空から舞い降りて
十二月二十五日。それは地上に住まう人々が聖なる夜を謳歌する日である。家族連れ、カップル、学生のグループに仕事仲間などといった風に、ほとんどの人が誰かと一緒に密な時間を過ごしている。そんな中、白銀の雪が舞う街を鼻歌交じりに歩く私には、聖夜を共にする相手がいなかった。
生まれつき彼氏がいた試しは無いし、仲の良い友達は一様に彼氏とイチャつく予定。両親は仕事で遅くなるし、弟は部活の仲間とウェーイする模様。おまけにペットのミィは近所の雄猫とアンナコトを仕出かす始末。……気にした方が負けだよね!
憂さ晴らしのために出掛けたのは、カップルひしめく大型の公園であった。中央には盛大にイルミネーションが施された、全長十メートルを超えるクリスマスツリーがある。そのライトアップがとても綺麗だという評判を聞きつけた人々(主にリア充)が、数多く集ってくるのは恒例となっている。
私も周りの皆に倣ってツリーを鑑賞する。込み上がる孤独感、敗北感。泣きそうになってくる。なぜ私は素直に感動に浸ることが出来ないのか。
ツリーに彩られたのは、暖色の光が灯る豆電球、赤い服を着た人形、煌びやかな星々、三頭身の髭モジャ……え? 何だこれ?
髭も纏った布切れも白いソレは、ツリーの枝に引っかかっていた。飾りにしては不釣り合いな大きさで、それ以外なら何だと言われても説明に困る姿だった。おまけに、ソレの頭上には輪っかのようなものが浮かんで見える。
と、今まで下を向いていた禿頭が瞬間的に上がった。あ、目が合った。
「お前、ワシが見えるのか?」
音域の高いしゃがれ声が私に尋ねた。内心では驚天動地が起こっているが、質問に答えないのは失礼だという教えが私の口を動かした。
「見えるけど……あなたは誰?」
「ワシは神様である。存分に敬うが良い」
嘘だと思った。こんなチンチクリンな神様がいてたまるものか。
「疑っておるようだが、あいにくワシは本物だ。その証拠にワシの姿はお前以外には見えておらんだろう」
言われてみるとその通りだった。周りの視線は奇異な物を見るようだったが、全てが髭モジャでなく私に向けられていた。なんたるアウェー感。
「ワシは、空からこの人間社会におけるクリスマスというものを眺めておったのだ」
と、髭モジャもとい神様が語り始めた。興味があったので、私は大人しく聞いてみることにした。
「クリスマスを楽しむ人々の姿が面白くてな。特に日本の夜景は美しいのだよ。夢中で眺めている内に、気がつけば空から落っこちてこの有り様というわけだ」
やはりチンチクリンだった。けれども悔しいかな、そこが可愛いと思ってしまう私が心中にいた。
「そんなにクリスマスに興味があるんだったら、ここで見て回ればいいじゃん。ちょうどいいでしょ?」
「ダメだ。外にはカップルどもが愛を育んでおるだろう。その中で一人だけ街を彷徨い歩くなど悪夢のようではないか」
提案を却下するばかりか、私の行動をさりげなく馬鹿にしていた。神様の意見も納得出来るが、それではせっかくのクリスマスがもったないと思う。
「じゃあ、私と一緒に見ようよ。ボッチとボッチが一緒になればリア充なんてメじゃないし」
言い終えた途端、神様の目が大きく開かれた。かと思えば、満面の笑みを浮かべる。
「そうか、その発想は無かったぞ! 面白い。ならば、お前に付いて行こうではないか。そういえば、名前は何というのだ?」
「私は白乃由衣。よろしくね、カミサマ」
「ああ。今夜はよろしく頼むよ、ユイ──」
グゥ〜。私に代わって腹の虫が答えた。恥ずかしさと可笑しさが混ざり合い、思わず吹いて笑った。
腹が減っては戦は出来ないので、ポケットから○まい棒(サラミ味)を取り出して食べる。もちろん、神様にも○まい棒(なっとう味)をプレゼントした。
「待て、なぜワシがなっとう味なのだ。もっとまともな味は無かったのか。しかも全然クリスマスらしくないぞ……」
人がせっかくあげた物にケチを付けるとは何事か。神様なら何を言ってもいいわけじゃないからね?
しかしその言い分も確かに頷ける。正直に言えば、こんな物で空腹が満たせるはずがない。年頃のJKナメんなよ。
「しょうがないなぁ。コンビニでケーキでも買うか。街巡りはその後にしようか」
「そうだな。それと、ワシを樹から降ろしてもらえると非常に助かる」
すっかり失念していた。○まい棒を渡している場合ではなかった。
幸い、手の届く範囲にいたおかげですぐに降ろせた。神様はこんなにも軽いのか、と作業中に驚いたものだ。この小さい体で私達を見守ってくれているのだと思うと、少し感慨深いものを感じる。
夜は一層更けていたようで、ツリーの輝きが増していた。空から降る雪と相まって、闇夜に明るいコントラストを生み出している。その中を、私と神様は並んで歩いて行った。
俺たちの冒険はまだまだ続くぜ! 的な終わり方ですみません。