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 暗い森の中にぽつぽつと魔力の灯りが点き始める。この薄暗い地にも昼夜の別はあるのかと、堕天使達がより暗く重たい曇天を見上げた頃。

 白衣を纏った長身の青年がその身を屈めるようにして、ひとつの天幕の入り口を潜った。

 中にいたのはあの部隊長達。以前と同じように円陣を為しているが、故に余計その欠けた箇所が目立つ。

 ルシフェルは欠けている二名がいるはずの場所をちらりと見やり、すぐに自身もその輪に加わり座った。少し顔色がよくなったように見えるのは気のせいだろうか。

 

「すまない、待たせたか」

 

 否定の声は三つ。……そう、円にも、ならなかった。アシュタロス、メフィストフェレス、そしてベリアル。

 

「彼らの容態は」

「幾らか落ち着いてきたよ。まだ安心はできないがね」

 

 沈黙が降りる。万が一の可能性がここまで迫ることは初めてだった。彼らは立場上、様々な状況を想定していなければならない。だが仲間として、最悪の結末など考えたくもないのもまた事実。

 静寂を破ったのはベリアル。彼はそれが素なのだと言わんばかりに微笑を湛えていたが。

 

「で、君は何をしていたんだい?」

 

 鬱々とした空気を払拭せんと、努めて明るい口調で切り出す。

 ああ、と座り直した堕天使も別に沈むために来たわけではなかったから、すぐに気を取り直して本題を持ち出す。

 

「ベルフェゴールに会ってきた」

 

 それまで地面を見つめていたアシュタロスも、弾かれたように隣の主君の顔を見た。淡々と静かに語る彼は部下の驚きにも動じず――「そっちじゃ、ないんだけどねぇ」、堕天使の呟きも聞こえず。

 

「果たし状を渡しに行ったんだ」

 

 あまりに突飛で直接的な単語に、ルシフェル以外の三名は首を傾げる。

 

「ベルフェゴール様……というと、悪魔の、ですよね? 果たし状というのは……」

「我々が万魔殿(ここ)の覇権を手にしなければいけないのはわかっているな。煉獄を抑えつけるためにも、堕天使の存在を認めさせるためにも」

 

 世界を保つための行動は悪魔に任せることも、協力を持ちかけることもない。ただ“彼が”この都の王となるため。彼の望みから全ては始まったのだから。

 自負と期待を背負い。期待の大きさが堕天使の数だ。“最高傑作”を妄想だと思う者は誰もいなかった。

 

「いわば玉座争奪戦を行う。事情は話したものの、それでは万魔殿の民は納得しない。この先ここで生きていくためには、最初から我々の力を見せつける必要がある。よって地獄の掟に則り、実力で玉座を勝ち取る」

「そんな、不利です! 彼ら悪魔は本当に容赦がないと聞きます。時に穢れなき命を奪うことさえ厭わないと……。まさか天使がそのような、」

 

 つい今しがた、初めての戦を終えたような。堕天したとはいえ中身は善なる者。気持ちにおいても技術においても、実力社会を生き抜いてきた猛者に立ち向かうなど無謀。

 さらには霊体ではなく肉体としての性質が強くなってしまったことを思うと。玉座を奪いにいくのだから、敗けた場合に待ち受ける結末は一つだけ。

 

「貴方が戦うのでしょう? お願いです、別の方法を」

「アシュタロス。覚悟なら負けぬ」

 

 紫苑の瞳は見ずにきっぱりと。

 

「私が信じられないか?」

 

 痛いところを突かれ、アシュタロスは押し黙った。信じる、信じないの問題ではないのだと。そう言ったところで彼の決意が覆らないことを悟り、これ以上の論議を避けたといってもいい。

 話は進む、世界は廻る。彼の手の上で。

 そんな錯覚さえ起こさせるほど、彼からは不安というものが一切感じられなかった。それは却って彼女に一層の胸騒ぎを覚えさせたのだが。

 

「挑戦者が有利なのは公平じゃない。そういうことかい?」

「それもある」

「君らしいよ」

 

 と、それまで考え込んでいたメフィストフェレスがベリアルの言葉に被せるように、ルシフェル君、と名を呼んだ。

 初老の紳士は厳しい顔をしていた。が、彼もまた主君を止めることはない。

 

「君がひとりでベルフェゴール君と剣を交えるのか?」

「いや。二対二にしてくれと向こうから申し出があった。何か理由があるらしいが」

「二対二……他に誰を連れていく気でいたのかね」

「動けるようならベルゼブブに頼むつもりだったが……」

 

 険しい表情は、金髪の美しい天使に向けられる。

 

「無理な場合はベリアル、お前に頼みたい」

「了解」

 

 軽い調子で応えた堕天使は、実は最も戦場向きの性格をしているのだとルシフェルは知っていた。だから反乱の際にも早々に退避させたのだ、天使側のガブリエルのように。彼女に対する理由は無論、異なっていたが。

 

「これは反乱ではなく、勝つための戦いだ。ここで勝たねば何もかもが無駄になってしまう。仲間のためにも、何をしようとも玉座を勝ち取らなければ。そのためにはアシュタロス、メフィストフェレス。お前達は優し過ぎるのだよ」

「僕は優しくないってこと?」

「さてな。自分の胸に聞いてみろ」

「酷いなぁー」

 

 やっとルシフェルは小さく笑った。ベリアルとの軽口の応酬を聞きながら、二名の堕天使が同じ言葉を呑み込んだのは言うまでもない。言えば恐らく彼らの主君は否定するだろうことは想像に容易かった。

 

「我々が堕天したことを向こうの幹部は知っているが、万魔殿全体には広まっていないらしい。他の下位の悪魔に興味半分で接触されても困るし、結界はこのまま展開しておくことにする」

 

 それと、と。立ち上がり、土を払いながらルシフェルはまた笑った。ほんの僅かに。

 

「恐らく我々の考えは正しいぞ」

「え?」

「万魔殿を手中に収めた後でも確かめるのに遅くはないが……地獄における絶対、これはきっと天界と同じ――“主”だ」

 

 何故世界に“悪”が存在するのか。彼らなりの答え、主に抱かれながらルシフェルが汲み取った感覚。

 

「地獄も、主の箱庭であると?」

「詳しくはわからなかったが。煉獄についても面白いことが出てきそうだな」

 

 面白い、のかどうか。判然としないけれども、彼が何かにたどり着こうとしているのなら喜ぶべきことだろう。曖昧に唇を引きつらせる臣達もまた腰を上げる。

 

「今宵はとりあえず解散としよう。ご苦労だった。……ああ、あとアシュタロス」

「はい?」

 

 彼女が振り向くと。

 

「お前、動けるか? 怪我がなければ明日、手合わせを頼みたいのだが」

「え、ええ。もちろん僕は構いませんが……」

 

 貴方は、と聞くより先に。ルシフェルはひらりと手を挙げて背を向けていた。

 

「感謝する。では、また明日」

「は、はい」

 

 結局最後に残った彼女は、天井近くに漂っている魔力の灯りをそっと消すことに。ゆらりと揺れた橙色の光りに、忠臣のため息がふと重なった。

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