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Far East  作者: 桃川千鶴
2/9

発見 (1)

二〇六四年三月。

 梅が香りだし、静かに春が歩いてくる頃。会議室の一つで総帥と元老院のみである案件が話し合われていた。

「内戦ですか」

「内戦というより政府の暴走――独裁に近いですね」

 ネーシェス国で政府が「政策」の名の下に国民――70%を占める貧民――が虐殺されていた。既に死者は十万人を越しているという。各国のメディアが競うように情報は更新していく。

「どうして今まで放っていたのだ?」

「我々に気づかれぬよう密かに仕組んでいたんでしょう」

「ここまで来たら手に負えん。どうしろと言うのか」

「レジスタンス側からは救援の要請が、政府側からは死体処理の委任が……」

「死体処理は我々の仕事ではない!」

「しかしなぜレジスタンスが我々のことを知っている?」

「元・高級官僚のツテだそうだ。国連にも同じ物が届いたらしい」

 一通りの疑問が解決したらしく、会議室は静かになった。

「それでは私たちはどうすればよいとお思いですか?」

 それまで一言も喋らなかった総帥――恭祐が皆に問いかけた。すると蜂の巣をつついたかのように、それぞれが勝手に話し出す。

「政府の肩を持つ気には絶対にならん」

「だが、レジスタンスに力を貸すのも……」

「ああ、我々の存在が公となる」

「兵を有色人種で揃えれば良いのでは?」

「傭兵に見立てるのか」

「いや、揃えなくとも元々有色系の兵士で構成されている隊があるじゃないか」

 恭祐としては、選びたくない方向に走り出した。

(わざわざ狼に噛まれにいかなくてもいいのに)

 しかし、時すでに遅し。

「そうですね。幸い指揮官も今はどの任務にも就いていませんし」

 一番刺されたくないところを刺された。

 恭祐の意に反し、各々が感嘆の声をあげる。どうやら満場一致のようだ。

「この案で行きましょう、総帥」

「……」

 無言で、少しだけ逆らってみるが、そう容易く案が変わるわけでもない。

「わかりました。明日にでも現地に向かわせます」

 組織的には元老院のほうが下だが、こういう点ではなぜか勝てない。一つため息をついてから部下への呼び出しの手紙を書き始めた。





 三十畳ほどあると思われる部屋の窓際に置かれたソファに1人の少女が寝そべっていた。十五、六歳ぐらいだろうか、少女はぼんやりと外を眺めている。

 そこへ一匹の黒猫がやってきた。よく見るとその猫は器用に口で手紙の入っている封筒を持ってきた。猫は撫でて欲しいらしく、ソファから垂れた少女の手にまとわりつく。

「ごめん。今そんな気分じゃない」

 少女は猫が持っている封筒に気づかなかったようだ。

 猫は諦めたかのように封筒をクッションの上に置いて、くるり向きを変えてと扉の方へと歩いていく――のではなかった。

 猫が宙返りをしたのだ。

 するとそこにはさっきまでの猫の姿はなく、かわりにメイド服を着た20歳ぐらいの女性が立っていた。だがよく見ると、女性にはネコ耳としっぽがついている。

 その様子に少女は驚くこともなく、じっとしている。

 メイドは埃を払うような仕草の後、クッションに置いた封筒を少女に差し出した。

「お嬢様、この手紙を読んだ上で十七時までに部屋に来るようにと」

 メイドは敢えて差出人の名前を告げなかったが少女には分かったようだった。

 しかし少女は封筒を受け取らず、ただ外を眺めている。

「まだ二時間もある」

 それが少女の言い分のようだ。

 その言葉を聞いたメイドは、どこからか懐中時計を取り出し時間を確認した

「おかしいですね。私の時計では後三十分ほどなのですが」

 そう言うと少女の目の前で封筒をひらひらと振る。渋々受け取り封筒を開ける少女を横目にメイドはクローゼットとの往復を始めた。

「お召し物を」

「必要ない。かわりに遠征の準備をしておいて」

「かしこまりました」

 少女は立ち上がるとまるで別人のように扉へ颯爽と歩いていく。

 途中で何かを思い出したのか、ふと振り返って一言。

「今度『お嬢様』って呼んだら承知しないからね、アリス」

 アリスと呼ばれたメイドはふふっと笑って答えた。

「かしこまりました。瀬十菜様」





 書類の整理をしていると、遠慮がちにドアを三回ノックされた。

「どうぞ、開いてるよ」

 書類から目を離さずに答えた。恭祐の仕事部屋を訪れる者はそういない。まして三回もノックをする者など。

 カチャッとドアが開く音と同時に顔を覗かせたのは十五、六歳ぐらいの少女――瀬十菜であった。

「何の用でしょうか」

 そのつっけんどんな言い方に恭祐は苦笑した。

「用件は手紙に全部書いたつもりだったんだけど、何か書き忘れてたか?」

「何故私なのでしょうか」

「元老院直々のご指名だ。文句があるなら彼らに言ってくれ」

 恭祐の答えに瀬十菜は不機嫌極まりない様子で言い返す。

「私以上に優秀かつ適任の人がいる筈です」

 恭祐は手にしていた書類を置き、真っ直ぐに瀬十菜を見た。

「他の将は各自任務に就いている。二ヶ月近く仕事をしていない奴に回すのは当然だと思うが?」

 恭祐の言葉に瀬十菜は言い返さないかわりに、唇を強く噛んだ。

(お前が折れるのはここじゃないんだ)

「食料も弾丸も備品も好きなだけ持って行け。補佐官も適当に連れていけばいい」

 恭祐は瀬十菜から目を逸らし、別の書類を引っ張り出した。

(こいつが今何を考えているのかはよく分かる)

 そのための手回しも忘れずにして、顔をあげた。

「これ以上用が無いなら出て行け」

 言わなくても良かったかもしれない。せめてもの抗議のつもりか、瀬十菜が乱暴に閉めていった扉を恭祐はしばらくの間見ていた。





 瀬十菜が出て行ってから約十分後、部屋を二回ノックされた。

「どうぞ」

 あまり嬉しくない来客だが断るわけにもいかない。

 入ってきたのは、軍事強化部長であり、古くから総帥一族である天宮家に戦闘術を叩き込んできたルカだった。

「先ほど瀬十菜様が鬼のような形相で私の家までやって来ましたよ。ぜひ今度の遠征に参加するようにと。よほど頭に来たんでしょうね」

 恭祐はこの男が苦手であった。穏やかに、しかしくどくどと、小言やら説教やらを挟むからである。

「少々過保護すぎではございませんか。私の勤務シフトまで変更して瀬十菜様に付けられるとは」

「ああ、分かっている」

 この男の腕を知っているからこそ彼のシフトをいじったのだ。

「世間ではあなたのような方を『親バカ』というんですよ」

 いつもながらの小言に恭祐は曖昧に笑って誤魔化した。

ページ編集をして3回分が一つになりました。

(2011.12.06)


時代が50年ほどとび、派遣先に国名をつけました。

(2012.10.10)

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