ささえ
目を開けても、何も見えない。
暗い世界は埃まみれで、涙が溢れてきた。
「誰かいるか!」
怒鳴り声に咳き込んで答えた。
「待ってろ!」
「急げ!」
野太い男たちの声が近づいてきた。しばらくして、闇が晴れた。崩れた家の隙間から見上げた空は、青かった。
差し出された手を握る。
黒く汗に汚れた手は、厚く、熱かった。
*
妹と連絡がつかない。
携帯は圏外。自宅の電話は静かに眠っていた。
彼女の勤め先まで走った。窓ガラスが割れ、壁が崩れていた。
人の気配がないことで、かえって安心した。避難した後のようだった。
近所の公民館や学校の体育館を見て回ったが、妹の姿は見つからなかった。
数日が過ぎた。
節約のため、携帯の電源を入れるのは、数時間おきだった。
アンテナは一度も立っていない。
今日も駄目か、と肩を落としたとき、流行りの音楽が鳴り響いた。
振り返ると、携帯を握りしめる学生がいた。泣いていた。
携帯を見ると、アンテナが二本立っていた。
急いでリダイヤルする。
久しぶりに聞いた呼出音。
「出てくれ、出てくれ」
「……お兄ちゃん!」
「のぞみ!」
妹の涙声が鼻の奥を刺激した。
*
誰も何も言わない。
靴が土ぼこりを巻き起こし、地面から浮き上がった木の根を踏みしめた。
早朝に出発してから、小休止を何度かとっていたが、腰は一度も下ろしていない。座り込んでしまえば、立ち上がるのにエネルギーを使うからだ。
口にするのは水と、甘く柔らかいクッキーだけで、腹の中が空にならない程度にする。山登りの基本を守り、体力を温存しながら、ひたすら歩き続けた。
背負子の重みは、背中全体で受け止めた。何人もの人たちの命を繋ぐ、水や食糧を背負っていた。
半日以上かけた行程の終点が見えた。
崩れた木造家屋と、大量の土砂で、辺りは茶色に溢れていた。
予想されていた光景に、誰も何も言わない。足場の悪い人工物の山を避けて、黙々と進んだ。
避難所と思しき公民館に近づくと、疲れた人々が座り込んでいた。彼らの表情が瞬時に笑顔に変わる。
「助かった」
「ありがとう!」
涙は、悲しい時にだけ流すものじゃない。
「お待たせしました」
背負子を下ろしても、肩の荷が下りたわけではない。
これから、何度でも物資を運ぶことになるだろう。これは、はじめの一回に過ぎないのだ。
本当に重いものを背負っているのは、自然の猛威に遭遇した人たちだ。その重みを少しだけ、肩代わりすることはできる。支えることができる。
差し伸ばした手がふれあい、微笑みが重なった。