第二話 樹海
よろしくお願いします。
「...ここはどこだ?」
映画の記憶喪失の主人公や、転移モノの漫画の中でしかありえないと思っていた言葉。
それが今、俺の口からこぼれ落ちた。
周囲は木々に囲まれ、足場の悪い地面。どこからともなく聞こえる奇妙な鳴き声。
地球上にこんな場所が存在するのかといわんばかりの気味の悪さを放っている。
そうか、これがハワイか!
いやいやいや!まてまてまて!?
おかしいだろどう考えたって!ハワイなわけねぇよ!
大体さっきまで俺は幽霊ビルの中にいたはずだ。
いや、こういうときこそ冷静であれ、俺! Be coolだ。Be cool。
まずはここに至るまでの経路を思い出せ!
えーと...
____30分前_____
「うわああああ!!!!!」
目の前に広がったのは広大な大地と海、だんだんと時が経つにつれてその風景が近くなっていく。
ここってもしかして...空中か!?
「なんじゃこりゃあああああああああ!」
空気の抵抗と自身の重みが重なりロクに声を出すことができず、ただただ叫ぶことしかできない。
一体何が起こったんだ!?苦しい...
だが細かいことを考えている猶予は無かった。刻々と地面までの距離は迫っていく。
まずい...このままじゃ激突する!
「くっそぉぉぉぉぉ!」
もう距離が無い!もう...駄目だ...
俺は目を閉じた。
ガサガサガサガサ!ドスン!
「いってぇ...」
どうやら森に落下したらしく、木々がクッションとなり、
落下の衝撃を和らげてくれたようだ。いや、そんなことより...
「助か...っ...た」
その後俺は力尽きるように地面に倒れた。
_____________
つまり俺はあの後、あの桜木エイリーとやらが手を上げて、
そこから光に包まれて...なぜか上空に...
いや、とりあえず状況整理をしてみるか。
まず、あんな上空から落ちたのにもかかわらず、現在の俺は五体満足だ。強いて言えば少々服が破れたことくらいだな。
これはこの樹海に助けられた証拠だろう。
そしてなぜここにいるか。確証はないが、十中八九、桜木エイリーのせいと見て間違いない。
彼女の左手が上がった瞬間に突然、周囲の人々が光に包まれ始めたし、俺自身も光に包まれ、今に至る。
ということは、あの場に居合わせた人々は俺と同じ状況にあるに違いない、と断言できる。
しかし、どう考えてもおかしい点は存在する。
根本的におかしいのはあの場所からどうやって上空に俺たちを移動させたか、だ。
単純に移動をするにしても、俺たちが光に包まれた、たった数秒間の間に、
地上からはるか離れた上空へ一瞬で移動できる乗り物は、地球上に存在しない。
だとしたら...
「魔法...か?」
もう正直それしか考えられなかった。いや、中二くさいとか言わないでください。まじで。
だってありえねーじゃん!それしか考えられねーよ。本気で。
...仮に魔法だとしても、ここは一体どこなんだろうか。
樹海で思いだす場所はただ一つ。富士山麓の青木ヶ原樹海........って自殺の名所じゃねーか!
まじかよ...夜とかになったら自殺者の霊とか出てきそうな予感がするな。
と、なったらやることは一つ。ここを出ることだ。
ここで何かを考えているより、家に帰って起こったことを警察に相談した方がよっぽど有意義だ。
そう決断した俺は、樹海を抜けるため、前方に進んでみることにした。
俺の樹海に対するイメージは、
自殺者の霊がうずめき、薄暗く、冗談でも行ってはいけない場所というレッテルが貼られていた。
しかし、今現在樹海の中を歩いているが、存外そこまで暗いイメージではなく、
昼間だからだろうか。
木漏れ日が少し美しいものに感じられるように思えてくる。
だが、そう思えるのは周囲の音が入ってこない時だけだ。
数分歩いてみたが、周囲からの奇妙な泣き声が鳴り止むことは無かった。
それどころか何か人間の喘ぎ声らしきものまで聞こえてきた。
「アァン!アァン!イイッ!アァ!」
とうとう、女にモテなさ過ぎて幻聴まで聞こえるようになってきた。
そろそろ重症だな。こりゃ。
「...俺は頭がおかしくなっちまったのか?」
また口走る。
この言葉を前に言った時は、確か野村にこう言われた気がする。
「残念、元からだな」
うるせぇ、アホ野郎。なぜか思い出してツッコミをしてしまう俺。虚しい。
そういえば野村や康太はどうしてるんだろうか。
案外俺の近くにいたりとかする可能性も無いとは言い切れないからな。
意外と近くにいるかもしれない。
...いや、とりあえず今のところは。他のやつよりもまずは自分の安全第一だな。
迷って時が過ぎて死んでしまったら骨になってる...なんてこともあるからだし。
集中集中。まずは樹海を抜け出さないと....
おっ!あそことかサバゲーでいい狙撃ポイントじゃん!
めっちゃここでサバゲーやりてぇ!!!
「...俺は頭がおかしくなっちまったのか?」
集中しようぜ。俺。
________________
「だめだぁぁぁぁぁぁ!」
歩き始めてからおおよそ3時間は経っただろうか。
あれから全く道路や民家らしきものは見えず、樹海の終わりも無い。
正直1時間ほど歩いた時点で心は半分以上折れかけていたが、あと少し歩いたらもしかしたら!
という感情が俺の心を支えていた。
しかしその心の支えですら、今、俺が見ている光景で踏みにじられることとなった。
「ここ、最初に俺が落ちてきた場所じゃん」
自分の中ではしっかりと前進しているはずなのに、
3時間をかけて出発地点に戻ってきたのである。
これは俺が方向音痴だからなのか、それとも樹海が異様に入り組んでいるせいなのかははっきりしない。
だが、唯一ついえることは、俺の心のHPはほぼゼロだということで、もう歩けない。
「クソォ...何も収穫なしかよ...」
めちゃめちゃ疲れた...もう家で眠りてぇ。
ガサガサガサ!ガサ!
そう思ったその時だった。自身の前方にある草むらが揺れた。
ガサガサガサ!ガサ!
また揺れた。なんだろう。動物か?
ガサ!
姿を現したそいつは、この世に生きる生物とは思えないほどの透き通った半透明な緑色に体を包み、
かなり柔らかそうなスライム状の形をしていた。
ここで俺の脳内にあるゲームのワンシーンがよぎった。
「スライムAがあらわれた!」
「スライムAのこうげき!プレイヤーに1のダメージ!」
「たつやのこうげき!スライムAに10のダメージ!スライムAをたおした!」
「たつやは20のけいけんちをてにいれた!」
いや?決してドラ●エじゃないよ?いや、断じて違う。
しかしどう考えてもスライムAにしか見えないな...
いや!そんなわけない!現実にスライムなんてありえねーだろ!
...触って確かめてみるか?
俺の前方のスライムAは、ぷるぷるという擬音を発しながら、こちらの様子をうかがっているようだった。
そして俺は徐々にスライムAに近づいていく。まだスライムは動かない。
...またあのワンシーンがよぎる。
「スライムAはようすをうかがっている!」
「たつやはさんぽすすんだ!」
「スライムAはようすをうかがっている!」
「たつやはさんぽすすんだ!」
「スライムAはまだようすをうかがっている!」
よし、行ける!そう思って、進み、俺とスライムAとの距離があと俺の歩幅三歩分とまで迫った時、悲劇は起こった。
さっきまで置物のように大人しかったスライムAがいきなり俺に向かって飛び掛ってきたのだ。
「うぉぉ!?」
咄嗟に反応し、俺はスライムAの攻撃であろうものを避けた。
あぶねぇ!今のなんだよ!?
「スライムAのこうげき!」
「たつやはうまくよけた!」
ドラ●エのワンシーンで言うならまさにこれだった。
ただ一つ、おかしかったのが、俺のターンが無いということである。
スライムAの猛追が始まった。
「スライムAのこうげき!」
「たつやはうまくよけた!」
「スライムAのこうげき!」
「たつやはうまくよけた!」
「スライムAのこうげき!」
「たつやはうまくよけた!」
まてまてまてまて!スライムAの攻撃多くないか!?
当然の如く俺のターンはこないし、こさせてくれない。ドラ●エ方式ではなかった。
「スライムAのこうげき!」
「たつやはうまくよけた!」
くそ!なんならこっちも攻撃だ!
そう思った俺は、近くに落ちている木の枝を片手に取り、すぐさま反撃へと向かった。
「たつやのこうげき!」
「スライムAに5(くらい)のダメージ!」
「たつやのこうげき!」
「スライムAに5(くらい)のダメージ!」
「スライムAをたおした!」
...倒したのか?若干の疑問を心に浮かべつつ、俺はスライムAを覗き込む。
完全にのびていた。俺のシャイニングソード(木の枝)に散々叩かれまくったスライムAは、原型をとどめていない。
もはやくしゃくしゃになったメロンゼリーだ。
「...疲れた」
先も分からないほど深い樹海、ドラ●エにでてきそうなメロンゼリー。
意味の分からない展開の連続で、元々折れかけていた、俺の心は完全に折れた。
というか本当にここは地球なのか?樹海にだって生物は存在するが、
さっきのスライムのような生物がいるなんて15年間生きてきて聞いたことはない。
「一体何なんだよ...ここは...」
寝転がる。しかし、俺に疲れて寝ている暇など無かった。
木の枝や葉が重なり、空はほとんど見えないが、昼間の木漏れ日が、いつの間にか黄金色に染まっているのは分かった。
じき、夜が来て、周囲は闇に染まるだろう。そうすれば樹海から出られる手立てはほぼ無くなる。
つまりタイムリミットは正味1時間といったところだ。
それまでに何かしらの手立てを....
「あ」
完全に忘れていた。現代高校生の最もポピュラーな連絡機器。携帯電話を。
急いで携帯の画面をつける。まずは親に電話をしないと!
「...圏外です。電波のよい場所で...」
...ここが樹海だということを忘れていた。携帯は使い物にならない、か。
クソ!夕暮れまで時間が無い!早く出口を探さないと!
俺は最後の気力を振り絞って、出口を探しに向かおうとした。
しかし、再び俺の前方の草むらが揺れた。
次の瞬間、さっき同様、スライムが草むらから飛び出してきた。
またかよ...しかたない...また俺のシャイニングソードで倒すしか...
「スライムAがあらわれた」
「スライムBがあらわれた」
「スライムCがあらわれた」
「スライムDがあらわれた」
「スライムEがあらわれた」
...流石に多すぎるだろ。一体じゃなくて五体とか...
いや、あきらめるな俺!きっと俺のシャイニングソードならどんな敵にだって勝てるはずだ!
「うおおおおお!」
俺は全身に力をこめ、スライムたちに立ち向かっていった。
「おりゃああああ!」
パキ。
だが、勢い虚しく、俺のシャイニングソードは折れた。
「え?」
すると次の瞬間、この時を待っていたかの様に、スライムたちが一斉に、
俺の顔面めがけて飛び掛ってきた。
「うぉぉぉわわああああ!」
息が!苦しい...クソ!スライム如きに負けるなんて...
くそ.........
顔面を緑色のゼリーに包まれる中、俺の意識は薄れていった。
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「あぁぁ、スッキリした」
「そうだなぁ、さて!村に帰るか!」
「おい!あれみろあれ、何かあそこ、人が倒れてるっぽいけど」
「...顔にスライムついてるぞ、あいつ」
「なんだそりゃ?新しいプレイか?」
「しかも見慣れない服だな?他の国のやつっぽいし」
「...まだ息があるな。村につれて帰るか?」
「だな。ここで放っておくわけにもいかねぇだろうし」
「わぁった、じゃあそっち持て、いくぞー一...」
「......」