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Vow


「……それで、良いのか」

 

 集った天使達は、誰ひとりとしてその場を立ち去ることはなかった。

 

「私はお前達に……死を、要求しているのだぞ」

 

 反乱の目的――世の理。筋書き全てを伝えられ、それでも彼らは選んだ。剣を手にした。

 

「……ならば、」

 

 長はいよいよ決意する。鍛えられたばかりの剣を掲げ誓う。

 

「よろしい。諸君の焔、この私が全て背負おう」

 

 愛すべき朋に敬意と、

 賛美と、

 信頼と、

 期待と、

 ――最大級の、祝福を。

 


 

***

 


 


「諸君は上級天使は相手にしなくて良い。彼らは我々が引き受ける。武器に当たれば仕舞いだ……常に先手を取っていけ!」

『はっ!』

 

 揃わぬ返事。当然だ。そんな訓練など彼らは受けたことがないのだから。

 

 上級天使達を従え“元”天使長が述べた言葉は、それまでのどの忠告よりも彼の身に迫るものがあった。

 武器に当たれば、死ぬ。

 《神軍》が扱う武器は恐らく主に授けられたものだろうと、自らはその剣を捨てた長は言う。特別な武器は霊体である天使の命を削り、存在を消す。

 死という概念を思い、“下級天使”である彼は隣の天使に気付かれぬよう身を震わせた。存在が消える。それは確実に起こり得ること。しかし想像はつかない。それまで彼の身の回りにそんな恐ろしい影はなかったから。

 断罪、というのは確かにあった。ごく稀に、彼の愚かな同胞が《神軍》によって罰せられたという話は耳にしていた。しかしそれはあくまでも一時の“追放”に留まり、時間が経てば赦しが得られ、――長が“あの剣”を実際に振るうことはなかった。

 今。彼の目の前に立つ天使の長は、新たな剣を腰に帯びている。落ち着いた色合いながらも凝った装飾の鞘に収められた立派な長剣。彼のいる所からは長達が並ぶ場所はやや遠かったが、それでもかの長の威厳に満ちた姿ははっきりと確認できる。凜として気高くありながら、優美。上級天使達も充分美しいが、中でも《光》の御子の美しさは際立っていた。

 見た目だけではない。その考えさえも。

 彼は自らの剣の柄を握りしめた。先に配給されたものだ。上級天使のひとりが「戦う気のあるヤツは、持ってけ」と、剣や甲冑の山を前に立っていた。生まれて初めて手にする、剣。経験の無さを思うと少し躊躇いはしたが、気持ちの面で彼に迷いは微塵もなかった。

 戦、というものをどこで知ったのかはわからない。ただ彼は仲間達と共にとある天使の演説を聴き、そして長の、主君となるべき天使の力になりたいと願うだけ。本当にそれが自分の心かと問われても彼は答えられない。無用な思考をするのは彼の仕事ではなかったし、所詮は心が誰のものであるかなど理解している天使はいないのだ。

 演説は確かに胸打つものがあった。だが“王”の口から直接語られた言葉には遠く及ばない。酒酔いに似た心地好さ、そのまばゆさに憧れと恍惚とした思いを抱き、彼は思わずため息を洩らしてしまったほど。崇高な思想、凡庸な天使には思いもよらない思慮、完璧なその計画。羨望するのも憚られる、あまりに偉大過ぎる。彼らと王はそもそも同じ場所に立ってはいない。

 一度だけ、彼は間近で天使長を見たことがある。言葉で表しきれぬ美貌と、創り主の愛情を一身に受けたことが一目でわかる姿。力の証である金刺繍の長衣を風に流し、長は宮殿の外にいる彼らにも慈愛の言葉をかけてくれた。

 剣を手に同胞を見渡す長は、もうあの衣を身につけてはいないけれど。そんな些細な違いで最高傑作の威光が損なわれることはない。

 何より、その瞳である。紅の、美しい光を帯びた瞳。初めてそれらを目にした時、彼は背筋を走り抜ける不思議な何かを感じた。優しさや穏やかさだけではない。憂いも切なさも、光も影も。世界の全てがその眼差しに含まれているような気がしたのだ。鋭くも他者を惹き付けてやまない瞳。だから王は朋に囲まれつつも、孤高を貫く。それは自身が不可思議な光の中に“引きずり込む”ことを憂慮しているから、なのかもしれない。

 端的に言ってしまえば、彼は気高きその王に惚れたのだ。否、彼も惚れた中のひとりであった。信頼するには充分過ぎる有能さと、他者の上に君臨するべくして生まれた天性の気質。もはや王の敵は“世界”、そして“運命”。自らが少しでも力になれるのであれば、心身ともにこの戦に、王に、捧げることはむしろ栄光と呼ぶに足るものだった。

 王が、再び口を開く。

 

「――これより移動を開始する。遅れをとることのなきように。もし万一にも何か不都合あらば近くの上級天使に知らせて欲しい。隊列を乱さず、順について来い」

 


 

***

 


 

 最後の山を越え進むこと半日。白亜の宮殿を望める場所に来て、長の合図に漸く彼らは足を止めた。

 懐かしい故郷、と言うのはまだ早いかもしれない。意思表示を通行証に、長の力で“飛ばされ”てから一体どのくらいの日が経ったのだろう。だがもうあの純白の居城へ戻れないことは確かだった。次にかの地を踏む時は仲間だった天使の命をも踏み躙る時だ。剣を手に、怒号と共に。

 

「結界の収束を。ご苦労だった」

 

 王の言葉の後ろをさざ波のような詠唱が通り過ぎる。宮殿の天使達に気付かれぬように《戦神》などの上級天使が展開していた結界、それを解除するための詠唱だった。

 もうじき慌ただしくなるであろう白亜の城を背後に、大天使は同胞の前に立つ。武器を手にした天使達は無言で迎えた。

 

「いよいよ、この時が来た」

 

 異様に静かな、それでいてよく透る声。緊張を滲ませながらも、不安感を煽るまいと気丈さは忘れない。

 

「諸君には言い尽くせぬほど感謝している。本当にすまない、そして、ありがとう」

 

 謝罪と感謝。それは今から戦に向かうにしては少々覇気に欠ける言葉だった。

 だが彼が一天使であったのはそこまで。

 

「私も新たな秩序に責任を持つと誓う。だから諸君もまたこうして皆で集うことを誓って欲しい」

 

 全員が揃うことは、もうきっとない。それでもたったひとつの目的のために彼らは挑む。たとえ本当に誓うことのできる者はいなくても、結末に暗い影が差していても。長は確かにその言葉を下し、彼らの帰るべき場所を作り上げた。

 大天使の動きに合わせ一斉に剣が抜かれる。手に手に得物を持ち緊張に唇を噛みしめながら、その高揚した気持ちの正体を知る者はない。

 

「今この瞬間より、我らは反乱者である!」

 

 向けてはいけなかった力、武器、敵意。名も役割も責務も、全てが過去のものへと流されていく。

 

「恐るるなかれ、朋よ! 気高き己に誇りを持て! そして願わくは我らの手に栄光を!」

 

 背を向け、叫ぶ。

 彼は。

 す、と宮殿へと剣の切っ先を向けた。以前の彼ならば絶対にあり得なかったその動き。微塵も揺らがぬその思い。

 宣戦布告。

 主へ向けるは鋼鉄の決意。心に抱くは理想に彩られた誇り。空へ吼えるは新たなる王者。

 望みはひとつ。それはまさしく咆哮だった。

 ――世界を、手中に。

 

「全軍……続けぇ――ッ!!」

 

 天使達の怒号が楽園の大地を震わせる。波のようにうねり白亜の城へ迫る叫び。そして、終わりが始まる。


【誓い】を!

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