兄弟
「アイリ様、是非またいらしてくださいね。」
「はい。喜んで。」
弟の乱入で一時期どうなるかと思ったが、なんとか無事に公爵夫人とのお茶会は終わった。
よし!これでお咎めなしだ。
「よく素に戻らなかったな。」
「私もやればできるのよ。」
ふふふんとドヤ顔をしてみせるとルイスはそうだなと笑った。
でもあれ?他の人もいるって話だったのに、公爵夫人だけだったぞ?どういうことだ?
「次まで時間があるから、場所を移動しよう。」
なんですと!?次ってなんだ!?そんな話聞いてないよー。
でも、今日の私は一味違う。そんなこと思っても顔には出しません。
笑顔で乗り切ってみせる。
ルイスと並んで屋敷の中を歩いていると、
「アイリ様、…さっきはごめんなさい。」
と廊下の角から弟が姿を見せた。
いきなり謝られてもさっきのことを思い出しつい身構えてしまった。
「リューイ。お前、今は家庭教師の先生が来ている時間ではないのか?」
ルイスが私の前に立ちはだかってリューイから私を隠そうとした。
「うん。…でもさっきのことアイリ様に謝りたくて…。」
しおらしい感じがちくしょーかわいいじゃねえかって思えてしまう。
さすがルイスのミニチュア。美少年のうなだれる姿についつい絆されてしまいそうだ。
「それはつまり、自分が何をしたのか理解しているのだな。」
「はい。」
リューイが反省しているのが伝わってきて、ルイスは困ったように私に目を向けた。
その目はどうする?と言っているのがわかった。
「えっと、…きちんと反省しているのなら許すわ。」
「いいのか?」
いいもなにも、こんな子どもが謝ってるのに意地になって許さないわけにはいかないでしょ。
このクソガキ泣かす!って思ったけど、あれぐらい小学生ダンスィならやることじゃん。私も小学生の頃にクラスの男子にやられた記憶あるし。
そんなに目くじら立てることじゃないよね。
「アイリ様、ありがとう。これ、お詫びの印。」
私が許したことで満面の笑顔のリューイが両手を差し出してきた。
なんだろうと近づくとリューイは両手で包み込んでいたそれを広げてみせた。
「きゃっ」
「へへへーん。騙されてやんのー」
「リューイ!」
ぴょーんとリューイの手から飛び出したのは小さなカエル。
カエルは私に目掛けて飛び出したけど、なんとかかわしてみせた。
「アイリってすぐ騙されるんだなー。そんなんで王族できるのかよー。」
すでに距離を取り逃げ出そうとするリューイ。
くっそー、一度ならず二度までもー!!
やっぱり許すまじ。絶対泣かす!
そうと決めたらまずリューイを捕まえる。
「あ、アイリ!」
走り出した私を呼び止めるルイス。けれど今はそれを無視した。
リューイは私が追いかけてくるとは思わなかったのか、驚いたみたいで動くのが遅れた。それが運の尽き。
パシッとリューイの手首を捕まえた。
「捕まえたわよ。」
「な、女が走るとか何考えてんだよ!王族のくせに!」
「いたずらする子どもにマナーをとやかく言われたくないわ。」
「なんだよ。ただのいたずらだろ。」
「そうね。でも、相手にやり返されることは想像していたかしら?私はやられっぱなしじゃないわよ。」
「うるさい。アイリなんか兄上がいなければ何もできないくせに。」
「リューイ!」
ルイスのいつもより低い怒気を含んだ声が廊下に響いた。
初めてルイスの怒った声を聞いた。
呼ばれた本人がビクッとしたのが分かった。
私の横に並んだルイスがとても怒っているのが伝わってくる。
そして私はリューイに逃げる意志がなくなったのを感じ、そっと掴んでいた手を離した。
「リューイ。お前、自分が何をしているのかわかっているのか。」
ルイスの怒っている声が、私まで怒られている気分にさせる。
「授業を抜け出した事、お前がアイリにしたことと吐いた暴言。とても目に余る行為だ。公爵家の人間のすることとはとても思えない。」
「…ごめんなさい。」
「お前が謝る相手は俺ではない。アイリにだろ。」
「なんだよアイリアイリって。兄上はアイリばっかり!」
「アイリ様だろ。お前よりアイリの方が立場は上だ。」
「兄上だってアイリのこと呼び捨てだろ。アイリはアイリで十分だ。アイリなんて兄上がいなければ何もできないんだから。」
一度ならず二度までも…。
ルイスがいなければ何もできないわけではないけど、ルイスの助力が大きいのは確かだ。
成果が出ていないから言い返せない。
それより見てて思ったんどけど、
「もしかして、私に嫉妬してるの?」
「アイリ?何を言っているんだ?」
「そ、そんなことあるわけないだろ」
慌てる所が怪しい。
一度だけならただのいたずらだったんだろうけど、二度もするってことは私に対して何かあるってことだ。
そしてさっきの『兄上はアイリばっかり』。これってルイスが私のことばかりにかまけてると思っていることでしょ。
それもそうか。この1ヶ月間ルイスは毎日王宮に来て私と一緒にいるのだ。きっとリューイは兄が突然王宮に毎日通うのを良く思っていなかったのだろう。
そしてそれが私のせいだということも。
「大好きなルイスを私に取られたと思ったから嫌がらせしたんじゃないの?」
「なっ、な、な」
赤くなるあたり図星ぽい。
「そんなことあるわけないだろ!」
顔を真っ赤にして言っても説得力ないわー。
なーんだ。ルイスが甘いんじゃなくて弟がお兄ちゃん大好きだったのか。そうとわかればかわいいものだ。
リューイは何も言い返せず脱兎のごとく逃げ出した。
そして距離が開いたのを確認すると、
「アイリのバーカバーカ勘違い」
それだけ言って姿を消した。
やっぱりむかつく。けどもう泣かそうという気は起きなかった。
隣ではルイスが深い溜め息をついていた。
お兄ちゃんも大変だね。




