1 アマテラス様からの招待状
「やれやれ……。久し振りに顔を合わせたというのに、わが妻はなんと乱暴なのだ」
庭に一度落下しつつも家の壁をよじのぼって再び窓から天狗面をのぞかせた猿田くんが深々とため息をついた。
「ふーんだ! わたしをもう一人にはしないとか言っておいて、三週間もわたしを放ったらかしにして旅行に行っちゃうような奴なんて夫じゃないわよ!」
「り、旅行に行っていたわけではない。仕事だ。オレやお前をまつっている全国の神社を訪ね、その土地で悪しき鬼たちが悪さをしていないか視察していたのだ」
最近、黄泉国(死者の世界)と葦原中国(人間世界)の出入りを封じていた結界が弱まってしまい、黄泉国の鬼たちが人間界に侵入してしまっているらしいのだ。
「黄泉国対策係すぐやる課」の責任者の神様・ナオビ(直毘神)は、その対策におわれてノイローゼぎみなんだよね……。かわいそうに。
「まあ、そういうことなら許してあげてもいいけれど……」
わたしもちょっとやりすぎたかなと反省し、窓から部屋に入ろうとしている猿田くんをチラリと見た。
「……おい、ちょっと待て。何よ、そのかっこう」
わたしは、猿田くんの服装を見て、口の端をひくつかせる。
つばの大きなカウボーイハットをかぶり、ぼろぼろのウェスタンシャツとジーンズを身に着け、よれよれのブーツを履いた、いかにも荒野を馬で駆け巡って拳銃をぶっ放していそうなアメリカンな姿。ただし、顔にはいつも通り天狗のお面。
あまりにもエキセントリックなファッションで登場した猿田くんに、わたしはかける言葉を失った。いろいろとツッコミどころ満載だ。前々からファッションセンスが壊滅的だと思っていたけれど、ここまでくるとただのコスプレじゃん。
「うん? どうした? 何をそんなに困惑した顔をしている? ……ああ、土足だったか。悪い、昨日までアメリカにいたから向こうの風習に慣れてしまって……」
そう言って、猿田くんはわたしに謝ると、ブーツを脱いで左手にぶら下げ持った。
いや、そうじゃなくって。たしかに土足は困るけれど、そうじゃなくって。
「色々と問いただしたいことはあるけれど……なんでアメリカに行っていたのよ。神社巡りをしていたんじゃないの?」
「アメリカにも、オレたち夫婦をまつった神社があるのだ。お前が人間になってしまって以来、長らく放置していたし、オレは一度も行ったことがなかったからちょっと様子を見てきたんだよ」
マジで!? わたしたちって、意外と国際的な神様なのね!
「それから、この服はアメリカで手に入れたんだ。どうだ、似合うか? お前が現代の若者らしいオシャレをしろとうるさいから、欧米のファッションを取り入れてみたんだ」
そのファッション、向こうでも日本の時代劇のちょんまげや裃姿と同じくらい古臭いと思うよ? 西部劇で見るようなかっこうだし。
「……あんたの服のセンスについてはいずれじっくり話し合うとして、大事な話って何? 私もいちおう神様し、神様の仕事なら手伝うけれど」
いつまでもアホな会話をしているわけにもいかないので、わたしは真面目な顔になってそうたずねた。
猿田くんはわたしの正面にあぐらをかいて座り、天狗のお面に隠れているせいで真面目な顔をしているかどうかは不明だが、少し深刻そうな声で「実は……」と言った。
「アメリカから日本に帰国した昨日の夜、昔なじみの国津神(古くから地上にいた神様のこと)がオレを訪ねて来て、少し心配なウワサをそいつから聞かされたのだ」
猿田くんは、わたしのクラスメイトで幼なじみの愛野鈴ちゃんのお父さんが神主をしている神社の本殿で普段寝起きしている(もちろん、普通の人には見えない)。そこの神社もサルタヒコとアメノウズメの夫婦神をまつっていて、(いちおう)妻であるわたしの家に一番近いからだ。
その神社に昨夜訪ねてきた国津神が言うには、
「アマテラス様が、数千年ぶりに弟のスサノオ様と仲直りするらしい」
ということだった。
「神無月(10月)に神々が出雲に集まって会議をする定例集会でもアマテラス様とスサノオ様が直接顔を合わせることはなかったというのに、近々お二人が会って仲直りするというのだ。これは大変なことになるぞ……」
「スサノオ……須佐之男命? 知ってる、知ってる。八岐大蛇を退治したすごく強い神様でしょ? そのスサノオ様がお姉さんのアマテラス様と仲直りするって……今までケンカでもしていたの?」
「この間、知恵の神・オモイカネ(思金神)から天岩戸の神話の説明をしてもらっただろ。アマテラス様がすねて天岩戸に引きこもった原因は、スサノオ様とケンカしたからだ」
「ああ、そういえばそんな話聞いたことあったわ。ふーん、そっかぁ。あの日本で一番偉い女神様、弟とケンカしたぐらいで他の神様たちに迷惑をかけちゃうなんて困ったお方よねぇ~」
「迷惑な目にあわされた神の一人であるお前が何を他人事みたいに……。まあ、記憶喪失なのだから他人事になっても仕方ないか」
猿田くんは少し寂しそうにつぶやき、うつむいた。
……う、う~む……。
猿田くんとしては一日も早く私の神様としての記憶が元に戻ってほしいみたいだけれど、今のところ思い出すことができたのはアメノウズメとサルタヒコが出会った時のことぐらいなのだ。わたしだって、なかなか思い出すことができないのは申し訳ないと考えているんだけれどね……。
……おっと、いけない。わたしまで暗くなってどうするんだ。
猿田くんは神様のくせして「自分の顔は恐くて、他の神に嫌われるから素顔を見せたくない。恥ずかしいし……」と言って天狗のお面をかぶっているようなナイーブな面がある。だから、(いちおう)妻であるわたしが彼の分まで元気かつ強気になって、猿田くんの尻をたたいてあげないといけないのだ。
サルタヒコが落ちこんでいる時こそ、笑いで福を呼び寄せるアメノウズメが元気でいなくちゃ!(落ちこんでいる主な原因はお前の記憶喪失じゃないかというツッコミはやめてね!)
わたしは、「ぶわっはっはっはっはっ!」と超わざとらしい底抜けに明るい笑い声を出して猿田くんの肩をバシバシとたたいた。
「そんなに心配することないわよ! ケンカしていたお姉ちゃんと弟が仲直りするっていうんでしょ? めでたいことじゃないの! わっはっはっは!」
「いたっ! いたた! 痛い! 肩を叩くな! ……お前はスサノオ様のことまですっかり忘れてしまっているようだが……正直言って、あのお方にはアマテラス様と関わりを持ってほしくない。他の神々もそう考えていることだろう」
「なんでよ?」
「仲直りしたところで、どうせすぐに姉弟ケンカをまた始めるに決まっているからだ。天岩戸立てこもり事件みたいな騒動は、二度とごめんだ。人間たちが住む葦原中国にも多大な影響が出てしまうからな……」
スサノオ様とケンカしてすねた太陽神アマテラス様は、天岩戸に引きこもり、神様たちがいる高天原(天上界)だけでなく葦原中国(人間界)までもが真っ暗闇になってしまったのだ。
その時、アマテラス様を天岩戸から引きずり出す作戦にわたし(アメノウズメ)も加わっていたらしいけれど、記憶がないのだから「はぁ、そうでしたっけ」ととぼけ顔で言うしかない。
「でも、アマテラス様が天岩戸に引きこもることはもうないんじゃないの? 今は、アメノイワト(天石門別神)がしっかり天岩戸の管理をしているから、アマテラス様でも勝手に天岩戸の扉を閉めることはできないってトヨちゃんが言っていたでしょ?」
「まあ、そうなんだが……。それでも心配だ……」
猿田くんはなおも辛気臭い顔で腕組みしながらウーム……とうなった。
なになに? スサノオ様って、そんなにヤバイ神様なわけ?
わたしまでもがちょっと不安になってきて、黙りこんでしまった。
そんな時、開け放ったままだった窓から不意の来訪者がバサバサと羽音をたてて現れたのだ。
「失礼いたします、ウズメ様。サルタヒコ様」
「あっ! トブトリーナちゃんだコケ! 久し振りコケ~! うずめ様たちのダブル結婚式以来、会っていなかったから寂しかったコケ~!」
わたしの勉強机の上に羽を休めたトブトリーナ2世。彼女はアマテラス様の神使で、半蔵のガールフレンドなのだ。
半蔵が嬉々として羽ばたき、トブトリーナ2世に抱きつこうとした。しかし、トブトリーナ2世は右の翼でペシンと半蔵をはじき、半蔵は「ぐべっ!?」と情けない声を出しながらわたしの横に転がった。
「ごめんなさい、半蔵さん。今は勤務中ですので」
どうやら、トブトリーナ2世は仕事とプライベートをはっきりと区別する女らしい。
「うずめ様、サルタヒコ様。アマテラス様からの招待状をお届けにあがりました」
「え? 招待状? 何かパーティーでもやるの?」
わたしと猿田くんは、たがいの顔を見合わせながら、トブトリーナ2世が口ばしにくわえていた招待状を受け取った。
招待状には、こう記されていた。
アマテラス&スサノオ仲直り記念パーティー!
開催日:こ・ん・や♪
パーティー会場:アマテラスの御殿♡
参加費:もちろん無料!
トヨちゃんの美味しい手料理がたらふく食べられるからみんな来てね♡
(byアマテラス)
……どうやら、ウワサは本当だったらしい。
「困ったことになったな。あのご姉弟が再会したら、絶対にろくなことが起きない。絶対に……」
大事なことなので二回言ったらしい猿田くんが、招待状のきゃぴきゃぴした女の子文字(日本最高神の直筆)を睨み、ムムム……とうなった。
「でも、行くしかないわね。わたしたちが二人の再会の場に立ち合って、何も事件が起きないように見守らなきゃ」
知恵の神のオモイカネたちもいるんだし、天岩戸引きこもり事件みたいな大事にはならないだろうと楽観視しつつ、わたしはそう言った。
まだ神様の自覚とかそういうのはないけれど、アマテラスがいなくなって世界が永遠の闇に覆われても困るしね。
「ようやく神としての自覚を持ってくれるようになったか! オレは夫として嬉しいぞ! よし、オレたちもパーティーに出席しよう! オレたち夫婦で高天原と葦原中国の平和を守るんだ!」
猿田くんは、熱血教師みたいにわたしの手をにぎり、そう吠えた。
さすがは導きの神・サルタヒコ。人々の平和を守り、正しい方向へと導くため、神様としての自覚をどの神よりも持っている。……と、感心しかけていたのだけれど、
「それはそれとして、食物の女神・トヨウケビメ殿の手料理かぁ~。早く食べたいなぁ~!」
以前、高天原で食べたトヨちゃんの超絶美味なごちそうの味を思い出したのだろう。猿田くんは、天狗のお面の下でじゅるりと舌なめずりをした。
……おい、よだれでお面が汚れてるぞ。
<雑談コーナー:うずめ×半蔵>
うずめ
「ねえ、半蔵。あんたとトブトリーナ2世って、本当にカレカノなの? 彼氏のわりには扱いが……」
半蔵
「トブトリーナちゃんは僕の彼女コケ。たぶん、きっと、おそらく……」