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宝石店『さらさ』 〜星屑磨きと小さなバラ〜  作者: いろは紅葉
第三章:人魚の涙と誓いの指輪
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3.学生時代のタツキさん

 姿を現したのは、『さらさ』が誇る美丈夫こと、クラフトマンのタツキさんだ。

 カウンターに近づこうとしたタツキさんは、一瞬止まる。足下に忍び寄っていたさっちゃんが、後ろ足から前足まで限界まで伸ばして、タツキさんの足に取り付いている。

 タツキさんは縦に長くなったさっちゃんを無言で抱き上げ、なにごともなかったかのようにこちらへ歩いてくる。

 さっちゃんとのスキンシップうらやましいなあ!


「で、今日はどんな話をしてたんスか」


 さっちゃんをカウンターのイスに下ろしながら、タツキさんが聞いてくる。


「ん、直して欲しいものがあるってことと、私らが同じ大学だったてこと。あと、知ってた? 椎野(しいの)ちゃんも同じ高校だったって」


 さっちゃんがカウンターの上に登って、深月(みづき)さんのそばに座った。深月さんは浮かべていた笑みを深くして、うりうりとさっちゃんの頭を撫でる。

 タツキさんがわたしに視線を寄こす。

 どういうことスか。とか、そのあたりかな。


「えっと、そうなんです。わたしも深月さんたちと同じ高校の、普通科で」


 だから、芸術科のタツキさんとはまったく接点がなかったはず。


「タツキはさ、ずっとジュエリー制作一筋で、すごいんだってハルが言ってたよ」

「そりゃあ、まあ。ガ……子供のころから続けてるし、それなりには」


 今「ガキ」って言おうとしたなこの人。店内だから自重したんだろう。それとなく上品なイメージあったのに。

 それにしても。


「タツキさんて、いつから目指し始めたんですか? クラフトマン」


 子供のころって、いつくらいだろ。

 わたしが来月で二十四歳。大学を卒業すると、「子供時代」が指し示す範囲が広くなってくる気がする。

 うん。


「俺は……小学校あがる前くらいっスかね。修行始めたのは小学校入ってすぐ」

「はやっ!?」


 わたしが生きてきた世界とはだいぶかけ離れていた。

 小学生って年齢ひとケタだよ!


「俺の師匠がかの子さんと知古(ちこ)で。その縁でここに置いてもらってるんスよね」

「そうだったんですか……」


 タツキさんとかの子さんのやりとりに、ある種、遠慮がないのはそういう理由だったんだ。

 人に歴史ありだなあ。

 はー、と関心してしまった。


「で、さ。本腰入れたの、女の子がきっかけだったんだっけ。ハルに聞いたんだけど」


 ほう?

 詳しく。


「おい、深月」

「いいじゃない、子供のときのことでしょ? 初めて完成させたネックレスを……プレゼントしたんだっけ。で、その女の子がとっても喜んでくれて。それに感動してたって、ハルが言ってた」


 へえ……小学生で、女の子にネックレスをプレゼント。ハルお兄ちゃん以外にもいたんだ、そんな人。

 というか、類は友を呼ぶ、みたいな感じなのかな。

 タツキさんの場合はどういう経緯だったんだろ。聞いたら教えてくれるかな?


「深月。お前、飲んでないよな?」


 タツキさんはどこか迷惑そうな表情で、深月さんを見ていた。

 あ、これは突っ込んで聞いても教えてくれない感じだ。

 深月さんはへらりと笑って、


素面(しらふ)でーす」


 と、とても怪しげな返答をした。

 なんだか深月さん、様子がおかしい気がする……。


「で。今日は何のお直しですか、有沢(ありさわ)サマ?」

「そんなかしこまらないでよ。悪かったって。今日の用事はこれ」


 言いながら、深月さんは大きめのバッグから白い紙の箱を取り出した。

 タツキさんがクッショントレイを差し出し、箱を載せる。深月さんが蓋を取ると、角が丸い、黒の四角ケースが出てきた。


「これ。母のなんだけど」


 深月さんは箱からケースを出して、蓋を開ける。

 中にあったのは真珠(パール)のネックレスだった。ただし、糸が思い切り伸びて、緩くなってしまっている。


「ここしばらく冠婚葬祭がなくて、触ってなかったんだって。で、私たちの結婚式に使うから、開けてたしかめてみたってこと」

「……」


 無言で、タツキさんが綿手袋をはめる。玉をいくつか転がして、状態をたしかめているようだ。

 冷めてしまったお茶を取り替えながら、わたしも横から覗き見る。


 しばらく見ていなかったというけれど、玉がほどほどに大きくて、真珠光沢がきれいなものに見えた。

 ……少し「マダム性」を感じる。実際の「マダム」がいなくてよかった。わたしは胸が焼けるような感覚を、幻だと言い聞かせる。


 わたしの中で結びついてしまった「とても強いマダムと宝飾品」は、「坊主と袈裟」みたいなものなんだ。

 気づかれないように、わたしは小さく頭を振った。

 ここは宝石店『さらさ』。わたしの星屑と、ちょっと似た雰囲気の「星屑」が並んでいるところ。


「糸替えだけでいける。ワイヤーと絹糸、どっちがいい?」


 タツキさんの言葉に遅れず、わたしは、さっと横から糸替えの種類一覧を差し出した。


 ざっと言えば、ワイヤーは安くて丈夫。だけど劣化がわかりづらいから、突然切れてばらけたりする。

 絹糸は柔らかくて、着けたときに自然なカーブを描く。ただワイヤーに比べるとちょっと工賃が高くて、劣化すると、深月さんが持ってきた品のように伸びる。反面、糸替えの時期がわかりやすい。


「うーん……特にリクエストは受けてない。これと同じようにしてもらうことはできる?」

「見たところ、絹糸のサイドノットか。留め金(クラスプ)の両端から三玉くらいの間に糸で結び目を作る。金額はこれくらい」

「へえ」


 深月さんは糸替え表と伸びたネックレスを見ながら、「あれは、これは」とタツキさんに質問を投げかけていく。タツキさんも、いつものぶっきらぼうさに友人間の気安さを感じさせながら、やりとりを進めていった。

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