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ワンライ自選集

不正確で、正しいもの

作者: yokosa

【第45回フリーワンライ】

お題:

目覚まし時計の反逆


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 そこは本島とは海で隔絶された孤島だった。

 島には山が一つだけあり、裾野には漁村、頂上には寺院が建っていた。寺院からは麓の漁村と港、そしてその先に広がる海が一望出来た。山海を一度に拝める絶景である。

 分けても最も眺めの良い場所に鐘楼があった。

 鐘楼の鐘は早朝六時から鳴らされる。目覚ましのようなものだ。それで迷惑する者はこの島にはいない。漁師はもっと早くに起き出しているのだから。

 時間を告げる鐘はぴったり一時間置きに鳴らされた。それは、時に時計よりも早く打ち鳴らされることすらあった。それは漁村の住民が壁時計のゼンマイを巻き忘れることがままあるだめだった。住民は鐘の音を聞き、時刻を知り、家の時計をそれに合わせた。

 鐘によって生活を刻み、船を出した。

 それほど鐘は正確だった。

 そんな鐘も、夕刻を告げる十八時の鐘だけは、なぜか時折遅れることがあった。生活の礎とも言える鐘がである。しかしながら、そのことで住民から不満が漏れることはなく、むしろ好意的に受け止められていた。

 鐘撞きを任された若い僧は、そのことで毎度説教を食らった。

「それはお前が世俗に浸っているからである。雑念を捨てよ」

 そうして喝を入れられる。

 それでも一向に直ることはなく、十八時の鐘だけは時々乱れた。


 その日も若い僧は、一時間置きに正確に鐘を撞いた。朝六時から始めて、午前中に六度、午後に六度。

 陽も陰り、夕刻が近付く。水平線に向かって海はオレンジに、やがて赤く染まっていった。

 僧は鐘楼の側に佇み、夕日を拝んだ。眼下の景色も茜色の濃淡に沈んでいる。

 港には一隻の船があった。他の漁船が仕舞い支度と明日の準備をする中、気を吐いて出港時間待っている。それは本島に渡る定期船だ。一日に出る数便のうちの最終便だった。

 港にかかる桟橋には人影があった。茜色の陽と黒い影のツートーンになった男だった。どこかそわそわとしているのが遠目にもわかった。

 若い僧は鐘を撞いているうちに、時間を待つ人間は二種類に分けられることに気が付いた。「時間を心待ちにする者」と「時間を待ちながらも、時間に来て欲しくない者」だ。

「さて……」

 僧は呟いた。彼にはもう、その男がどちらであるかの検討は付いた。

 果たして“来る”のか、“来ない”のか、それを見極めなければならない。

 漁村はまるで、黄昏時が過ぎるのを息を殺して待っているかのようだった。じっと何かに耐えるように。生活音の届かない山の上からでは、そのように見えた。

 暗がりの頬被りをして居留守を決め込んだかに見えた漁村から、飛び出す姿があった。「“来た”」

 彼は時刻が十六時ちょうどになったのを感じたが、鐘を鳴らすことはしなかった。

 漁村を出た人型は一目散に桟橋を目指している。それは赤くなったスカートを翻し、闇を引き摺るようにして黒髪を振り乱す女性だった。

 やがて男が近付く女の姿を認めると、二人は飛び付くようにして抱きしめ合った。それは最早何者にも分かちがたい絆であることが窺えた。

 二人が手に手を取って乗船したのを見届けると、僧は十六時の鐘を撞いた。

 それに合わせて定期船が汽笛を吹かした。

 時刻は十六時ちょうど。本島への定期船、最終便が出発する時間だった。


 僧は、

「それはお前が世俗に浸っているからである。雑念を捨てよ」

 と喝を入れられる。

 しかし、正しくない時計が正しい結果を導くこともあるのだと、信念を曲げることはなかった。

 その島では誰も、不正確な十六時の鐘に文句を言う者はいなかった。



『不正確で、正しいもの』了

 これを恋愛モノと言い切る度胸。

 いや、実際のところ、この話でどうジャンル選択すればいいのか。

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