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妨害

 ドラセナは住居へ戻るとすぐさま準備にとりかかった。〈アイテールの器〉づくりのためにだ。

 のんびりは構えていられない。あの〈アイテール〉たちはこの星の大気の中では七日ともたず消滅してしまうだろう。

 あの日からもう二日も経っている。不安にひるんでいる暇などない。ドラセナは無心ですべきことに手を動かした。



「……ドラセナ?」

 戸口に人影が立つ。

「それ、〈アイテールの器〉創りにつかう衣装よ?」

 その瞬間、ドラセナは硬直した。


 戸口から大きな琥珀色の瞳で中を窺っているのはロストラードの姉フィラメンテーザだ。

「……ドラセナ?」

 フィラメンテーザに視線を釘付けにしたまま身体の動かし方を忘れてしまったかのように固まっているドラセナを、フィラメンテーザもまた怪訝な面持ちで凝視していた。

 ドラセナは手にあった衣装をそろそろとしまいはじめた。

「あ、本当だ。間違えたわ」

 フィラメンテーザが室内に踏み入ってくる。広くないドラセナの住居を横断してすっとドラセナの横に立った。いそがしく衣装をしまっているドラセナの手にフィラメンテーザの手が重なる。

「〈アイテールの器〉、創る気なのね」

 フィラメンテーザは手の甲でそっと衣装の生地を撫でた。

「だれの〈アイテール〉のため?」

 ドラセナは答えられなかった。フィラメンテーザの琥珀色の瞳に自分の困惑した姿が映っている。


 フィラメンテーザがやさしくいった。

「ドラセナ、わたしも手伝うわ」

 ドラセナの唇は相変わらずきゅっと結ばれたままだ。

 たしかに手は必要だ。ドラセナがどんなに全力を尽くしても一人の手で救えるアイテールはたかがしれている。だが、かといってフィラメンテーザを巻き込むのか?


「テズ」

 ロストラードと同じく、幼い頃から姉妹のように育ったフィラメンテーザ。母親を知らないドラセナが姉のように慕ってきた唯一の女性。

「テズ。おねがい」

(それ以上、訊かないで)

 ドラセナは懇願するような視線を投げかけた。


「なにか事情を抱えた計画なのでしょう?だけどわたしを信じて。ロストラードだって協力してくれるわ、ドラセナ」

「テズ……」

 ドラセナは途方に暮れてフィラメンテーザから視線をそらした。


 あれだけ決心したというのに、いまドラセナの胸には再び強い恐怖が渦巻き始めていた。

 自分が危険にさらされることは怖くない。だが、そこに自分が大切にしているものたちが巻き込まれるのは耐えられない。


 ……もうなにも失いたくない。

(わたしの判断がもし間違っていたら?ロストラードやフィリウスの言うように、あれがほんとうに侵略者だったなら?それでなくとも、このたくらみがフィリウスに知られたらただでは済まされないはずだ)


 一体、自分のしようとしていることは正しい選択なのか、ドラセナは迷いはじめた。

(いや、フィリウスが何を嗅ぎつけてもテズがたくらみの何も知らないかぎり、追及されることはないはずだ。わたしは話すべきではない。衣装を見られたくらい、なんでもないではないか。まだ引き返せる。テズを巻き込みはしない)


 ドラセナは猛烈に頭を回転させて瞬時に思考した。 

(そうだ。嘘でも何でもいいからこの場をやり過ごして、先のことは後で考えればいい)

 だが、ドラセナの胸には何か小石のようなものが引っかかる。

(フィラメンテーザに嘘をつくの?)

 これまでいつだってドラセナを支え、暖かく見守り、気にかてきてくれた。ドラセナを欺いたことなど一度だってない。そんなフィラメンテーザに虚実(うそ)を?

(テズには本当のことを話すべきだ。嘘はつけない。……でも、どうしたら?)


 ドラセナが顔をあげると、フィラメンテーザはすでに戸口のところへいた。

「わたしも支度をととのえるから」

 フィラメンテーザはやわらかな微笑みをドラセナの瞳の奥へ残して姿を消した。

(ダメだ、断り切れない……)

 ドラセナは額に噴き出した汗をぬぐった。   

(ダメ、だめ。話すのはもっとだめよ。フィラメンテーザは安全な場所に留まるべきよ)

 ドラセナは胸を上下させて小刻みに呼吸をはじめた。


 心の微弱な波動が無意識に翡翠の竜を呼び寄せていた。ドラセナは翡翠の竜が近くまで来ているのを感じ取るといそいでしまいかけの衣装を再び取り出して腕に抱え、家を飛び出した。

 こんなときに翡翠の竜がドラセナを連れていくのは無論、ドラセナの島である。

 

 島へ着くとドラセナは、ほっと安堵するとともに、強い良心の呵責にさいなまれ始めた。

(あぁ、テズ、大好きなテズ。いまごろ空っぽな私の家をみて裏切られたと感じているにちがいないわ。ごめんなさい、ごめんなさい。……だけどあなたを守るためだから)

 ドラセナは咎める良心の声にふたをして、意識を夢の世界へと飛ばした。

(明日の朝は夜明け前に出発だ……休まなくては)



 



 

 東の空を朝の兆しがぼんやり照らし出す。まだ夜のねむりをひきずる西へ向かって、ドラセナはすでに飛び立っていた。

 空気は湿り気を帯び、肌がじっとりと濡れる。太陽の光から逃げるように西へと向かったが、闇に覆われている遠方の様子ははっきりとしなかった。


 ウヌゼランへの道のりの半分もきただろうか。ドラセナは前方の暗闇に細長いなにかが泳いでいるのをみつけた。

「なんだ、あれは」 

 いうなり、それがバリュウゼツランの黒竜であることに気づく。

 バリュウゼツランは族長フィリウスの息子である。そして黒竜はそのバリュウゼツランに仕える竜。


(厄介なものに先回りされたな)

 すぐにドラセナ一群は雲の上へと上がった。


 分厚い雲の中心に密集するようにして飛んでなんとかバリュウゼツランから逃れようと試みたが、一群のまだ歳若い一頭の竜が薄くなった雲の上から影を下へ落としてしまった。

 瞬間、バリュウゼツランの波動が動いたのを翡翠の竜が感知した。

「進路を変えるぞ」

 翡翠の竜が低く唸った。


 密集していた一群は自然に広がり、進んでいた方角をわずかに南へ違えた。やがてバリュウゼツランがやって来る。

 だが、バリュウゼツランの乗った竜はすぐにはドラセナの前へ姿を見せなかった。分厚い雲を挟んで翡翠の竜の真下を並走しているのだ。言葉をつかわない竜どうしの会話をするために。


 ドラセナは翡翠の竜の沈黙の内に会話を嗅ぎ取ろうとした。

 互いに探り合っているのだろう。二頭の間には不気味な静寂しか感じられなかった。ドラセナは気配をひそめ、翡翠の竜の息遣いに感覚をそばだてる。

 沈黙は長くつづく。

 しびれがきれて、ドラセナが翡翠の竜に言葉をかけようとしたそのとき、黒龍が「竜の御子。それはたいそうなことだ」そう、あざ笑うように言葉を発した。

 無論、翡翠の竜の乗り手であるドラセナに対する言葉だが、それは翡翠の竜自身に対する揶揄でもある。


 ドラセナは黒龍と翡翠の竜の間にある亀裂にぴりぴりと心を痛めながら身を縮めた。

「おい、おまえらの話はいいから、早く雲の上へのぼれよ」

 バリュウゼツランが苛立った様子で黒竜に命じる。

 突如ドラセナの前に厳めしいごつごつとした黒褐色の顔がぬんと現れる。 

 全身の鱗も黒褐色ならばその瞳も漆黒。翡翠の竜の涼しげな金に耀く瞳元とは違って、黒龍の瞳の漆黒は睨むものの意思まですべて吸いつくしてしまいそうな凄みがあった。

 ドラセナは漫然と黒龍の鼻のあたりに視線を漂わせ、できるだけ瞳を見ないようにしながら様子を伺った。

 対峙するバリュウゼツランは、先ほどから黒竜を操りドラセナの上へ立とうと試みているようだが、無念にもその意図が果たされることはなかった。


 竜王の直系である翡翠の竜は、そうでない黒龍よりも序列が上であり、竜同士が対峙するときには劣位のものが自らその頭位を下げるのが慣わしとなっている。

 そうはいえ、齢を重ねた黒竜がまだうら若い翡翠の竜に頭位を下げるのは癪にさわるとみえ、下げ幅もわずかに鼻頭ひとつ、尻尾は巻き上げるように天へ跳ね上げ、辺りの気を荒々しく逆巻いてみせていた。

 バリュウゼツランは試みを諦めると、胸を反らんばかりに張ってドラセナを見据えるように見上げた。

「父上の命で西の空を視て廻るよう仰せつかった」

 ドラセナは感情なく畏まった声で応じる。

「それはご苦労さまです」

「して、お前はどちらへゆくところか?」

「西の竜脈へ」

「浄化任務か。曙をねらうとは熱心なことだ」

 日の出の刻は新しい太陽のエネルギーを得て浄化力が高まる。

「畏れ入ります」

 ドラセナはなおも身をできるだけ小さくし、うつむき加減に応じた。

 ふむ、とバリュウゼツランはドラセナの態度に満足したように鼻をならす。

「して、そのほかに用は?」

「?、と申しますと?」

 無論、ドラセナはわざととぼけた対応で誤魔化す。

「つまりだ。何かほかに西の空に異常はないのかと訊いている」

「はい。竜脈の浄化は滞りなく、バリュウゼツランさまのお気を煩わせることなど何一つございません」

 即座の返答にバリュウゼツランは腕組みをして小首を傾げ顎をなでていた。


 フィリウスに「とにかく見て来い」と言われたものの何を疑えばよいのかも教えてもらわないようでは、どうにも仕様がない。そもそも父親フィリウスが自分に隠し事をしながら命令を言いつけてくることがバリュウゼツランの気に食わなかった。


 その苛立ちが手に取るように見えたドラセナは見かねて口を開いた。

「バリュウゼツランさまは、この後どうなさるので?」

「うむ。しばらくは巡回をつづけよう。だが、じきに宮殿へひきあげるとするか。何か異常を見つけたらすぐに連絡の竜をよこせよ。よいな?」

「御意」

 明快なドラセナの返答にバリュウゼツランは気をよくして黒龍の首を反対方向へ向け、飛び去ってゆく。


 バリュウゼツランの姿が豆粒のようになったのを見届けると、ドラセナはほっと胸をなでおろし、もとの進行方向へ向き直った。が、同時に不安の入り混じった緊張をも覚えずにはいられない。じきにドラセナの動向もフィリウスの耳に入るに違いないからである。

 


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