2.初恋のリトルローズ
ホットココアでほっとひと息。
ダジャレじゃなくてね。
「あったまるなあ……」
渋い色合いのカフェ店内、飴色のカウンター席。両手でマグカップを持って、もうひと口。
チョコレート感とミルク、ほんのり甘くてひんやり冷たい生クリームの乳脂肪感。
乳脂肪はいいよね。この、どことなくバターっぽいところとか。クセになるなあ。頬が緩むのを感じる。
わたしはひとり、落ち着いた雰囲気のカフェで休日を過ごしていた。
こうしているうちにも、年末師走。クリスマスが一日一日と近づいてくる。
そう、クリスマス。
クリスマスといえばクリスマス商戦。
わたしが春から働いている宝石店『さらさ』も、無縁ではなかった。
いつもみたいにのんびりゆったり、看板猫と「星屑」に囲まれてるんじゃないかなー。なんて、思ってたんだけど。
最近のことを思い出してみると――
――増える。お客さまが。日に日に、増える。
「あら、お久しぶりね。彼女さんは元気?」
と、イベントごとにご来店するお客さまにかの子さんが声をかけ、
「……っス」
タツキさんの……友達? ファン? みたいな、ちょっと関係性がわからないお客さまもいて。
タツキさん、ほとんど話してなかったけど、会話は成立してたみたいなんだよね……不思議だな……。
そして、
「おつかれさまぁ!」
マダム会の日だと思われる、バブルな感じにコーディネートしたナリガネさんがちょくちょく差し入れをくれたり。
店が一定以上混んでいると、差し入れと挨拶だけですっと去っていくんだよね。瞬きしたらもういなかったとか、声が聞こえたと思ったらお菓子だけが置いてあったとか。まあナリガネさんだし、うん。
「く、クリーニングできました」
わたしはほぼ、お客さまの「星屑」を磨いていた。
洗浄液の中で、超音波に震える星屑たち。
トレイで順番待ちをしている星屑たち。
すぐに汚れで濁る洗浄液。それを替えるわたし。星屑を磨くわたし。
十二月はだいたい、そんな感じで加速していった――
そんなわけで、わたしは貴重な休日を堪能していた。
基本出不精なわたしだけど、たまには出かけないと。春から、外に出る頻度は増えた気はするけれど。
メニューに目を通す。チーズケーキも頼んじゃおうかなあ。半熟っぽいスフレのチーズケーキ、好きなんだよね。
「あれ、ユキちゃん?」
メニューに夢中になっているところで、近くから声をかけられた。
この声は……、
「深月さん」
「こんにちは」
グレーの、しゃきっとしたコートを着た深月さんだった。左薬指の婚約指輪がきらりと光る。
「今日はお休み?」
「はい。今月は全員、同じ日に休みむことになってるんです」
週二日、店休日にするのは大胆だと思うけど。今月に入ってからの忙しさを考えると、三人(と一猫)そろっていた方が負担が少ない。お客さまにとっても、わたしたち『さらさ』の従業員にとっても。かの子さんがそう言っていた。
「深月さんは……」
「今日は半休。前から入ってみたかったの、ここ」
隣いい? という深月さんに頷きを返して、わたしたちは隣同士に座る。わたしはチーズケーキ、深月さんは何かの紅茶とショートケーキを注文した。
「師走に年末、忙しいでしょ。お店はどう?」
「忙しいです……ものすごく」
「クリスマス、近いもんねえ」
深月さんが苦笑い。ふっと息を吐いた。
「お待たせしました」
制服の黒エプロンを着けた店員さんが、わたしたちの前に、注文していたケーキと飲み物を並べた。
軽く一礼して離れていく店員さんをふたりで見送る。深月さんは紅茶にレモンの輪切りを絞って、角砂糖をふたつ入れて混ぜながら、
「そういえば言ったことあったけ? タツキの初恋の相手のこと」
ココアを口に含んでいたわたしは、「むぐふ」と変な音を出した。突然何を言い出すんだこの人は。大人の尊厳が危うくなったよ。
なんとかかんとかココアを飲み下し、
「いえ、聞いてないですね……」
と返事をする。
深月さんは、細かいパール光沢があるベージュを塗った指先で、ティースプーンをくるくる回して、
「ほら、前に話したじゃない? タツキが、クラフトマン……だっけ。その修行に本腰を入れたきっかけ。女の子」
「あー……、あ! 初めて完成させたネックレスをプレゼントしたっていう!」
小学生時代のタツキさんのエピソード。思い出した。
「そうそう! その子がタツキの初恋相手みたいなのよね。ハルが言ってた」
タツキさん、ハルお兄ちゃん経由で深月さんにいろいろ流れてるけど、知ってるのかな……? わたしにまで伝わっちゃってるけど。
けど、止めるタイミングがわからない。正直、わたしの好奇心はちょっとうずいている。
わたしが何も言わないからか、深月さんは話を続けていく。
「タツキ、まだ気にしてるんだって。その子のこと。今もその子をイメージしてジュエリー作ってるみたいよ」
「へえ……」
「そのモチーフは」
バラなんだって。
深月さんは、ケーキのイチゴを頬張った。




