3 お帰りなさい、女神様
うずめのクラスに転校してきた謎の仮面男・猿田彦之進。
「うずめはオレの妻だ」と公言する彼の正体は?
では、続きをどうぞ!
わたしの夫と名乗る転校生、猿田くんは、意外にも早くクラスのみんなと打ち解けた。
いちおう、わたしと夫婦だと言ったのは猿田くんの冗談だったと本人に(わたしが無理やり)説明させて、クラスメイトたちは納得してくれたけれど……。
「みんな、なんで天狗のお面につっこまないんだろう……?」
休み時間、クラスの男子や女子たちに囲まれて、仲良さそうに会話している猿田くんを少し離れた場所からじぃ~っと見つめながら、わたしはつぶやいた。
「猿田は、どこから来たんだ?」
「『よみのくに』からだ」
「『よみのくに』って、何県にあるんだよ」
「『よみのくに』に行きたいのか? やめておけ。一度行ったら、おまえたち人間の力では無事に帰ることはできないだろう」
「な、なんか、やばそうなところに住んでいたんだな……」
「ああ。あそこは恐ろしい場所だった……」
……やっぱり、あの子、変ですわ。
わたしは、鈴ちゃんちにあった日本神話の絵本を読んだことがあるから知っている。
黄泉国というのは、死者の世界のことだ。
そんな死者の国に住んでいたとか、どうしてそんなウソを言うんだろ?
「ねえ、うずめちゃん。なんで転校生に話しかけないの? だれとでも仲良しになる天才のうずめちゃんらしくないね」
わたしと一緒にいた雪音ちゃんが、そんなことを言った。
雪音ちゃんは、小学五年生の時にこの街に引っ越して来て、最初はうまく友だちがつくれずに一人でいることが多かったんだ。
そんな時、わたしが雪音ちゃんに話しかけて、一緒に遊ぶようになったの。それをきっかけに、雪音ちゃんは他のみんなとも仲良くなれたわけ。
「う~ん……。別に、猿田くんと友だちになるのが嫌だというわけではないんだけれど……」
わたしだって、猿田くんが変なことを言わず、あの不気味なお面を外してくれたら、もうちょっと歩み寄ろうと思うんだけれどさぁ……。
オレはおまえの夫だとか言われたら、身の危険を感じちゃうじゃん?
「うずめさん。あの……」
「うん? どうしたの、鈴ちゃん?」
トイレに行っていた鈴ちゃんが教室に戻って来て、わたしに話しかけてきた。
でも、もじもじしていて、何だか話しにくそうだ。
大人しくて遠慮深い鈴ちゃんは、言いたいことをなかなか口に出せないことがけっこうある。だから、こういう時は、幼なじみのわたしが一歩踏みこんであげるのだ。
「鈴ちゃん。何でも話してよ。わたしたち、幼なじみでしょ?」
そう言って、ニッコリと鈴ちゃんにほほ笑む。
わたしは、昔から笑うのが大好き。いつもニコニコ、ニヤニヤしているものだから、
「うずめちゃんって、寝ている時もニヤニヤした顔しているんじゃないの?」
と、たまに言われることがある。もしかしたら、本当にそうかもしれない。
でも、いつも難しい顔や悲しそうな顔をするよりは、笑っているほうが楽しいでしょ?
それに、人間っていうのは、人の笑顔につられて自分も笑っちゃうものだ。
ほら、もじもじしていた鈴ちゃんも、わたしの笑顔を見て、かすかに笑った。
これで、よし。鈴ちゃんも、わたしに伝えたいことを話せるようになったはず!
「あ、あのですね……。実は、うずめさんに相談に乗ってほしいことがあるんです。だから、今日の放課後、わたしの家に来てくれませんか?」
「相談ごと? オーケー! どんな相談ごとでも、任せておいて!」
相談ごとをされるのに慣れているわたしは、昨日の福永くんの時と同じように、何の警戒もせずに鈴ちゃんの頼みを快諾してしまった。
だって、仕方ないじゃん。
この時は、幼なじみの鈴ちゃんが、わたしを罠にはめようとしているだなんて、想像もできなかったんだもん。
☆ ☆ ☆
放課後、わたしと鈴ちゃんは、一緒に帰り道を歩いていた。今から鈴ちゃんの家、つまり、地元で一番大きな神社に行くのだ。
「そういえば、鈴ちゃんの家に行くの久しぶりだなぁ。奏さん、元気?」
「はい。オリバーさんっていうアメリカ人の彼氏ができてから、すごく楽しそうです」
「へー、国際恋愛かぁ。何かちょっとロマンチックだねぇ~」
鈴ちゃんの十歳年上のお姉さんである奏さんは、わたしにとっても姉的存在なんだ。
幼かったころ、わたしが鈴ちゃんと遊ぶために神社に行くと、奏さんがよくお菓子を作ってくれたっけなぁ~。
そんな奏さんも、今では、国際恋愛なんかしちゃっている大人の女性というわけか。
「うずめさんは……好きな人、いますか?」
「え? 急にどうしたの? やぶからぼうに」
雪音ちゃんが恋のウワサ話をペチャクチャとしゃべっていても、興味を持たずにいっさい会話に乗ってこない鈴ちゃんが、突然どうしたのだろう。
姉の奏さんが彼氏持ちになったから、恋愛方面にも関心を抱き始めたのかな?
「今日、転校してきたサルタヒ……。こほん……。猿田くんのことは、どう思います?」
「ぶっ! な、なんで、あいつの名前がいきなり出てくるの?」
「好き……とか。ちょっと気になる……とか。そういうことは……」
「ない! ない! なーい! ありえないってば! もしかして、あいつが言っていたことを信じてる? 中学生で結婚なんてするわけないってば!」
「そう……ですか……」
鈴ちゃんはそうつぶやくと、顔をうつむかせた。
……な、なんで、残念そうな顔をしているのさ。
わたしたちがそんな会話をしていると、神社の赤い鳥居が見えてきた。
鈴ちゃんのお父さんが神主をしているこの神社は、サルタヒコとアメノウズメという夫婦の神様がおまつりされていて、県外からの参拝客も多い。
夫婦の神様なので、恋愛成就や夫婦円満のお願いに来る人たちがたくさんいるらしい。
サルタヒコという夫のほうの神様は、導きの神と呼ばれて、悩みごとを抱えていて神様に導いてほしい人、交通安全を祈願したい人も参拝しに来るそうだ。
それから、今年のお正月に有名な俳優が参拝に来たって地元でウワサになったけれど、奥さんのアメノウズメっていう女神様が、踊りが得意で、芸能の神として信仰されているからだとか。
……って、全部、鈴ちゃんから教えてもらった知識なんだけれどね。
鈴ちゃんは、学校が休みの日は神社で巫女さんをしていて、参拝客に神社の由緒を聞かれたらスラスラと答えられるぐらい、神様についてくわしい。
まだ中一なのに両親の仕事の手伝いを立派にやっていて、鈴ちゃんは偉いなぁ。わたしなんて、お母さんの料理を手伝うと、三回に一回はお皿とか割っちゃうもん。
☆ ☆ ☆
「うずめさん、どうぞお入りください」
わたしたちは、神社の鎮守の森の裏側にある、神社の関係者しか通ってはいけない細道を歩き、鈴ちゃんの家にたどりついた。
鈴ちゃんの家の前から見える参拝客の駐車場をちらりと見ると、今日はあんまり車がとまっていない。平日の夕方だから当然か。
ここの神社の駐車場、春には満開の桜がたくさん咲き乱れて、すっごくキレイなんだよね。
「お邪魔しまーす」
鈴ちゃんのご両親は社務所(神社の事務の仕事をする建物)にいるらしく、わたしが元気にそう言いながら家の中に入っても、し~んと静まり返っていた。
わたしと鈴ちゃんは、階段をのぼり、二階の鈴ちゃんの部屋の前に立った。
でも、鈴ちゃんは、部屋のドアの前でピタリと立ち止まると、何をためらっているのか、なかなかドアを開けようとせず、わたしの顔を申しわけなさそうな表情をして見つめた。
「どうしたの、鈴ちゃん? 入らないの?」
わたしが首をかしげてたずねると、鈴ちゃんは「ごめんなさい」と言って、急に頭を下げたのだ。もちろん、わたしはビックリした。
「ええ!? と、突然、何なの? 何をあやまっているの?」
「……本当は、わたし、うずめさんをこんな罠にはめるようなマネはしたくなかったんです。でも、うずめさんと『あのお方』のためには、こうするしかないと思って……」
「あ、『あのお方』って、だれ!? 漫画とかで悪の秘密組織の幹部が自分たちのボスのことをよくそういうふうに呼ぶけれど!」
「悪の組織のボスではなく、神様です。神様が、部屋の中でうずめさんを待っています」
「え? 神様? 何を言って……」
「……ごめんなさいっ!」
鈴ちゃんは、ドアを開けると、わたしの背中をドンと押して、部屋の中に入れた。
部屋にいたのは――。
「さ、猿田くん!?」
猿田くんが、鈴ちゃんの部屋の真ん中で、どでんとあぐらをかいて、わたしを待ち受けていたのだ!
「猿田くんが、どーして鈴ちゃんの部屋にいるのよ!」
「学校では、ゆっくりと話せなかったからな。鈴に協力してもらって、おまえとじっくり話せる場所を用意してもらったのだ。鈴、ご苦労であったな。ほめてつかわすぞ」
「ありがたき幸せです、サルタヒコ様」
そう言うと、鈴ちゃんは廊下で正座をして、猿田くんに三つ指をついた。
「す、鈴ちゃん! なんで、こんなやつに頭なんか下げているのよ? ……ていうか、サルタヒコ様ぁ?」
サルタヒコ様って、この神社の神様じゃん! 鈴ちゃん、暑さのせいで頭がおかしくなったの?
「さあ、うずめ。ここでなら、だれの邪魔も入らないし、ひと目を気にする必要もない。夫婦の再会の喜びを分かち合おうではないか」
「ま、まだそんなことを言うか、このHENTAI天狗仮面! 付き合ってらんないわよ!」
わたしはそうさけぶと、部屋から逃げ出そうとした。しかし、
ゲロゲロ~!
「か、カエル~!?」
廊下からカエルがぴょーんと飛び跳ねて来て、ドアから逃げようとしたわたしの顔にぺたっとはりついたのだ!
「な、何なのよ、このカエル! ま、前が見えない~!」
わたしは、ふらふらとよろけながら、両手を宙にさ迷わせる。すると、ガラス窓に手がふれた。もうこうなったら、窓から逃走してやる!
「う、うずめさん! ここは二階ですよ!」
鈴ちゃんのあわてた声が聞こえたような気がしたけれど、混乱状態のわたしは逃げることに無我夢中で、もうワケワカメってやつだ。
窓をガラリと開けて、外に出ようとした。でも、今度は、
コケー! コケ、コケーーーっ!
「カエルの次はニワトリかーいっ!」
窓からニワトリが舞いこみ、わたしの頭の上に着地!
体のバランスを崩したわたしは、ドスーン! と、大きな音を立ててずっこけてしまった。
鈴ちゃんは、倒れたわたしの横に座ると、猿田くんにしたみたいに三つ指をつき、
「お帰りなさいませ、アメノウズメ様。……わが神社の女神様」
と、わたしに言うのだった。
へ……? 女神様? だれが?
…………わたしがっ!?
<うずめの一口メモ>
私の好きな食べ物は鶏の唐揚です。