3 お姉ちゃん想いな男の子
「さあ、高天原へ出発だぁー!」
久し振りに高天原へ行ってアマテラス様たちと会うのが楽しみなわたしは、拳を振り上げてそうさけんだ。すると、猿田くんが「しっ!」と天狗の大きな口に指を当てて言い、周囲を警戒するように境内を見回した。
「だれか、近くにいる」
「そりゃぁ、ここは神社なんだし、参拝客ぐらい近くにいるわよ」
わたしがそう小声で言いながらサルタヒコがまつられた本殿がある方角を見ると、小学1、2年生ぐらいの男の子が賽銭箱に小銭を投げ入れていた。
ほら、やっぱり。可愛い参拝客さんね。
「オレたち神の会話を普通の人間に聞かれるわけにはいかない。オレは隠形の術で姿を隠そう」
そう言った猿田くんは、青白い光を一瞬だけ全身に放ち、人間の目には姿が見えない「隠形」の状態になった。神様のわたしや巫女の鈴ちゃん、半蔵たち神使にはばっちりその姿は見えているけれど、これで普通の人間には見えなくなっているはずだ。
前にも話したけれど、神様が人間の前に姿をあらわすのを顕現、逆に姿を隠すことを隠形と呼ぶの。
ちなみに、まだ神様としての記憶が回復していないわたしには隠形の術は使えないのだ。まあ、天狗のお面にカウボーイの服装という怪しさMAXな猿田くんとちがって、どこからどう見ても普通の女子中学生なわたしは姿を消す必要なんてないんだけれどね。
「あの子は……近所に住んでいる男の子ですね。名前はたしか将太くんだったと思います。いつもこの時間帯になると、神社にやって来て一生懸命何ごとかをお祈りしているみたいなのです」
鈴ちゃんが、本殿で手を合わせている男の子を見て、そう言った。
「毎日ここに来てるの? 熱心ねぇ。よっぽど叶えたい夢とか願い事があるのかな……?」
わたしは、真剣な表情でお祈りをしている将太くんの横顔を見つめながらそうつぶやく。すると、彦太郎がゲロゲロと鳴きながら飛んでわたしの肩に乗り、
「あの少年は、8月13日――つまり、明日は絶対に晴れにしてくださいと、サルタヒコ様の社殿に毎日お祈りしております」
と、わたしに教えた。
「ち、ちょっと、彦太郎。お祈りの内容なんてめっちゃ個人情報をなんでわたしに教えるのよ。参拝客にもプライバシーというものが……」
「参拝客の祈りは、すべて神様への願い事です。わたしたち神使の仕事のひとつは、全国の人間たちの祈りの内容を頭に記録して、お仕えする神様たちにお伝えすることなのです。ゲロゲロ……」
「あっ、そうか。わたしは神様なんだから、みんなの願い事を聞く側なんだ。見守る立場なんだ……」
うう~ん……。先月たくさん不思議な体験をして、個性豊かすぎる神様たちともいっぱい出会って、わたし自身もヨモツコとの戦いで穢れをはらう女神の力を使って……自分は普通の女の子ではないのかも知れないとは思い始めたけれどさ……。
ぶっちゃけ、わたしにはまだ「わたし、女神様やってます!」と胸を張って言えるほどの自信がないのよねぇ。笑顔でみんなの心を癒して応援する女神様になりたいという目標は立てることはできたけれど、神様の頃の記憶がほとんどないわたしにどこまで「アメノウズメ」をやりきれることができるか……かなり不安だ。
そういう自信とかって、どうやったら身に着くのかしら?
……とりあえず、わたし(アメノウズメ)にどんな願い事がきているか把握しておくところから始めるべきか。
そう考えたところで、わたしはある疑問をふと思いつき、それを口にした。
「……あれれ? だったら、半蔵もアメノウズメの社殿に参拝した人の祈りの内容を記録しているっていうことよね? わたし、半蔵から一回もそんな報告受けたことないけれど……」
その疑問に答えてくれたのは、わたしと目が合った瞬間に顔をそらした半蔵ではなく、わたしの肩に乗っている彦太郎だった。
「もちろん、半蔵たちニワトリの神使も記録しているはずですが……。ただ、彼らニワトリは物覚えが悪いですので、記録漏れがだいぶあるかも知れません。そもそも、神様のほうからたずねないと、彼らは報告の義務を忘れている場合があります」
彦太郎がそう言うと、半蔵はめっちゃ小さな声で「うずめ様に報告するの、すっかり忘れていたコケ……」とつぶやいた。聞こえてるぞ、おい。
それにしても、カエルに物覚えが悪いと侮られたわたしの神使っていったい……。
「うずめ様の社殿に足を運んだ他の参拝客たちのことは知りませんが……。あの将太という少年は、サルタヒコ様の社殿でお祈りした後にうずめ様の社殿にも参っているようです。おそらく、同じ内容のお祈りをしていると思われます」
彦太郎は、主人の猿田くんの参拝客たちのことをちゃんと観察しているらしく、そう教えてくれた。
さすがは古株なだけあって優秀な神使だ。わたしの半蔵とトレードしたくなってきたよ……。
「あら? 彦太郎さんがおっしゃっていたように、将太くんはうずめさんがまつられている社殿のほうへ走って行きましたね」
鈴ちゃんがアメノウズメの社殿の方角を指差し、そう言った。
「行ってみよう。わたしにお祈りしてくれている願い事をわたしが知らないなんて、女神失格だわ」
なぜ将太くんは明日晴れてほしいのか。天気のために毎日欠かさず参拝しているなんて、その日によほど大切な用事があるのかも知れない。神様として、彼の願い事の真実を知っておくべきだと思ったのだ。
ほとんど人間と変わらない未熟な女神のわたしには、思いついたことを恐れずに実行していくことぐらいしか今のところできない。それがいい結果になるのかどうかは分からないし、上手くやれる自信もないけれど、進むことを恐がって立ち尽くしているよりはマシなはずだ。
「待て、うずめ。『わたしは神様だから何でも願い事を言ってごらん』とか、あの少年に言うつもりじゃないだろうなぁ?」
わたしが走り出すと、姿を隠した状態の猿田くんが追いかけて来て、そう聞いた。
「そんなバカじゃないわよ、わたし! そもそもセーラー服を着た女神様なんて、たとえ子供でも信じないわよ!」
パーティーに出席するのだから正装で行くべきかなと思ったわたしは、いちおう学生服を着て行くことにしたのだ。でも、よくよく考えてみたら、神様の正装がセーラー服なわけないよね。
☆ ☆ ☆
「ヤッホー! 熱心にお祈りしていたわね、君」
わたしは、アメノウズメの社殿で一心不乱に手を合わせていた将太くんがようやく顔を上げると、底抜けに明るい声でフランクに話しかけた。
わたしは初対面の人とすぐに打ち解け合って友達になるのが大の得意なの。いつもにぱぱーと無駄に明るい笑顔でいるせいか、相手に警戒心を抱かせないみたい。
だから、突然声をかけられた将太くんも、わたしの大きな声に驚きはしたものの、わたしのニコニコ笑顔を見ると強張っていた肩の緊張をすぐにとき、
「一か月以上前から、毎日お祈りに来てるんだよ! 明日の夢ノ貝祭りの日は絶対に晴れてほしいから、神様に晴れにしてくださいってお願いしてたんだ!」
ニカッと笑いながら、わたしがたずねる前に自分の願い事を教えてくれたのである。
そういえば、明日はわたしたちの街の隣にある海辺の街で「夢ノ貝祭り」っていう大きなお祭りがあったんだっけ。夢ノ貝学園という私立学校と地元が協力して、学園から駅前の商店街までずらーっと屋台が出て、夜には花火をやるんだ。わたしも何度かお祭りに行ったことがあるけれど、楽しかったなぁ~。
「そっかぁ。そのお祭りが楽しみで、神様に祭りの日は晴れにしてくださいってお願いしていたのね。明日、晴れるといいね!」
「うん! 病院を退院したお姉ちゃんと一緒に、たくさん遊びたいんだ!」
「え? 病院を退院……?」
将太くんの口から意外な単語が出てきて、わたしは思わず聞き返してしまった。すると、さっきまで無邪気に笑っていた将太くんはちょっと陰のある表情になり、うつむいた。
「僕ね、いつも優しくて甘やかしてくれるお姉ちゃんのことが大好きなんだ。……でも、お姉ちゃんは、僕がどれだけ駄々をこねて甘えても怒らないから、僕はそれが当たり前のことだと考えるようになっちゃって、わがままやいたずらばかりをしてお姉ちゃんを毎日困らせていたんだ。お姉ちゃんの気持ちなんてちっとも考えていなかった。……そうしたら、バチが当たっちゃって、僕はお姉ちゃんと毎日一緒にいられなくなったんだ」
つまり、お姉さんが病気になってしまい、長期入院したのだろう。そして、将太くんは大好きなお姉さんのそばにいることができなくなってしまったのだ。
「そうだったんだ……。でも、お姉さんはもう退院できたんだよね?」
「うん。今日、退院したの。手術が成功して、二学期からは学校にも通えるって。それで、明日はお姉ちゃんが半年ぶりに家族とお出かけする日なんだ。退院日が決まってからずっと、『夢ノ貝祭りにみんなで行こうね』って約束していたんだよ。僕ね、お小遣いをこの日のためにずっとためていて、お姉ちゃんのために全部使うつもりなんだ。お姉ちゃんが綿菓子食べたいって言ったら僕が買ってあげるし、金魚が欲しいって言ったら僕が金魚すくいしてプレゼントしてあげる。何でも買ってあげるの。僕、お姉ちゃんにたくさんごめんなさいしなきゃいけないけれど恥ずかしいから……かわりに明日は僕がお姉ちゃんのお兄ちゃんになってあげるんだ」
将太くん、お姉ちゃん想いだなぁ……。わたしにもこういう弟がいたら……と、一人っ子ならではの発想をしてしまうよ。
「でも、お姉ちゃんはまだ退院したてで体力がないから、お祭りの客がまだ少ない昼の時間帯の2時間ぐらいしか外出できないんだ。だから、雨とか絶対に降ってほしくないの。それで、8月13日は晴れにしてくださいって神様にお願いしているの。……でも、お姉ちゃんにわがままばかり言っていた悪い子の僕の願いを神様が叶えてくれるか不安なんだ……」
「将太くんは、いい子だよ」
わたしはほほ笑み、将太くんの小さな頭をポンポンとなでてあげた。
「明日はきっと晴れるよ。それに、明日は太陽の女神様も機嫌がいいと思うから、雨になんかならないって」
何たって、アマテラス様も久しぶり(ていうか、数千年ぶり)に弟と会って仲直りするのだから、この数日はニコニコ天気にちがいない。
それに、今からアマテラス様に会いに行くんだし、わたしからも「明日は晴れにしてください!」って頼んでおこう。
「明日は、お姉ちゃんと一緒に楽しんでおいで」
「うん! ありがとう、キレイなお姉さん!」
将太くんはまばゆいばかりの笑顔でそう言うと、走って去って行った。
……うふ。うふふ。キレイなお姉さんかぁ……。
明日は、アマテラス様を脅迫してでも絶対に晴れにしてあげるからね! 将太くん!
「あのませた小学生、成長してうずめを口説くようになる前に神隠ししておくべきか……」
わたしの隣で、猿田くんが背後に炎のオーラをメラメラと漂わせながらぶつぶつとそんなことをつぶやいていた。
……おい。神様のくせして物騒なことを言うんじゃないわよ。
<雑談コーナー:うずめ×作者>
うずめ
「あなた最近、お姉ちゃん物の小説ばかりネットに投稿してない?」
作者
「一人っ子はさびしいんだよぉー。お姉ちゃんに甘えたいんだよぉ、ばぶー」
うずめ
「(きもい……)。恋人でもつくったら?」
作者
「それは、地球がひっくり返っても無理な話だな」




