4.真珠に星屑を巻き付けて
タツキさんと深月さんはひと通り検討を重ねたあとで、
「じゃあ、元と同じ糸とやり方でお願いするわ」
「絹糸のサイドノットな」
「あと、母がこの留め金使いにくいって言っててね。予算内で使いやすいものがあったら変えたいって」
「これは金具を引っかけるタイプか。今なら豆型がある。着けるときピンを穴に差し込んで、外すときはここをつまむ。パーツの金額は別になる」
「へえ、着け外し簡単。じゃ、これもお願いできる?」
留め金の交換を含めたお直しが決まり、お会計。深月さんはお直し伝票を受け取った。
こちらで預からなかった白い箱をしまって、深月さんはひと息つく。
「真珠のネックレスって、糸だけでも色々なのね。勉強になった。私も自分のやつ見てみようかな」
「それがいいな。糸替えの目安は二、三年」
「けっこう頻繁……でもないか。私らくらいの年齢になると、あちこちの結婚式やら謝恩会やら、やたら
増えるしね」
法事はまだだけど。と、ひと言付け加える深月さん。
「やっぱりそうなんですか? わたしも、友達経由で情報が流れてくるんです」
「そうだよー。ユキちゃんも持ってるでしょ? 見ておいた方がいいかも。いきなり必要になったりするらしいから」
言われて初めて、自分の真珠セットに思考が及ぶ。
真珠セットか……。たしか前の職場で買った一式があるはずだけど、どこにしまったっけ?
「ハルとさ、ユキちゃんたちも予定があれば呼ぼうって言ってるんだ」
「え、何にですか?」
「もちろん、私たちの結婚式」
今、なんとおっしゃいました?
「ここに指輪選びに来たの、タツキがいるからだったんだけど。そこにユキちゃんもいたんなら、何かの縁かなって」
「ええええええっ!」
思わず大きな声を出してしまった。深月さんにうりうりされていたさっちゃんが、何か言いたげにこっちを見る。
しょっぱい顔もかわいいよ、さっちゃん。
それは置いといて。
ハルお兄ちゃんと深月さんの結婚式に呼ばれる?
わたしが?
「俺もか」
「当たり前でしょ。ハルとどれだけ付き合い長いと思ってんの」
あ、そっか。当然、タツキさんもだよね……。むしろ、わたしより優先度が高いはず。
日取りにもよるけど、宝石店『さらさ』が開いてる日ならタツキさんだけでも行けるようにしないと。
わたしは少し、落ち着きを取り戻した。
「あら、深月さんじゃない。こんにちは」
艶っぽい、大人の女性の声。
店の奥から、女店主かの子さんが現れた。
「こんにちは」
はっきりした明るい声で、深月さんが返す。
「今日は……そう、真珠のネックレスのお直しなのね」
「はい。私たちの結婚式にって母がケースを開けたら、こんなことになっちゃって」
苦笑いを浮かべて、クッショントレイに置かれた真珠のネックレスを指さす。
かの子さんはそれを覗き込んで、伝票と見比べた。
「そうね、これで大丈夫だと思うわ。最近はワイヤーが主流だけど、絹糸は着け心地がいいのよ」
「へえ、そんなにですか?」
「ええ。お時間に余裕があるなら、試してみる?」
かの子さんはわたしを手招きして、ガラステーブル方面のショーケースを指し示す。真珠のジュエリーコーナーを。
「ユキちゃん、左から二番目と三番目のネックレスを持ってきてちょうだい」
わたしは鍵を片手に、ショーケースの裏に回ってダブルロックを外す。
ひとつはワイヤー、グレーのケースに入ったセット。
もうひとつは、正方形の桐箱入り。これは花珠真珠。一定以上の品質を保証された、鑑別書付きのブランド品。持ってきた品は絹糸で、全部の玉の間に結び目を作るオールノットという加工を施されている。
ショーケース下のスペースに一旦置いて鍵を閉め、片手ずつに持って、慎重に運ぶ。
カウンターでは、お直しの真珠にじゃれつこうとしたさっちゃんが、タツキさんに抱え上げられているところだった。
「ありがとう。じゃあユキちゃん、ここに立ってくれる?」
「え? はい」
言われたとおり、素直に前を向く。前を向くというか、深月さんと向き合う感じに。
「じっとしててね」
そしてかの子さんは、わたしに真珠のネックを着けた。
あれ?
「あの。かの子さん?」
「これがワイヤーね。ぎゅっとして、しっかりした感じでしょ?」
あ、聞いてないんですね?
かの子さんに身体を向けようとしたら制されたので、仕方なくじっとしていることにした。次に視線を送ったタツキさんは、小さく首を横に振る。
ここにメロンがあったら言っていたかもしれないな、あのダジャレを!
「じゃあ、次は絹糸ね。お直しのものとは結び方が違うんだけれど、絹糸のオールノット」
かの子さんはわたしからワイヤー使用のネックレスを外してクロスで拭き、もうひとつのネックレスを着ける。
感触は、しっとり。真珠の連が描く、肌に沿うやわらかなカーブ。
「わあ……こうやって比べてみると、違いますね。ワイヤーと」
深月さんがカウンターに身を乗り出して、わたしの鎖骨あたりを注視。
ネックレスを見ていることはわかるんだけど、ちょっと恥ずかしい!
「糸の違いはこんなものね。あと、真珠のネックレスのアレンジはご存じかしら」
「アレンジ、ですか?」
「そう。深月さん、それにユキちゃん。真珠はけっこう遊べるのよ」
ユキちゃん、やってみてくれる? かの子さんはきらきらした目をしている。
かの子さんがときどき見せる、大人じゃなくて女の子みたいな表情。なにか、よからからぬことを考えているのかもしれない。
でも、わたしはその提案に乗ることにした。
背後からさりげなく手伝ってくれようとしたタツキさんを牽制する。この人の、ジュエリーに触りたがる職業病はなんとかならないんだろうか……。
まあいいや。
「じゃあユキちゃん、真珠のネックレスにユキちゃんのネックレスを巻き付けてみて。こんな風に」
かの子さんに言われたとおりに、わたしはくるくると、星屑を巻きつける。
乳白色の真珠光沢に絡むような、ピンクゴールドのベネチアンチェーン。
真珠の連の端から中心――下になるところに向けて徐々に玉は大きくなる。そこにぶら下がって揺れる、わたしのローズクオーツ。
「へえ……かわいいですね」
深月さんの、感心したような声。ユキちゃんも見てみなってと、カウンター上の鏡を移動して見せてくれた。
わたしはお礼を言って、首元にネックレスをあてがってみる。
「本当だ……少しカジュアルになった気がします」
「さりげなくゴージャスにもなったでしょ。合わせるものによっても、印象が変わるのよ」
「アレンジなんて考えたこともなかった。真珠って、正直あんまり興味引かれなくて」
深月さんの言葉は、遠慮も嫌味もない。
実はわたしも、本真珠はあまり遊びがない品だと思ってた。
「若い人にはあまり馴染みがないかもね。そのままでも十分合わせやすいとは思うんだけれど。カジュアルに合わせるなら、淡水真珠がお安くてデザインも多いから」
淡水真珠。淡水貝を母貝として作られる真珠。だいたい無核。核がないから、真円以外の形が豊富だ。ポテト、エッグ、フェザーなどなど。
星形とか、どうやって作っているんだろうと思うものまである。
わたし個人の好みとしては、バロックの小粒がたいへん心躍る形をしていると思う。個人的には、うっすらオレンジ系のピンクが肌馴染みも良くて好きだ。
「そういうものもあるんですねー。結婚式でもないと、着ける機会って思いつきませんでした。あ、でも……」
深月さんの表情が一瞬曇る。わたしは見逃さなかった。




