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Warfare (7)

 感覚の糸を伸ばす、伸ばす。

 そこらじゅうに張り巡らせて、それはまるで獲物を待ち受ける蜘蛛のように、しかし計算など不要だ、これだけの人数が暴れまわっているのだから。

 触れるものを片っ端から“飛ばし”ていく。敵か味方か、考えるより先に能力を行使する。

 邪魔だ、邪魔だ。誰もかれもが。

 これだから人数が増えると面倒だったのだ。所詮は私に及ぶ者などないのだから単身乗り込むことも厭うべきではなかった。

 消えろ、消えろ。貴様らはこの場に相応しくない。

 飛ばしては飛び、消し去っては消える。ひたすらに、ひたすらに。まずは舞台を整えねばならぬ。私が、あの大天使へ剣を向けるため!

 まだ出てはこないか。それも良い、長としては。先に討ちとられ、みすみす味方の戦力を削ぐ形になっては興ざめだ。だがもし力があるのなら先導するのも長の役目。自ら駆け抜けそして、消して消して消して。


 幼い天使が駆け寄ってくる。この戦場に相応しくない。

 存在へ干渉する瞬間。別の天使が“糸”を断ち切ってきた。代わりに青の襟巻をしたその天使を絡め取れば、もう片方が何事か叫びながら突進してくる。

 幼い、天使だ。

 金の髪の幼子を思い出し、私はそれを消すのをやめた。刃向う者を消したところでつまらぬ。私の悪行を言い触らし、恨みを募らせれば良いのだ。それで私は救われる。

 これ以上の長居は無意味だ。まだまだ消すべき相手が多すぎる。ひたすら心を失くした傀儡の如くに、感覚を研ぎ澄ますことに集中する。痛いほどの反応と悲鳴と。いちいち応じることはもう、勝手に入り込んでくる膨大な情報に麻痺した精神ではままならぬ。


 だのに何故。

 私は泣いているのだろう?



***



 どうにか体を起こせるまでに回復したラファエルがまず見たものは、折れた剣を修復するために能力を行使しているミカエルの姿だった。


「――ミカエル、何をしてる!」


 慌てて止めさせるが、彼はすっかり土に塗れた金髪をふるふると揺らす。俯き、顔もあげぬまま身を震わせる大天使の姿に、ラファエルはかける言葉を持たなかった。運び込まれる前に“役割”を主張したが故に傷つけたことを謝罪しようと思っていたから、尚のこと、そんな場合ではないなどと主張するには気まずかった。

 山積みの剣。《神軍》所有とはいえ事故が起きることもあろう。どこから集めてきたのかぼろぼろの刃を前に、ラファエルはそれらの持ち主を思った。確かにこの大天使は物の時間を巻き戻すことも出来るが、それは果たして命までも巻き戻せるものではない。


「僕は……僕には何もできない」


 徒に卑下しているわけではなかった。ラファエルはこうして身を挺して戦い仲間の治癒も行い、ウリエルは最前線で士気を高めてくれている。皆、戦っている。


「迷っているのは僕ひとりなんです」


 違う、とどんなにか言いたかったか。それが許されないのは彼らが天使であるからで、同時に愛し子の兄を思ったから。ミカエルを、これだけの情愛を前にして、誰がルシフェルへの愛を語ることができようか?

 だが戦況は厳しかった。彼らははじめから知っていた。どれだけ兵士の数に差があろうともあの美しき裏切り者は、たとえひとりでも最後まで戦うだろう。そしてそれを討つことができるのは、


「ミカエル、本当に成すべきことを見失うな。お前が倒れたらどうにもならないだろう?!」

「だって私が頑張れば誰も消えずにすむのに! “僕”には頑張り方がわからない!」


 ようやく上げた顔は悲痛だった。本当に光のような愛らしい天使から笑みを奪っただけでも、彼の者の罪は重い……何もかもが元通りになることはあり得ない。わかっているから彼も時を操ることはないのだ。事実は変えられても心は変えられない。

 潤んだ碧眼の鋭さをふと緩め、ミカエルはラファエルの頬に手を伸ばした。恐る恐るといった風に触れる小さな手の上から、ラファエルはそっと己の手を重ねる。その片目は包帯に覆われたまま。


「ラフィ、目……!」


 《神軍》側の流れ矢が当たったその瞳は。


「そんな……っ」


 黙って首を振るラファエルに、今度こそミカエルは一筋の涙を流す。

 片目だけで済んで幸いだったと言うべきか。本来ならば存在を消してしまってもおかしくないその光に、自身も癒しの天使である彼は回復の術がないことを知っていた。


「俺のために泣いてくれてありがとう、ミカエル」

「僕は何も失っていないのに……! 僕は、本当に無力だ……」

「大丈夫。俺は、大丈夫だから」


 剣を持たせたのは彼の天使自身ではないか。主がここまで見越していたとすれば、嗚呼、己は彼ら兄弟の幸福を願ってやまない。


「ミカエル」


 名を呼べば見上げる蒼眼。もはや唯一つの“特別”を除いて手立てはなかった。幼かったはずの天使、その両肩にかかった重さを当人は必死で支えようと、撥ねのけようと葛藤している。でなければ、これだけの逡巡を見せておきながら、握りしめられた拳が震えるはずもない。


「一天使に過ぎない俺が言うことではないのはわかっている。その上で、頼みたいんだ」

「…………」


 縋りたい、とはあまりに重たいのか。しかし。


「救ってくれ、ミカエル」


 兄は瞬間、弟は継続。先に力尽きるのは。

 しかし目の前の彼もまた、愛し子であることに他ならない。“籠”としての“加護”。翼に、輝きを。

 引き結んでいた唇を微かに開きひとつ息を吐いて。どこか諦念も見えたような、そんな表情で大天使は言う。


「……僕は、《主》では決してありません。でも、」


 兄を、この手で討たねばならない――。


「救います。何に代えても、この楽園を」

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