狂人散華
超久々の更新です。
あまりに期間が開きすぎていて忘れている方も居らっしゃると思うので簡単に前回のあらすじ。
――パンデミックの原因を作ったのはビリーだった。
トニーはビリーを殺すために行動している。
彼が携わっていた不死の研究。
それを行っていた場所が美術館の地下。
ビリーはいないかもしれないが、何らかの痕跡があると考えたトニーの一行はそこへ移動する。
「トニー……」
「ああ、間違いなくいる。
だが、これはビリーじゃないな」
「……酷い」
美術館の中は異様の一言だった。
様々な場所に展示物として並べられた遺体。
その全ては縫い合わされたりつぎはぎされていた。
見ているだけで正気を失いそうな「作品」に対してジョンとトニーはある人物を思い出していた。
「「ゴードン」」
あのイカれた芸術家。
懲役400年以上の大犯罪者。
その名を聞いた時にミーナの中で何かが震える。
「大丈夫かい?」
「……はい……っつ!!」
ガクンとミーナの頭が下がる。
そのわずか後、顔を上げた時には出会った時の目があった。
「イースレイか」
「ああ、まったく……くそったれな状況だ……」
「このタイミングでお前が前にでるという事は?」
「そうだな……少しだけミーナの持っていない記憶の話をしてやろう」
そういってイースレイはポツポツと話し始める。
なぜ二人になってしまったのか、その原因である人物と理由を。
「そうだったのか……」
「俺はミーナが幸せになってくれればそれでいい。
だが、俺が生まれた原因がココにいるならそいつを排除しなければならない」
「務所のなかでビリーと出会ってあたかもしれないから少し話は聞きたいところだが、それが終われば手伝うのはやぶさかじゃない」
「それは願ってもないな。
俺だけじゃどうしようもないとは思っていた」
三人は美術館の奥へと進んでいく。
トニーがいう地下施設への入り口がもうすぐというところでそれは現れた。
「ようこそ、俺のアトリエへ」
巨大な布で覆われた絵画のようなものの前にゴードンは立っている。
「ああ……その顔……忘れたくても忘れられない」
イースレイはジョンから借りた銃を持って構える。
「んん? 俺のファンか? ちょうどよかった、新しく完成した作品を誰かに見てもらいたかったんだよ……ビリーの奴はこういった芸術に興味が無いらしくてな」
「ビリーはどこだ?」
トニーが問いかける。
「さてな、ここしばらくあいつの姿は見ない。
どこにいるかも興味はない。
利害が一致しているから協力していただけだからな。
それよりも見てくれよ、この芸術を!」
バサリと布が取り払われる。
そこに現れたのは一つの絵画……ではなかった。
「立体アート……お題は「地獄絵図」かな?」
キャンパスの中心、その最上段には裸の女性が吊るされている。
それに縋るように様々な人間の上半身が張り付けられている。
そのどれもが吊るされた女性に手を伸ばそうと「動いていた」。
「どうだ? 人類の醜さが見事に表現できていると思わないか?」
「ゾンビ化した人間を使っているのか……その女性は……」
「ああ、ギリギリだがまだ「生きている」ぜ? なにせゾンビにしちまったらこうして此奴らが手を伸ばすこともなくなるからな」
三人は女性を見る。
「……」
確かにまだ「生きてはいる」。
だが、目に力はなくすべてを諦めているようだ。
今から救出し、医者に駆け込んでも死は免れないだろう怪我も負っている。
「短い期間だからこそ輝くんだよ、この作品は」
「この……クソ野郎が!!」
イースレイが引き金を引いた。
だがそれが届くことは無い。
「いい狙いだなお嬢ちゃん、だけど狙うなら頭だったなぁ」
上着のボタンを外し、中を見せる。
そこには防弾ジャケットが装備されていた。
「ちぃ!」
「どっかで見たと思ったが……俺の傑作のひとつをプレゼントした奴だろう?」
「うるさい、死ね!」
再び銃弾が放たれる。
今度は頭を狙ったが、狙いが分かっているなら避けることは容易い。
「イースレイ!」
「落ち着け、一人で突出するな!」
二人の静止を振り切ってイースレイは突っ込んでいく。
「はっはー! 嬢ちゃん、殺しは初めてか? そんなにがっつくなよ、焦ったら……こうなるぜ?」
「ぐぅ!」
さも当然のようにゴードンはイースレイの攻撃をかわし、腹部に膝を入れる。
拳銃を落とし、うずくまりそうなイースレイの髪をつかんで持ち上げて首を締めあげ、自らの身体に密着させた。
「ほーら、こうすればお仲間もうかつに攻撃できないだろ?」
「は……なせ」
「嫌だね。
んー、インスピレーションが湧いてきた。
お前さんは新しい芸術の一部にしてやろうか」
「くそ、イースレイ!」
「おっと、そんなもんで撃ったらこの嬢ちゃんごとふっとばすことになるぞ? いいのか?」
「トニー……」
ジョンは構えた銃を下ろさずにトニーを目線のみで見て声をかける。
「く……」
ジョンも同じだ。
「そうだなぁ……大量の腕をくっつけてみるのもいいなぁ……」
すでに勝ち誇ったゴードンはミーナ(イースレイ)をどのように仕立てるかを考えている。
密着しているために奴が興奮し、下腹部を怒張させているのが臀部をとおしてありありとわかってしまうのが不快でしょうがない。
(俺は……くそ!)
イースレイは自分の失態を嘆いていた。
どうしたらこの状況を打破できるのか、ひっしで頭を巡らせる。
不意に声が聞こえた。
『ありがとうイースレイ』
(なんだ? ミーナ……馬鹿な、俺が起きている時は強制的に眠っているはずだ)
そう考えてハタと気づく。
(ミーナが眠っているといつ確認した? 共有領域に居ないからそう思い込んでいたのか……思い込んでいた?)
なぜ思い込んでいたと思ったのか。
様々な疑問が頭を駆け巡る。
(俺はミーナの辛い記憶を受け取ってミーナが幸せになれるように……いつからそう考えていた? 俺が一人の人格として生まれてから? 俺はどういう役割で生まれた?)
『もし、儂らがお前を守ることが出来なくなった時はそのロザリオを首から外して祈りなさい。そうすればきっと天使が助けてくれるよ』
いつだったか祖父が言っていた言葉を思い出す。
(天使とは俺か? 違う……それは詭弁だ……俺はいつ生まれた? 最初の記憶は……ミーナが……17歳!!)
凄惨な事件から一年。
もし心が耐えきれないとしてイースレイが生まれたなら空白の一年が不明になる。
(ああ……そういう事か……俺は……耐えきれない記憶を封じ込めるために生まれたんじゃない。
忌まわしい記憶を……「憎悪を薄れさせないために生まれた」)
『そう……あなたはバックアップ』
(ミーナは壊れそうだったから俺を望んだんじゃない……壊れていたから俺を「作った」)
『そう、あなたは保管庫』
イースレイ・ハミット……ハーミット。
(隠者にして知識で他者の足元を照らす賢者、偏屈にして自分の足元をみない愚か者……はは……そうか……俺の役割は……)
『そう、すべてはこの時の為』
「んん? 死んだか?」
だらりとミーナの身体が弛緩する。
顔を見ることができないゴードンは気絶したか絶命したかと勘違いしている。
だが、正面に居た二人はその異常な表情を見て戦慄した。
あの脅えていた少女の顔はすでにない。
ぐにゃりと歪な笑顔を浮かべる女がそこにいた。
ミーナはポケットに手を入れる。
取り出されたのはバタフライナイフ。
いったいいつ手に入れたのか。
なれた手つきでカシャリと回転させて刃を露出させるとそのまま首を捕まえているゴードンの左手の付け根に向けて突き刺した。
「ぐぅあああ!! てめぇ!」
突然の痛みにゴードンはミーナを取り落とす。
「あは、あははははは!! 痛い? ねぇ痛い?」
ミーナは離れる直前に手首を返し、刺した傷をえぐるようにしてから距離を取る。
「な……」
ゴードンはその醜く歪んだ笑顔に驚き、わずかに後ずさる。
「左手はどう? 指は動く? 動かない? あはは、どう? 痛みの味は」
彼女が刺し貫いたのは肘に近い腕。
上手く骨を避けるように一番太いところを狙った。
「このくそガキ!」
「地が出てるよ?」
苦し紛れに手を出せばそこを狙われる。
「がぁ!」
「あーあ、バックリいったねぇ。
右手は確実に正中神経斬れたかな? 指は動く?」
斬るという行為に対して確実になれたようすだ。
これが18の少女に出来る所業なのだろうか。
「ミーナ……」
「トニーさん、ジョンさん不思議? なんも不思議じゃないよ。
私は家族を殺されてから一年かけて解剖学を学んだ、本だけどね。
医者を目指したいって言ったら買ってくれた。
その後は祖父母に黙って動物の神経を斬ったらどうなるかを観察した。
本当は人で実験したかったけど、それをやったら此奴と同じだからやらなかった。
それに、此奴を殺せると思ったら苦にならなかった。
むしろ楽しかった!」
ミーナは二人の話しかけているがその目はどこも見てはいない。
「でもね、少しずつだけど時間がたてばたつほどその恨みは薄れて行ってた。
おじいちゃん、おばあちゃんとの暮らしが心地よかった。
それでもいいかなって思った。
此奴は刑務所から出てくることはないからそんな生活で小さい幸せを享受するのもよかった。
だけど出来るなら同じ苦しみを与えて殺してやりたいと願った。
だから恨みは消してはいけない、そう思ってイースレイという人格を作り上げてそこに此奴の記憶を劣化しないように閉じ込めた」
二人はごくりと乾いた喉を唾液で湿らせる。
鬼気迫るとはこのことを言うのだろう。
記憶を薄れさせないために記憶を色濃く受け継いだ自分の別人を作り上げる。
それがどれだけの思いでなされたのだろうか。
恍惚とした表情で語る彼女はもはや二人が知っているミーナではない。
「そしたらチャンスが巡ってきた!
ゾンビになっちゃったおじいちゃんを殺したのは悲しかったけど、それよりもこの事件でこいつが大人しく食われるなんて思えなかったから探してみようと思ったの。
貴方たちに出会ってついてきてみたらビンゴ! 私は歓喜した」
足元に落ちている拳銃を拾い上げるミーナ。
「銃の練習は残念ながらほどんどしていない、でもこの距離なら外れない」
――ガゥン!!
「がっ!」
「両手と左足、次はどこに花を咲かせてほしい?」
「こ……のキチガイが……」
「残念、命乞いしないだけ立派だけど、そのキチガイを生み出したのはあなたよ?」
――ガゥン!!
「ぐあ!」
「右足も綺麗に咲いた。
あは、逃げる? 逃げてみる? いいよ、鬼ごっこしよう?」
トニーとジョンはもはや動くことができない。
矛先が向かってこないのは分かっているが、どうしていいかわからないのだ。
「さあ、逃げて見せてよ」
ミーナはおもむろに作品の残骸だったゾンビの頭を手に取る。
「こんなんでも動くんだー。
ほら、噛みつかれたら大変だ! 逃げないと! ほら逃げないと! 逃げて、超逃げて!! あははははは!!」
ゾンビの頭を前に突き出して動くこともままならないゴードンに近づいていくミーナ。
「ほーらガブリ! ででーん、ゴードンあうとー」
「ぐ……が……」
「あははははは……はは……はぁ、あっけない……」
ガゥンともう一発の銃声が響く。
ゾンビになって起き上がられても困るので眉間に向けて放った音だ。
完全に動かなくなったゴードンを見つめ、悲しげな眼をする。
それは、まるで祭りが終わり灯が消えた後のような空虚な感じを受ける。
「ミーナ」
「ミーナちゃん」
「二人には謝っておくね、ごめんなさい」
「どういうことだ?」
ミーナは緩慢とした動作で持っていたナイフを首元にあてがう。
「ミーナちゃん! やめるんだ!!」
「近寄らないで!」
反対の手で銃を突き付けて二人をけん制する。
少女の筋力では片手で撃てる代物ではないが、肩が外れる程度。
それならば威嚇には充分だ。
「ミーナ、どうして……」
「この世界で今私は一番幸せなの。
家族は全員死んだ、親戚は分からない。
これから先どう転んだってこれ以上の幸せはないと思う」
「そんなこと……」
「ないと言い切れる? ビリーをどうにかして終わると思う? 私は終わらない、仮にゾンビを全滅させられたとしても今度は生きるために必要なものがたくさん出てくる。
今まで当たり前としてきたものは何もない。
生き残った人たちが数少ない物資をめぐって争うのは18年しか生きていない私だって容易に想像できる」
「……」
トニーもジョンもその可能性はわずかに考えていた。
そんな人間だけではないとも思うが、少なくとも争いは起きる。
今はゾンビという人類共通の敵がいるためにそこまで多くは無いが、これから先確実にそうならないという保証はない。
「だから私は「今」なの。
この家族の仇を討つために自分の心を分けてまで費やしたの。
それが果たされた今、なみなみと満たされた幸せの中で死ねるの。
最高じゃない」
スっとナイフが首元を横切る。
ぱっくりと割れた首筋からはドクドクと血があふれ出た。
「それで……いいんだな?」
トニーは問いかける。
「これでいいの」
ミーナは虚ろな目で答える。
トサリと脚の力が抜けたのか横になる。
「悲しくないのかい?」
ジョンも問いかける。
「うれしいわ、だって家族に仇を討ったと報告できるんだから……みんな……今行くよ……」
朦朧とした意識の中でジョンへの返答を送った後、何もない虚空に手を伸ばして語りかけるミーナ。
彼女には何が見えているのだろうか。
ふと何かを捕まえるような仕草をして、彼女は力尽きた。
きっと両親か誰かが迎えに来ていたのだと勝手に想像する。
トニーとジョンはミーナの遺体を仰向けに寝かせて手を組ませる。
実に満足そうな顔をしている。
軽く十字を切って簡単な黙とうをささげ、ミーナが持っていたナイフと貸していた銃を回収した後二人は無言で地下への道を進んでいった。
VRの方も難産になっています。
こちらも早く完結させたいですね。
お読みいただいた皆様に最大の感謝を。