23 ミヤっちの過去・後編
ミヤっちの過去の記憶はどんどんと時間が進んでいき、江戸時代になった。
「ふへぇ~、伏見稲荷神社の有名な千本鳥居ってこの頃にできたんだねぇ~」
朱色の鳥居が延々と連なる道を歩きながら、わたしは感嘆の声を上げていた。
「江戸時代から、願いが通ったお礼として赤い鳥居を奉納する習慣ができたのです」
鳥居を通る。願いが通る。いかにも日本人が好きそうなダジャレだ……。
わたしと(現在の)ミヤっちが鳥居のトンネルを抜けて社殿にたどりつくと、たくさんの参拝客がいてものすごくにぎわっていた。わいわいと人間たちの世間話が聞こえてくる。
「ありがたや、ありがたや~。稲荷大神様のおかげでうちの店も商売繁盛できております~!」
「なあ、長次郎さん。知ってるかい?」
「何がだよ。オレはいま一生懸命拝んでいる最中なんから、邪魔するなって」
「まあ聞けよ、ここの神社の神様の話なんだからさ。偉い学者さんの本をこの間読んだんだよ。ここでお祭りされている神様の中に、オオミヤノメ様という女神様がいらっしゃるだろ?」
「いらっしゃるも何も、その女神様が商売繁盛の神様だろうが。商売している人間が知らないわけがないだろう」
「その女神様って、実はあの天岩戸伝説でアマテラス様を天岩戸から引っ張り出した神様の一人のアメノウズメ様と同一の神様らしいぜ?」
「え!? そんな有名な神様と同一人物だったのかよ? そいつは驚きだぜ!」
……どうやら、この時期には「アメノウズメ=オオミヤノメ説」が浮上し始めていたらしい。
ということは、この時代のミヤっちの外見はもう……。あっ、いた。
「ウフフ……ウフフ……。ついに、やりました。ついに……憧れのうずめお姉様と同一神だとウワサされるほど立派な女神になりました。今のわたしなら、サルタヒコ様も『君を二人目の妻にしよう!』と言ってくださるかも……」
この時代のミヤっちは、社殿の柱に隠れて、不気味に「ウフフ……ウフフ……」と笑っていた。顔は、目元の泣きぼくろ以外は完全にアメノウズメと瓜二つになっている。
「そうだ! うずめお姉様のところに行って、うずめお姉様と瓜二つになった今のわたしを見せてあげなきゃ! きっと喜んでくださるわ!」
いや、喜ぶ……か?
いきなり自分そっくりな人間が現れたら、「ギャー! ドッペルゲンガー!!」みたいな感じで驚くでしょ、普通。
「昔のミヤっち、アメノウズメが好きすぎて依存度がすごい……」
「はい……。だからこそ、憧れのお姉様の好きなモノを自分も好きになりたい、手に入れたいと思ってしまったのです。
わたしは気弱でドジなダメダメ女神。春の花々のように明るく美しいうずめお姉様のことがうらやましくて……。自分もお姉様に少しでも近づきたいという一心でした。
その願いの強さゆえに、人間たちの『アメノウズメ=オオミヤノメ説』という信仰の影響をもろに受けてしまい、うずめさんそっくりの今のわたしになってしまったのです……」
でも、今のところ本人は喜んでいるっぽいのですが……。
うん? 二人の綺麗な女の人が、ミヤっちに話しかけてきたけれど、誰? 神様?
「お待ちなさい、ミヤっち。ウカが大変な時にどこへ出かけるつもりですか」
「ウカさんが泣きやまないのです。ミヤっちさん、あやしてあげてくださいな」
「あっ。カムオオイチヒメ(神大市比売)様とクシナダヒメ(櫛名田比売)様……」
(昔の)ミヤっちは、ほんの一瞬「うげっ」と嫌そうな顔になり、すぐに愛想笑いを浮かべて二人の美女にあいさつをした。そして、二人の美女のうち清楚系美女から赤ん坊を受け取り、慣れた手つきであやし始める。
「助かったわぁ~。ぜんぜん泣きやまなくてぇ~」
「フン。クシナダヒメは見た目は清楚だけど、性格が雑だからよ。わたしが産んだ子を雑に抱かないでくださる?」
「あらあら。雑な性格をしているのはカムカムのほうでしょ~? この間、ウカさんを落としそうになっていたのはどこのどなたでしたっけ?」
「カムカム言うな! わたしの名前はカムオオイチヒメだって二千年近く言い続けてるしょーが!」
クシナダヒメって……もしかしてスサノオ様の奥さん?
たぶん、間違いない。ヤマタノオロチっていう化け物に食べられそうになっていたところをスサノオ様に助けてもらって、スサノオ様と結婚した女神様の名前がクシナダヒメだったもん。あまりにも有名な神話だから、鈴ちゃんほど神話にくわしくないわたしでも知っている。
じゃあ、清楚系美女のクシナダヒメさんの隣にいる、ちょっとツリ目のクールビューティー美女(カムカムとか呼ばれてたほう)もスサノオ様の奥さんなのかも。そして、いまミヤっちが抱いている赤ちゃんは……。
「も……もしかして、ウカちゃん? 幼児退行どころか、赤ん坊になってるじゃん!!」
わたしが驚くと、(現在の)ミヤっちが「応仁の乱の後ぐらいから、ウカ様は心を病んでしまわれまして……」と気の毒そうに言った。
「幼児の姿になったり、少し精神が落ち着くと10代前半ぐらいの少女になったり、かと思うとご覧の通りの赤ん坊になったり……550年近く成長と退行を繰り返しています。おもに母親二人のケンカ仲裁のストレスが原因で……」
「で、でも、あの二人、今は気安い雰囲気で軽口を言い合ってるじゃない。仲のいいケンカ友達なだけじゃ……」
「ああやって友達付き合いをしながらも、お互いに暗殺の機会をうかがっているからたちが悪いのです」
「えぇぇ……」
もう母二人のケンカを仲裁するのは嫌だぁ~! ってなって、幼児退行しちゃったのね……。そして、成長と幼児退行を繰り返しているこの時期にサルタヒコのことを「サぁータヒコ」とウカちゃんが呼ぶようになり、勘違いした人間たちが「サルタヒコ=サタヒコ」だと思っちゃったのか。
「ばぶー! ばぶー! サぁータヒコはまだもどらないでちゅか~!? わたくちがこんなありさまじゃ、かみちゃまのおちごとができないでちゅ~! ミヤっちがサぁータヒコとけっこんちて、わたくちをささえてほちいでちゅ~! びえぇぇぇぇん!!」
赤ん坊でもいちおうしゃべれるんかい!!
ウカちゃんは、自分が赤ちゃんになったり幼女になったりしていて、神様のお仕事がこなせるか不安のようだ。だから、サルタヒコに早く戻って来てもらって、ミヤっちと一緒に自分を支えて欲しいのだろうなぁ……。
「さ、サルタヒコ様とわたしが結婚だなんて……ポッ。でも、うずめお姉様と瓜二つになった今のわたしなら、サルタヒコ様もわたしに興味を示してくださるかも知れませんよね。うひひ、うひひ……」
赤面しながらウカちゃんをあやす(昔の)ミヤっち。ウカちゃんはしばらくの間泣いていたが、やがて大人しくなり、すやすやと眠り始めた。
「あの……。ウカ様はお眠りになったので、少し出かけて来てもよろしいでしょうか?」
「もしかして、アメノウズメのところへ行くつもり? やめておきなさい。アメノウズメと会っても、嫌われるだけよ」
「カムカムの言う通りですわねぇ~。自分の夫に気に入られたくて自分と同じ顔に変身しちゃった女なんて、さすがのアメノウズメさんでも殺意を抱くかも……ですねぇ~」
「あら、珍しく意見が合うじゃない。気持ち悪い……」
「そりゃぁ~、そう思いますよぉ~。あなたが第二夫人として同居するようになった時は怒りのあまり世界を滅ぼせそうでしたもん。今でも、一日に100回は殺意を抱いていますし」
「誰が第二夫人よ!? 後から来ただけで二番手呼ばわりしないでくださる!?」
「え? 後から来たら二番手に決まっているじゃないですかぁ~」
「ぐぬぬぬ……。いつか殺す」
スサノオ様の奥さんたちが険悪な雰囲気になっている中、(昔の)ミヤっちは顔を青ざめさせていた。
「うずめお姉様に嫌われ、殺意を抱かれる……? クシナダヒメ様とカムオオイチヒメ様みたいな関係に……?」
「当たり前のことでしょ。自分の夫の愛を奪うかも知れない女が自分と瓜二つの顔しているなんて、腹立たしいに決まっているじゃない。もしかしたら、あなたのウワサを聞いて、今ごろアメノウズメは怒り心頭に走っているかも知れないわ。危険だから、もう会いに行かないほうがいいんじゃない?」
「ですねぇ~。あと、ミヤっちさんがアメノウズメさんと瓜二つの顔をしているからといって、サルタヒコさんがミヤっちさんに興味を示すとは限りませんよ?」
クシナダヒメさんがまったりとした口調でそう言うと、(昔の)ミヤっちは再び衝撃を受けて「え……? な、なぜですか?」とたずねた。
「なぜって……。ミヤっちさん、それぐらいはご自分で考えるべきだと思いますよ?」
「…………」
クシナダヒメさんに突き放され、呆然とする(昔の)ミヤっち。そんな彼女の胸の中でウカちゃんがグゴーグゴーといびきをかいていた。
そんな過去の自分を見ていた(現在の)ミヤっちは、
「この後、わたしはうずめお姉様に嫌われてしまっているかも知れないと思い、気まずさのあまりお姉様を訪問しなくなりました。そして、どんどんと疎遠になり……」
と悲しげに言った。
ああ……。どんなに仲のいい友達でも、気まずいことがあって何年も会わないとよそよそしくなっちゃうよね。それで、アメノウズメの生まれ変わりであるわたしに対しては「お姉様」と呼ばないのか。
「心の弱いわたしは、大好きなうずめお姉様に嫌われてしまったのではと泣いて暮らす毎日に耐え切れず、お姉様を『好きだ』と思う気持ちを無理やり封印したのです。かわりに、サルタヒコ様への横恋慕の気持ちだけを心の支えにして、うずめさんはわたしの恋の障害となる存在なのだと自分に言い聞かせました。……うずめさんを悪者にしたほうが、わたしの気持ちが楽だったからです」
「つまり、自分にマインド・コントロールをかけたわけ? アメノウズメを憧れていた昔の自分を忘れるために」
「……ええ。でも、クシナダヒメ様から言われた『アメノウズメさんと瓜二つの顔をしているからといって、サルタヒコさんがミヤっちさんに興味を示すとは限らない』という言葉がずっと頭から離れず……。結局、その言葉の意味を教えてくれたのは、サルタヒコ様ご本人でした」
「え? サルタヒコ?」
「はい。サルタヒコ様は、うずめさんにこう言いましたよね。『オレはお前の見てくれだけに惚れたわけではない』『お前の外見や性別が変わっても、お前に愛を捧げられる自信がある』と……。実際、昔よりも見た目が幼くなったうずめさんのことをサルタヒコ様は溺愛していらっしゃいますし」
「う、うん……」
猿田くんの愛の告白を思い出し、わたしはちょっと顔を赤らめる。
「ウカ様がサルタヒコ様を誘拐した夜、わたしはサルタヒコ様に拒絶されました。わたしが『わたし、うずめさんとそっくりなのになんで……?』と言うと、サルタヒコ様はこうおっしゃったのです。『見た目が同じでも、うずめはうずめ、あなたはあなただから』と。
つまり、サルタヒコ様はうずめさんの中身――唯一無二の美しい魂に惚れたのです。どれだけ外見を繕っても、どれだけうずめさんのマネをしても、わたしはわたしでしかない。サルタヒコ様が愛するうずめさんにはなれないのです。そのことを恋に落ちてから二千年経ってようやく分かりました……。あはは、わたしは本当にダメダメな女神ですね」
自嘲の笑みを浮かべるミヤっちの瞳は涙で潤んでいた。み、ミヤっち……。
「元の姿に戻ろうにも、人間たちの『アメノウズメ=オオミヤノメ説』という思い込みの信仰が邪魔をして、たぶん顔はこのままでいるしかないでしょう。自分の顔を失ってまでしてがんばったのに、そのがんばりが無駄な努力だったなんて……。これが、確固とした『自分』というものを持つことができなかった意思の弱いダメダメ女神の末路なのでしょうね。うふふっ、笑ってください、うずめさん」
ミヤっちは涙を流しながら、わたしに微笑んだ。
パリパリ、パリ……と周囲で鏡が割れるような音がして、さっきまで稲荷神社だった風景が真っ暗な空間になる。わたしの目の前のミヤっちの体は、霞が消えるように消失しかけていた。
ま、まずい! 今わの際の回想が終わって、ミヤっちが死んじゃう!
自分を否定したまま死んじゃうなんて、そんなの悲しすぎるよ! 絶対にダメだってば! な……何とかしなくちゃ!!
「み……ミヤっちのばかちん!! あなた、ネガティブすぎるのよ!!」
わたしは無我夢中になり、消えかけているミヤっちを抱きしめた。ミヤっちは、パワーアップのおかげで増量したわたしのおっぱいに顔をうずめられ、「む、むぐぐ……!?」と苦しそうな声を上げる。
「二千年間ずっとがんばってきたんでしょ!? アメノウズメに憧れて必死に追いかけてきたんでしょ!? 恋した人のためにたくさん努力していたんでしょ!?
……たしかに色々と方向性が間違っていたけれど……結果的に失恋しちゃったけれど……。でも、あなたは一生懸命だったんじゃない! わたしは必死にがんばっている人を笑ったりしないよ? アメノウズメだってミヤっちのことを軽蔑したりしていなかったはずだよ! 記憶をなくしたけれど、わたし本人のことだから自信を持ってそう言える! だから、ミヤっちも自分のことをやけになって笑ったりしないで! 失敗だらけだったとしても、あなたががんばっていたことをあなたが全部否定しちゃダメだよ! そんなの、あなたがかわいそうじゃない!」
わたしが必死にそう叫ぶと、ミヤっちは体を震わせながら「でも……でも……」と呟いた。
「ミヤっちが自分に自信を持てないのなら、お姉様のわたしが褒めてあげる! よくがんばった! ……努力の方向性がかなりズレていたけれど、神様としてたくさんの人間を見守って幸せにしてきたことに変わりはないんだからね? ミヤっちは立派な女神様なんだよ。今だって、デパートの女神として人々に愛されているんだもん。本当にすごいよ。よしよし、なでなで……。今までよくがんばったね。これからも、また新たな目標を見つけてがんばろうよ。やり直せばいいんだよ。わたしも協力するからさ」
「う、う、う……。お……お姉様ぁ~!! うわぁぁぁぁん!!」
ミヤっちはわたしの背中に手を回し、ギュッと抱きついて号泣した。
あっ……。ほんのちょっとだけど、消えかけていたミヤっちの体が元に戻ってきている。
今のうちに、この謎の空間から脱け出さなきゃ。これ、ただの走馬灯じゃないよ。たぶん、キャラかぶりデスマッチに負けて弱ったミヤっちに過去のトラウマや辛い記憶を見せて、完全に生きる気力を奪おうとしているんだ。黄泉国製の呪われたアイテムだったら、そういう機能がきっとあるに違いない。
「でも、どうやって脱け出せば……。あっ、そうだ。猿田くんが言っていたわたしの固有神器『宇受売』なら……!」
わたしは椿の花のかんざしを髪からスッと抜き取ると、頭上にかかげてこう叫んだ。
「……祓え給え、浄め給え!」
どういう呪文を唱えたらいいのか分からなかったので、祝詞でよく聞く言葉を適当に言ってみた。神様の業界ってけっこう適当なところがあるし、気合いさえあればたぶん何とかなるはず……!
ピカーーーっ!!!
光り輝く、神器『宇受売』。その紅色の光はわたしを中心に瞬時に広がっていき、真っ暗だった空間は光溢れる世界へと早変わりした。
「よ、よし! 何とかなりそう! いっけーーーっ!! このままこの空間をぶち破って、現実世界に戻るわよーっ!!」
<雑談コーナー:クシナダヒメ×カムオオイチヒメ×ウカ(大人バージョン)>
クシナダヒメ
「読者のみなさん、こんにちはぁ~☆ ヤマタノオロチ伝説で大人気のヒロイン・クシナダヒメですよぉ~? スサノオ様の奥さんとして超有名だから、みなさんも知ってますよねぇ~? 元祖・大和撫子としても知られてますしぃ~♪」
カムオオイチヒメ
「チッ……。腹黒女神め……。あんたのどこが大和撫子よ……」
クシナダヒメ
「あらあら~? カムカムは何を怒っているのですかぁ~? スサノオ様の奥さんとしてわたしのほうが知名度が高いことを気にしているのぉ~?」
カムオオイチヒメ
「そ……そんなわけない! わたしのこと、知っている人は知っているはずよ!」
クシナダヒメ
「そりゃ~、『知っている人』は知っているでしょ~ねぇ~。オホホホホホ」
カムオオイチヒメ
「うっ……ぐぎぎぎ。ウカーーーっ! ウカーーーっ! ウカーーーっ! クシナダヒメがまたわたしをいじめるの! お母さんを助けて! こいつを殺すのを手伝ってぇーーーっ!」
ウカちゃん(大人バージョン)
「また母上たちのケンカが始まった……。胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い」