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宝石店『さらさ』 〜星屑磨きと小さなバラ〜  作者: いろは紅葉
第二章:思い出、ルビー、輝け「星屑」
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3.『星屑』の言葉をくれた人

 わたしは平日日中の街中を歩いている。

 この前までと違うのは、無職ではなくなったことと、確たる目的があるということ。


『お客様に出すコーヒーが切れそうなの。このコーヒー、タツキくんのお気に入りでね。この先に珈琲専門店があるから、ここに書いてある豆を挽いてもらって。あと、お茶菓子と……』


 という経緯で、わたしはおつかいに出された。星屑さらさ宝石店はこの小洒落た商店街の方々とそれなりにお付き合いがあるというから、場所を覚えさせようとする目的もあるんだろう。実際にそう言われた。

 このあたりはプライベートでも歩くところではあったけど、ひとつひとつのお店にはあまり入ったことがないんだよね。

 さてさて、おつかいをすませよう。まずはコーヒー店だ。


 コーヒーじゃなくて珈琲という字をあてたくなるお店で豆を挽いてもらい、パッケージングされたものをふた袋。おつかいメモ通りにポーション、スティックシュガーも買った。

 あとはお茶菓子なんだけど、


「これ、生菓子だよね……?」


 メモには、「白鳥のシュークリーム 6つ」と書いてある。

 日持ちしないし、約束してるお客さまがいるのかな?

 まあいいか。あんまり遅くなってもいけないし、早く行こう。

 わたしは、コーヒー店の斜め向かいにある洋菓子店へと向かった。

 そして、「めぐり合わせ」というものの奇妙さを、身をもって知ることになる。



 シュークリームはかの子さんが前もって注文していたようで(言ってくれればよかったのに)、「もしかして、『さらさ』さんのところの新人さん?」と、優しそうな女性店員さんが気さくに話しかけてくれた。


「ご注文のお品はこちらです」


 確認のために見せられたシュークリームは、なるほどたしかに「白鳥」だった。


 シュー生地で作られた白鳥の長い首と翼が、土台のホイップクリームにちょこんと飾られている。翼の隙間から見えるクリーム部分には、銀色のアラザンがきらきらとまぶされていて、なるほどこれは、とてもかわいい。


 小洒落た商店街だとは思っていたけれど、さっきのコーヒー店といい、行く先々のお店が本当におしゃれなんだよなあ。

「白鳥のシュークリーム」を箱に詰めてもらっているあいだ、わたしはそれとなく店内を見渡す。

 シックだけど渋すぎなくて、並べられているケーキはカラフルだけど色が散らかっていない。

 これからは個人的にも来るようにしよう。

 そう思ったときだった。


「あれ、もしかしてユキちゃん?」


 聞き慣れない男性の声。でも、よく知っている話し方。

 反射的に振り返ると、


「やっぱりユキちゃんだ。久しぶりだね」


 爽やか、という概念が人の姿をとったらこんな感じ。そう思わせる男性が、軽く手をあげてわたしに笑いかけていた。


 印象としては、全体的に淡くて明るい。色素が薄くてふわっとした髪|(正直うらやましい)、薄いピンクのニットカーデから覗く細い白黒ボーダーTシャツ、藍色のジーンズ、大人なデザインのスニーカー。腕時計の山吹色のバンドが、なんとなく目を引く。

 背は天野さんより十センチくらい低くて、どちらかと言えば甘めな顔立ち。それでも、わたしの記憶よりもずっと大人になったその人は、


「もしかして、ハルお兄ちゃん!?」


 ハルお兄ちゃん――花香陽はなかはる


 わたしに、『星屑』の言葉をくれた人。



 ◇



 ちょっとだけ思い出話をしよう。

 あれは小学生の、それも低学年のころだったかな。

 正確な年齢までは思い出せないけど、初夏を迎える時期に、大きな流星群があった。

 まだ幼かったわたしは、「幼馴染のお兄ちゃん同伴」という条件つきで、その天体ショーを見に行けることになった。


「ユキちゃん、足元見える? 手、つなごうか?」


 流星群がよく見えるところは、つまり明かりが少なくて、すごく暗い。幼馴染のお兄ちゃん――ハルお兄ちゃんが差し出してくれた手はとてもありがたかったけど、


「だ、だいじょうぶ! ちゃんとあるく!」


 わたしは強がって、その申し出を断った。

 だって、だってね。

 お兄ちゃんは優しくて爽やかで、頭がよくてかっこよくて、幼いわたしの憧れで。ひとことで言ってしまえば、まあ……初恋の相手だ。

 わたしは幼ながら恋してる真っ最中で、でも、無邪気に手を取って甘えるには成長しすぎていた。当時のわたしという子供は。


「そっか。ユキちゃんはしっかりしてるね」


 優しく笑って、お兄ちゃんはゆっくりと歩き始める。わたしの遅くて狭い歩幅に合わせて。

 当時はお兄ちゃんも小学生のはずだけど、そのへんにいる成人男性よりずっとずっと、子供に対する気づかいができる人だった。

 そう、「子供あつかい」だ。


「子供じゃないし……」


 うつむいて、小さく口に出す。

 こういうところが子供である証拠だ。事実、どこからどう見ても子供だったのだけど。小学生か、もっと幼かったかもしれないし。


「着いたよ」


 お兄ちゃんが歩くのをやめた。わたしもそれに合わせて止まる。

 大きな建物も背の高い木もなくて、空が大きく開けた芝生の広場。見上げた夜空に月はなく、星星がきらきら、点々と。


「あ!」


 お兄ちゃんが指をさす。わたしもつられて同じ方向を見上げると、


「わあ……!」


 青白い尾を引く、鮮やかな光の線。

 流星がひとつ、わたしたちの前を横切る。

 あれは多分、火球というものだったんだろう。とても強く輝いて、夜闇に燃え尽きていった。


「きれいだね。お願いのこと、すっかり忘れてたよ」

「そうだ、おねがい!」


 わたしははっとした。流れ星にお願い三唱、大事なことだ。

 特に、恋する女の子にとっては。


 最初の火球ほどじゃないけれど、その後も流星は雨あられと降り注いだ。

 そのたびに見とれてしまって、もしくは消えるのが早すぎて、わたしの「お願い」は星まで届かない。

 初恋のお兄ちゃんと一緒に流星群を眺めている――そんなロマンチックで贅沢な状況を楽しめばいいのに、年端もいかない子供のわたしはそこまで考えが及ばなかった。余裕もなかった。

 ただただムキになって、あちこち現れる刹那の光を追いかけていた。


 どれくらい、そうしてがんばっていただろう。


「だめだぁ……」


 見上げる首も痛くなってきて、わたしはその場にへたりこんだ。


「三回も言えないよー!」


 わたしは、お兄ちゃんが敷いてくれたピクニックシートに大の字になる。ころりと転がれば、すーっと流れる星が見えた。今回ももちろん、お願い三唱は間に合わない。


 ……だめなのかなあ。

 じわりと視界がぼやけた。


「ユキちゃん」


 わたしのとなりに、お兄ちゃんが腰を下ろす。


「ユキちゃん、手を出して」

「手?」

「いいものあげる」


 お兄ちゃんは柔らかく笑っている。変だと思いながらも、わたしは身体を起こして手を出す。

 お兄ちゃんはカーゴパンツのポケットから何かを取り出して、わたしの手のひらにのせた。


 さらさらと流れながら、金の鎖が星の光を反射する。

 それはお兄ちゃんの手から、わたしの手に落とされた。ひとさし指の爪大の飾りは、小さな花を思わせる。


「ネックレス……?」


 わたしは手の上のネックレスと、お兄ちゃんを交互に見る。


「うん。ユキちゃん最近元気なかったから、プレゼントだよ。ピンクの……、なんて石だったかな。ともかく、『バラ彫り』の石なんだって」


 ほら、バラの形に見えるでしょ? と、お兄ちゃんはネックレスの飾りを指さす。

 言われてよく見てみると、たしかに小さなバラの形をした石だ。夜空の下では、色はよくわからないけれど。


「石の名前は忘れたけど、それ、宝石らしいんだよ」

「え、ほんとに!?」


 子供にだってわかる。「宝石」という特別な響きは。


「あ、でもそんなに高価(たか)いものじゃないらしいんだけど。ユキちゃん、知ってる? 宝石って星屑なんだよ」

「ほしくず?」


 わたしはお兄ちゃんの言葉を繰り返す。自然と、視線は空へ。

 すっと、細い線が夜空を走る。


「宝石って、きれいな原石から採るみたいなんだ。原石は岩とか、地面の下とかから見つける。それでさ、岩も地面も地球の一部だよね」

「ちきゅう……」


 このときのわたしが、「地球」という言葉についてどれだけ知っていたかは覚えていない。お兄ちゃんの説明でさえ、よくわかっていなかったかもしれない。

 でも、次に聞いた言葉は、今でもよく思い出す。


「僕たちが住んでる地球も星なんだ。だから、宝石も『星屑』なんじゃないかな」


 あの流れ星と一緒だね。

 空を指さして、お兄ちゃんはそう言った。


 星屑。星のかけら。

 幼いわたしは、金の台で留められた小さなバラを、じっと見つめる。


 わたしと宝石という『星屑』は、こうして出会った。

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