Stand by Me
「あんたは『きし』になりなさい」
高飛車な彼女はべそをかいている僕に、居丈高にそう言った。
僕も彼女も小学生の頃だ。その頃の僕はいじめられっ子で、よくクラスの中心グループに物を隠されたり、小突き回されたりしていた。そして、そんな僕を、彼女がいつも助けてくれるのだった。僕が泣くたびに彼女が怒って、いじめっ子グループに徹底的に仕返すのだ。
だからそのときも、僕はいじめられて、確か、鞄を二階の教室の窓から投げ捨てられて、泣いて、彼女がやっぱり怒って、鞄を投げ捨てた子たちを窓から投げ捨てようとして他の子たちに止められて。
そしてその後で、皆がいなくなって、二人で下校しているときに、彼女は僕にそう言ったのだ。
腰に手を当てて、胸を張って。
「きし?」
聞き慣れない言葉に戸惑って僕が訊き返すと、そう、と彼女は頷いて、
「この前ね、お姉ちゃんの本で読んだの。『きし』っていうのは、女の人を守る強い男の人のことなんだよ」
自信たっぷりに言う彼女に、僕はすぐにこう思った。そんなの、
「ぼくには無理だよ。ぼく、弱いもん」
むしろ、僕が守られてばかりで、それを言うなら彼女の方がよっぽど僕より『きし』だった。だから弱々しくそう言うと、ぴしっと彼女は僕の頭をはたき、
「無理じゃないよ。なれるよ。男の子はまだ、せーちょーき? があるんだから。これからおっきくなって、強くなって、それでね、」
彼女は僕の腕を掴んで、瞳を輝かせて、
「ずっと一緒にいるんだよ」
「ずっと?」
「そう。『きし』っていうのはね、ずっと、一生、女の人と一緒にいて、守ってくれるの。だからあんたも、そういう『きし』になりなさい。わたしの、わたしだけの『きし』に」
そんなことを言われても、やっぱり僕は自信がなくぐずついていて、だから彼女はすぐに業を煮やして、僕の手を取って半ば無理矢理にお互いの小指を絡み合わせると、
「あんたはわたしの『きし』になる! 嘘ついたら針千本のーます、指切った!」
強引に、約束をしてしまった。
えー、と困った顔になる僕に、彼女はにっと満面に笑みを見せる。
「約束だよ。ずっとわたしを、守ってね」
●
「──どうしたの? 変な顔して」
正面に向かい合って座る彼女が食事の手を止め、怪訝な顔になって僕の顔を覗き混んできた。
僕はどんな顔をしたのだろう。苦笑か、それとも、懐かしさへの笑みか。
「いや、ね……ちょっと、昔のこと、思い出して」
「昔の?」
なに? と彼女は先を促す。だから僕は、悪戯めいた気持ちで、
「──僕は、君の『騎士』になれたのかな?」
彼女は、初めこそ不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに思い出したのだろう、ふ、っと笑った。
「さて、どうだろうね」
「あれ、まだ駄目なの?」
問うと、彼女は悪戯っぽい笑みで、
「一生、私を守らなきゃ駄目だから、まだ全然だよ。約束は死ぬまでなんだから」
「えー……それじゃあ、死ぬまで、なれたかどうかわからないの?」
困ったように僕が言うと、そうだよ、ところころと彼女は笑った。
むう、とフォークで食事を一口、口に含んだ僕に、だからさ、と彼女は言う──世界で一番大切な、僕が守りたい笑顔で。
「ずっと、一緒にいてね。私の騎士様」
時空モノガタリと重複投稿。