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宝石店『さらさ』 〜星屑磨きと小さなバラ〜  作者: いろは紅葉
第五章:クラフトマンのタツキさん
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2.初恋のリトルローズ

 ホットココアでほっとひと息。

 ダジャレじゃなくてね。


「あったまるなあ……」


 渋い色合いのカフェ店内、飴色のカウンター席。両手でマグカップを持って、もうひと口。

 チョコレート感とミルク、ほんのり甘くてひんやり冷たい生クリームの乳脂肪感。

 乳脂肪はいいよね。この、どことなくバターっぽいところとか。クセになるなあ。頬が緩むのを感じる。

 わたしはひとり、落ち着いた雰囲気のカフェで休日を過ごしていた。

 こうしているうちにも、年末師走。クリスマスが一日一日と近づいてくる。


 そう、クリスマス。

 クリスマスといえばクリスマス商戦。

 わたしが春から働いている宝石店『さらさ』も、無縁ではなかった。

 いつもみたいにのんびりゆったり、看板猫と「星屑」に囲まれてるんじゃないかなー。なんて、思ってたんだけど。

 最近のことを思い出してみると――



 ――増える。お客さまが。日に日に、増える。


「あら、お久しぶりね。彼女さんは元気?」


 と、イベントごとにご来店するお客さまにかの子さんが声をかけ、


「……っス」


 タツキさんの……友達? ファン? みたいな、ちょっと関係性がわからないお客さまもいて。

 タツキさん、ほとんど話してなかったけど、会話は成立してたみたいなんだよね……不思議だな……。

 そして、


「おつかれさまぁ!」


 マダム会の日だと思われる、バブルな感じにコーディネートしたナリガネさんがちょくちょく差し入れをくれたり。

 店が一定以上混んでいると、差し入れと挨拶だけですっと去っていくんだよね。(まばた)きしたらもういなかったとか、声が聞こえたと思ったらお菓子だけが置いてあったとか。まあナリガネさんだし、うん。


「く、クリーニングできました」


 わたしはほぼ、お客さまの「星屑」を磨いていた。

 洗浄液の中で、超音波に震える星屑たち。

 トレイで順番待ちをしている星屑たち。

 すぐに汚れで濁る洗浄液。それを替えるわたし。星屑を磨くわたし。

 十二月はだいたい、そんな感じで加速していった――



 そんなわけで、わたしは貴重な休日を堪能していた。

 基本出不精なわたしだけど、たまには出かけないと。春から、外に出る頻度は増えた気はするけれど。

 メニューに目を通す。チーズケーキも頼んじゃおうかなあ。半熟っぽいスフレのチーズケーキ、好きなんだよね。


「あれ、ユキちゃん?」


 メニューに夢中になっているところで、近くから声をかけられた。

 この声は……、


深月(みづき)さん」

「こんにちは」


 グレーの、しゃきっとしたコートを着た深月さんだった。左薬指の婚約指輪(エンゲージリング)がきらりと光る。


「今日はお休み?」

「はい。今月は全員、同じ日に休みむことになってるんです」


 週二日、店休日にするのは大胆だと思うけど。今月に入ってからの忙しさを考えると、三人(と一猫)そろっていた方が負担が少ない。お客さまにとっても、わたしたち『さらさ』の従業員にとっても。かの子さんがそう言っていた。


「深月さんは……」

「今日は半休。前から入ってみたかったの、ここ」


 隣いい? という深月さんに頷きを返して、わたしたちは隣同士に座る。わたしはチーズケーキ、深月さんは何かの紅茶とショートケーキを注文した。


「師走に年末、忙しいでしょ。お店はどう?」

「忙しいです……ものすごく」

「クリスマス、近いもんねえ」


 深月さんが苦笑い。ふっと息を吐いた。


「お待たせしました」


 制服の黒エプロンを着けた店員さんが、わたしたちの前に、注文していたケーキと飲み物を並べた。

 軽く一礼して離れていく店員さんをふたりで見送る。深月さんは紅茶にレモンの輪切りを絞って、角砂糖をふたつ入れて混ぜながら、


「そういえば言ったことあったけ? タツキの初恋の相手のこと」


 ココアを口に含んでいたわたしは、「むぐふ」と変な音を出した。突然何を言い出すんだこの人は。大人の尊厳が危うくなったよ。

 なんとかかんとかココアを飲み下し、


「いえ、聞いてないですね……」


 と返事をする。

 深月さんは、細かいパール光沢があるベージュを塗った指先で、ティースプーンをくるくる回して、


「ほら、前に話したじゃない? タツキが、クラフトマン……だっけ。その修行に本腰を入れたきっかけ。女の子」

「あー……、あ! 初めて完成させたネックレスをプレゼントしたっていう!」


 小学生時代のタツキさんのエピソード。思い出した。


「そうそう! その子がタツキの初恋相手みたいなのよね。ハルが言ってた」


 タツキさん、ハルお兄ちゃん経由で深月さんにいろいろ流れてるけど、知ってるのかな……? わたしにまで伝わっちゃってるけど。

 けど、止めるタイミングがわからない。正直、わたしの好奇心はちょっとうずいている。

 わたしが何も言わないからか、深月さんは話を続けていく。


「タツキ、まだ気にしてるんだって。その子のこと。今もその子をイメージしてジュエリー作ってるみたいよ」

「へえ……」

「そのモチーフは」


 バラなんだって。

 深月さんは、ケーキのイチゴを頬張った。

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