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ささえ

作者: あると

目を開けても、何も見えない。

暗い世界は埃まみれで、涙が溢れてきた。


「誰かいるか!」


怒鳴り声に咳き込んで答えた。


「待ってろ!」

「急げ!」


野太い男たちの声が近づいてきた。しばらくして、闇が晴れた。崩れた家の隙間から見上げた空は、青かった。

差し出された手を握る。

黒く汗に汚れた手は、厚く、熱かった。



妹と連絡がつかない。

携帯は圏外。自宅の電話は静かに眠っていた。


彼女の勤め先まで走った。窓ガラスが割れ、壁が崩れていた。

人の気配がないことで、かえって安心した。避難した後のようだった。


近所の公民館や学校の体育館を見て回ったが、妹の姿は見つからなかった。


数日が過ぎた。


節約のため、携帯の電源を入れるのは、数時間おきだった。

アンテナは一度も立っていない。


今日も駄目か、と肩を落としたとき、流行りの音楽が鳴り響いた。

振り返ると、携帯を握りしめる学生がいた。泣いていた。


携帯を見ると、アンテナが二本立っていた。

急いでリダイヤルする。

久しぶりに聞いた呼出音。


「出てくれ、出てくれ」

「……お兄ちゃん!」

「のぞみ!」


妹の涙声が鼻の奥を刺激した。



誰も何も言わない。

靴が土ぼこりを巻き起こし、地面から浮き上がった木の根を踏みしめた。


早朝に出発してから、小休止を何度かとっていたが、腰は一度も下ろしていない。座り込んでしまえば、立ち上がるのにエネルギーを使うからだ。


口にするのは水と、甘く柔らかいクッキーだけで、腹の中が空にならない程度にする。山登りの基本を守り、体力を温存しながら、ひたすら歩き続けた。


背負子しょいこの重みは、背中全体で受け止めた。何人もの人たちの命を繋ぐ、水や食糧を背負っていた。


半日以上かけた行程の終点が見えた。


崩れた木造家屋と、大量の土砂で、辺りは茶色に溢れていた。

予想されていた光景に、誰も何も言わない。足場の悪い人工物の山を避けて、黙々と進んだ。


避難所と思しき公民館に近づくと、疲れた人々が座り込んでいた。彼らの表情が瞬時に笑顔に変わる。


「助かった」

「ありがとう!」


涙は、悲しい時にだけ流すものじゃない。


「お待たせしました」


背負子を下ろしても、肩の荷が下りたわけではない。

これから、何度でも物資を運ぶことになるだろう。これは、はじめの一回に過ぎないのだ。


本当に重いものを背負っているのは、自然の猛威に遭遇した人たちだ。その重みを少しだけ、肩代わりすることはできる。支えることができる。


差し伸ばした手がふれあい、微笑みが重なった。


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― 新着の感想 ―
[一言] きっと実体験が元になっているのでしょうね。 厳選された言葉の中にも、深い心情が感じられます。 僕は福島県の沿岸部に住んでいます。 宮城や岩手などがどんどん復興が進んでいく中、原発のために今だ…
2011/05/10 22:56 退会済み
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