「意味ない」けど「無駄」ではない!
初めまして、加瀬優妃と申します。
このたびは『「意味ない」けど「無駄」ではない!』にお越しいただき、ありがとうございます。
あ、ひょっとしたら「2度目まして」「3度目まして」「4度目まして」(※出典:「読み専の悩み事」)の方もいらっしゃるかもしれませんね。
再び訪れて下さり、ありがとうございます。
今回はですね、提案とかではなく、私自身の経験から思った事を述べていきたいと思います。
活動報告に書こうかと思ったんですが、ちゃんと「書籍」として形に残った方がいい気がしたので、投稿することにしました。
まず、「不正行為」について。
2週間前に書いた「埋もれた空家を蘇らせろ!」が急浮上しましてランキングに載ったのですが、まぁ予想通り、すぐに消えまして。
それはいいんですけど、そのあとに上がってきていたのがこの「不正行為」に関するエッセイだったんですよね。
0ptは苦しいですよね。わかります。
私も第1作を始めたときには苦しかったですもん。
私にはNというリアル読者がいて、0ptを避けるだけならすぐにでもできる状態だったんですが、ずっと我慢しました。
実際にNは私の作品を読んでいる訳で、それを評価することはエッセイで言われている「不正」にはあたらないとは思うんですけど、何というか、組織票みたいで嫌だったんですよね。(←みたいじゃなくて、組織票そのもの)
ですので、私なりにルールを設けました。
「Nの評価は0ptじゃなくなった後!」
……つまり、ブクマか評価が入った時点で、Nには入れてもらっています。
これを破ったのは……「自キャラを愛そう!」だけですね。(その辺も含めて、ネタにしちゃいました)
さて、話を戻します。
仮に一人抱き込んだとして、やっと12ptです。
一人でパソコン、スマホ、携帯と持ったとしても最大36pt。
前から不思議だったんですよね。不正行為、不正行為とは言うけど、一つのパソコンからは一つしか投票権はないのに、どうやって何百ptも稼ぐんだろう?って。
それで、この機会にちょっとエッセイを覗いてきまして……。
まぁ……いろいろあるんですね。びっくりしました。考えもつかなかったな~。
でも……「意味ない」ですよ。読者様はバカじゃありません。
はっきり言って「無駄」です。
アクセスが増えたって、読みたくないものは読まないです。
共感できないものには、ptなんてくれないのです。
私は小説を連載中にふと思いついたことがあって、エッセイ『「底辺」と名乗るなかれ!』を投稿しました。
これがランキングに載りまして、いろいろな方から感想を頂いたりしました。
そのときに思ったこと!
その1「エッセイは共感できるかどうかが重要なのだ!」
いや……当たり前なんですけどね、今にして思うと。
この「名乗るなかれ」バブル中、こんなことはもう二度とないだろうな、と思った私は、「自キャラを愛そう!」という、かなり自分の嗜好が入ったエッセイを投稿しました。
こんなときでなければ読んでもらえないだろう、と思ったからなんですね。
結果……共感は得られず、52ptで留まっています。
ふむふむ、やはり「あるある~」感が大事なんだな。
そう言えば、自分が初めて評価をつけたエッセイも、書いてある内容に共感できたからだった、とこの時に気づきました。(←遅いって)
その2「だからといって小説のptは増えません!」
影響が全くなかった、という訳ではないです。恐らく「名乗るなかれ」で私を知って下さったと思われる方が読んで下さり、感想をいただけたりしました。
でも、これはすごく稀な例です。
アクセスは増えますね。だけど結局、その小説が面白そうでなければ、玄関で立ち去っちゃいますね。
何でわかるかというと、PV、ユニークアクセスはあっても、部分別アクセス数は0、だからです。
私が「常連さん」と呼んでいる、更新時刻ごとにアクセスして下さる方は……「名乗るなかれ」の前後で殆ど増えませんでしたから。
結局のところ、小説がウケるかどうかは作品次第、ということですね。(←さっきから当たり前のことしか言ってない)
あれ? これって「加瀬優妃の小説は面白くないぞ~」と自分で宣伝してることになってます?
……いやいや。いやいやいや!
面白いかどうかは読者様の決めることですが、作者自身はとても大真面目に書いてます!
私は、自キャラも自作品も、めちゃめちゃ愛してますよ!
……いかん、いかん。
私の中では、エッセイは本当に「偶然の産物」だったので、連載小説とは切り離して考えるようにしてるんですよ。
「連載小説」の加瀬優妃と、「エッセイ」の加瀬優妃は、別人格。
「エッセイ」の中で連載小説の宣伝はしない、と決めていたのです。
理由は、上記にもあるように「意味ない」からです。
むしろ好感度は下がる気がしますね。あこぎな気がして。
ただ、今回のエッセイは「連載小説」と「エッセイ」の相互関係について語りたかったので、少々自分の小説についても触れますが、そこは大目に見てください。(^_^;)
……気を取り直して、次!
その3「交流するとインスピレーションが沸く!」
一番よかったことは、これかもしれません。
それまで自分の連載小説の世界に浸っていたんですけど、外と交流することで
「こういう考え方もあるな」「ああいう意見もあるな」「じゃあこれならどうだ」
と、世界が広がるんですよね。
やっぱり、引きこもってちゃ駄目ですね。外から刺激を受けることで、自分の脳みそにも刺激を与えるんでしょうね。
そうして生まれたのが「埋もれた空家を蘇らせろ!」ですから。
自分の連載が終わった後の目標を、見つけられたのです。
……結論。
「不正行為」は「意味ない」ですし「無駄」。
まあ、多くの方が言われている通りです。
「連載小説」の宣伝のために「エッセイ」を書くことは「意味ない」。
……だって、読者は私の意見に共感しただけで、私の作品に共感した訳ではないから。
でも、ここで注意したいのは
「連載小説」のために「エッセイ」を書くことは「無駄」ではない……ということ。
なぜなら、上記に書いたように、知らなかったたくさんの事を知ることができたからです。
視野が狭いと、視野が狭い小説にしかならないです。
自分の想いをただアピールするだけのモノになってしまうと思うんですよね。
「エッセイ」を書くことで、頭の風通しがよくなった気がします。
……だから、評価が欲しいのなら「意味ない」けど、違う何かが欲しいのなら、決して「無駄」ではないのです。
私はエッセイを書く前に、自分の小説の、その殆どを書きあげてしまいました。
だから、私の作品は、本文で言ったような「自分の想いをただアピールするだけのモノ」です。
でも、いいのです。いわゆる「純粋なソレ」がどういう風に受け止められるかを、知りたかったんですから。
すべて完結したときの楽しみにしておきます。
↑これが「連載小説」の方の加瀬優妃。いたって冷静です。
ちなみに「エッセイ」の方の加瀬優妃は、こちら。↓
「空家をなくそう」活動を知ってもらうためには、どうしたらいいんだ!
まめに活動報告するしかないのか~!
他に何かないのか~?
やっぱちょいちょいエッセイを書くべき!?
いや、そうそう共感してもらえるネタなんて降ってこないぞ!
だいたい、もともと共感されるようなキャラじゃないぞ~!
……と、苦悩中です。
※2/8追記
「Nの評価は0ptじゃなくなった後!」
とありますが、プラス「連載が終了し、完結した後!」もでした。
(完結しても0ptのままはさすがに淋しいので……。「あの夏の日に」がそうだったかな。)
ちょっとウソをついたことになってしまいましたね。すみません。