tinkerの聴取記録
「まず、あなたの役職を述べてください」
「所属や個体名は?」
「必要ありません。それらは記録しない情報に指定されています」
「『tinker』だ」
「『ヒト』の軍事組織における、類似する役割は分かりますか」
「『衛生兵』だと聞いている」
「では、問題の戦闘におけるあなたの行動を述べてください」
「一点を除いてそれ以前と違いはない。scavengerが回収した同胞を修復していた。ただ一つの違いは、それが新たな同盟者である『ヒト』との、初めての共同戦闘だったということだ。この戦闘では『ヒト』の修復も手がけた」
「その修復に関して、事前に教育を受けていましたか?」
「私は受けていた。当日同じworkshopにいたtinkerの中には、他にも何体かいたはずだ。我々と『ヒト』の構造は大きく異なる。適切な手段についての知識がなければ、『ヒト』の修復はできない」
「では、あなたは修復をどのような手段で行いましたか?」
「それは、当日の全ての記録を口述せよということか?」
「いいえ。個々の事例を挙げる形でお願いします」
「基本は我々と変わらない。軽微な損傷なら、『ヒト』から供給された充填剤や接着剤を使った。表面の穴を塞ぎ、抉れた内部を補ってしまえば、そのまま戦闘を続行できる」
「より重い損傷なら、部位を丸ごと交換した。機能を失った箇所を丸ごと切り離し、彼らから供給された予備パーツを取り付ける。交換の後に慣らしが必要で時間はかかるが、十分な能力を取り戻せる処置だ」
「それ以外は……、修復用の物資が欠乏したので、能力の回復よりも生存を優先するように処置を切り替える、という事があった」
「……その場合は、どのような処置を?」
「『不可逆的機能停止』、彼らの言う『死亡』さえしなければ詳細な手段は問わないとの事なので、欠損部の形を整え循環液が漏洩しない状態にした」
「また、戦闘能力を回復させられた場合もあった。『複数体を一体へ統合する処置』の結果だ」
「それは、具体的にどのような処置ですか?」
「破損箇所を取り除かれた者の中で、無事な箇所が重複しない者同士を一体にまとめる。支給された接着剤さえ残っていれば、異なる個体同士の部品でも互換性を保てるからだ。あれだけは量に余裕があった」
「事前の教育で規定された処置では、ありませんね」
「だが、ネガティブリストにある行為でも無いぞ。このような場合を想定して、彼らの構造に関する知識と裁量権が我々に与えられたはずだ。……まどろっこしいやり取りは、もういい。この処置に問題があったのは知っている。それは一体、どの部分だ?」
「その前に、もう一つだけ質問に答えてください。あなたの手によってこの処置を受けた者は、どのような反応を示しましたか?」
「我々の場合と、重度損傷から回復させた者と違いは無い。装備を受領し、再度戦線へ復帰していった。多少、記憶の混濁があったくらいか」
「そこに我々と差はない、と。これは意外だ」
「何?」
「あなたの質問は、『この処置のどこに問題があったか』でしたね。……彼らは『複数個体を一体へ統合できる技術』を持ってはいても、それを実行した事がなかったのですよ。そして我々にも、実行させる気はなかった」
「なら何故、それを可能にする知識を教えた? するなと伝えなかった?」
「我々も彼らも、お互いの事を知らなかったようです。『複数個体を一体へ統合できる技術』も、ひとつひとつの要素は別の処置に使用するもの、だったそうで。そう教えられているはずですよね?」
「ああ。知識を応用して『可能な限り戦力を維持し、死亡する者を減らせ』と指示されたから、統合も実行した」
「我々にとって、『個体の統合』は当たり前のことだと『ヒト』は知らなかった。おそらく、実行するとは思っていなかったのでしょう。」
「詳しいことを聞いちゃいないが、『ヒト』はこの件をどう捉えているんだ」
「理性と感情に食い違いが生まれています。この事件が起こってしまった原因は、我々だけの落ち度ではないと理解している。しかし、複数の『ヒト』を結合したという行為への嫌悪は、抑えきれない」
「だから、この記録を取っていると。……今回の件は、敵対へと繋がるだろうか」
「短期的には無いでしょう。結合されたヒトの扱いをどうするかというルールの整備や、我々がどういう存在かの周知が始まっています。それに応えて我々も、ヒトをより知ろうと努めていく。そんな相互理解の先に、決定的な断裂があるか。我々には予測できません。『双方をよく理解した第三者』が居たとしても、それは難しいでしょう」
「やれる事をやるしか無い、か」
「……記録を終了します」
tinker:修繕する,(修繕のつもりで)下手にいじくり回す