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竜の死

 天空に浮かぶ島から下へ落ちれば、まず助からないといわれている。


 その島から三度(みたび)落ちて三度(みたび)生還した子どもがいた。いま、翡翠に煌めく竜にまたがり蒼天(そうてん)に舞う娘、ドラセナのことである。



 さながら風が渡ってゆくように数十にもつらなる色とりどりの竜の群れが、帯のように天空をよこぎってゆく。西の地上にある竜脈、ウヌゼランをめざしているのだ。


 この星の血管ともいえる竜脈。この竜脈をつたって気が地のなかをめぐり、やがて地上にひらいた竜穴から噴きだし、さらには天へと立ち昇る。こうしてヴェールのようにこの星をくるむ大気へ溶け込んでゆくのだ。


 この清浄な気を糧に天空の一族は命をつないでいた。竜脈をながれる気がよどめば、たちどころに一族の弱い命が果ててゆく。竜脈の浄化は天空一族の竜遣いに担わされたもっとも重要な仕事なのだった。



 ドラセナは眼下に黒々と広がるウヌゼラン山脈を見下ろしていた。

 雲の上に頭をのぞかせるウヌゼラン山の尖った(いただき)から山脈一帯にまがりくねった尾根のつらなりが伸びている。まるで天空にそびえる大樹の根っこが大地に盛り上がっっているかのようだった。

 ドラセナは瞳を凝らした。その尾根を透かして地中に煙るように視え隠れしている赤い筋を追っていたのだ。たゆたいながらときおり渦をまいてはにごり、ゆったりとした流れで山のふもとへとむかっている。渦のみえる箇所が浄化を要する気のよどみだった。


 よどみの数はそれほど多くない。これならその日のうちにあと二、三は小さな竜脈を廻れるだろう。

 そうおもったとき、ドラセナの肢体がふわりと宙空へ浮いた。翡翠の竜が浄化作業を開始しようとウヌゼラン山頂へむかってひゅっと垂直下降したのだ。ドラセナは慌てて竜の背にしがみつき振り落とされまいと腹ばいになった。


 翡翠の竜がウヌゼラン山のてっぺんに蒼白い(ほのお)を吹きつける。と、ふわっと生暖かい気がたちのぼり、先ほどまでゆったりと流れていた竜脈がにわかに勢いをつけて脈打つように尾根を駆けくだりはじめた。するとこんどは、これまで視えていなかった小さなよどみまでもが赤黒いとぐろをまいて盛りあがって視えるようになった。

 率いてきた竜たちは順にそれらのよどみへ蒼白い浄化の焔を吹きつけてゆく。


 ドラセナは大気の味が変わってゆくのを鼻腔に味わいながら、竜脈全体を見わたした。東に赤黒い渦がこぶのように盛り上がっているのが視える。二、三頭の竜が焔を吹きかけているが、ぐつぐつと煮えたぎっているような澱みには、浄化の気配が視えなかった。


 ドラセナの視線を感じ取った翡翠の竜が無言のまま巨体をゆっくりと東へかたむける。

 すべるように黒々とした渦へ近づいてゆくと、辺りに立ち込めていた鼻をつくような刺激臭がドラセナを襲った。思わず手で鼻と口を覆うようにし、あれは翡翠の竜でなければ無理だと心の内でつぶやいた。



 ウヌゼラン竜脈の浄化はもっぱらドラセナの一群に任されている。それは、ほうっておけば気の逆流や越流(えつりゅう)をも起こしかねないこの大竜脈が、ときに並みの竜では浄化しきれない濃いよどみをつくり出すからだった。



 渦を巻いている澱みの中心へ翡翠の竜が鋭く燃えあがる焔の球を吹きつける。焔は、ぼっ、と蒼緑色の光を放ち、一瞬ぶわりと高く立ち上ったあと、すぐにしゅるしゅると縮まった。泡立っていた気の渦はたちまちのうちになぐさめられ、三度目に焔の球が吹きつけられたときには、すでに鮮明な赤をとりもどした流れが何ごともなかったようにたゆたうばかりとなった。


 翡翠の竜が龍脈の上空を旋回する。その背が斜めに傾くたび、視界に入ってくる蒼い虚空と黒々としたウヌゼラン山脈の稜線にドラセナは瞳をうばわれた。

 この星の大地をやさしく包む蒼い大気こそ、竜の泳ぐ虚空。ドラセナの住処だった。



 空をわたるおだやかな風がドラセナの頬をやさしくなでる。

 ウヌゼラン一帯をゆったりと巡回する翡翠の竜は、鱗に覆われた肌に地の波動を感じ取っている最中だった。この竜の鋭い感覚が竜脈一帯に微塵の澱みもとらえなくなれば、浄化作業はおわりをむかえる。

 威厳に満ちた翡翠の竜の巨体が一枚のきらびやかな帯のように山々の尾根の上をうねった。それから天空へふっと舞い上がり、鼻から熱い息がひとつ吐き出される。ドラセナは今日も無事に浄化作業が終わったと安堵の息をついた。そのときだった。


 音もなく、一筋の光がドラセナの視界を真っぷたつに引き裂いた。そして竜脈全体をゆるがすような爆音が割れんばかりに鳴り響いた。


 呆気にとられていたドラセナの前方で次の閃光が一頭の小竜の頭を打ってはじけた。小竜は腹を翻して地へ落ちてゆく。翡翠の竜が瞬時に急降下した。

 ドラセナは、はっとして竜の背にぎゅっと捕まりながら身をよじって空を見上げる。雲ひとつなかった蒼空に色とりどりの無数の光の(つぶて)が散らばっている。なんだ、と思う間もなく、光の雨が竜脈一帯に降りそそぎはじめた。

 翡翠の竜が小竜を(あご)に咥え上げ、地表に腹をこすりそうになりながら巧みに巨体を翻して勢いよく上昇しはじめた。


 あちらこちらで砕け散る岩々の衝撃音にまじり、混乱する竜の咆え声が大気をふるわせた。

 「離れろ、離れるぞ!」というドラセナの叫び声と同時に、翡翠の竜が突風のごとくウヌゼランを去る。惨劇はあっという間にドラセナの背後へと遠ざかり、あとには風を切る轟音ばかりがドラセナの耳元に残った。

 その瞳の奥には光に打たれて地上へ打ちつけられる竜たちの姿が焼きついていたまま。







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