほどだったとは。
「あぁ、本当にクリストファ殿下に似ておられる。本当に王家の姫なのですな。」
お父さんと同じような髪色に瞳、似てるとはよく言われるけど、そこまで似ているのか自分ではわからない。
「…アイリ様、あなたには感謝してもしきれない。それはシャルロットも同じだ。娘は王妃の責務を果たせないことに心を痛めていた。生きる意味すらも見失っていただろう。しかしアイリ様のおかげで近頃は生き生きしていると聞く。あの娘の父親として感謝する。」
「王妃様からしたら、私はまだまだ未熟者です。これからも王妃様にはご教授いただきたくおもいます。」
「娘は気が強いから厳しいでしょう。」
「はい。よく怒られてます。」
私の返しにシュナイゼル様は申し訳ないと笑うと、
「これからも娘、シャルロットをよろしくお願いします。」
「よろしくお願いするのは私の方ですよ。私も王妃様には感謝していますから。」
「ありがとう。今日はアイリ様にお会い出来てよかった。これで儂の心残りも減るというものだ。」
「シュナイゼル様!」
「大丈夫だ。こんなに起き上がったのは久しぶりだからな。少し疲れた。」
いきなりシュナイゼル様がベッドに倒れ込んだからびっくりした。
「お体、大事にしてください。」
「ありがとう。」
すうっと目を閉じたシュナイゼル様に退室することを告げて部屋を出た。




