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Treason―Orator


虚実の違いは何処にあるか? 単なる流れのうちと思えば【雄弁家】は救世主をも恐れない。



***


 

 友よ! 尊き焔を燃やす者よ! ここに集い私の話を耳に入れんとするその勇気に敬意を表し、まずは感謝の言葉を伝えておく。

 我々は今ここに新たな王を立てるに至ろうとしている。煌びやかなその玉座に我々の主君を迎えんとしている。はじめに、何故彼が剣を取るに至ったか、何が彼の心を果敢なる決断へと導いたかを説く必要があろう。

 

 ひとつに、彼はこの世界の“理”を何者よりも早く悟ったことを挙げる。彼が主の――それは今や過去のものとなろうとしている主のことであるが――御心を誰よりも深く理解していたという事実は忘れてはならない。他のどの天使よりも賢く《光》の名に相応しき大天使は、主の御言葉を唯一聞き、そして確信を強めた。曰く、この世界を動かすのは我ら自身の手であると。

 ――おお、動じるなかれ友よ! その騒めきこそが諸君の心の内にふたりの主君が在る証明なのだ。片一方の主は見守ることしかできぬと仰る。それ即ち、我らの目の前に在る主君の手に全て委ねられたことにはなるまいか。

 

 尊き《光》の御子は考える。我らの世界に満ちた矛盾を、夢想との食い違いを。これが第二の理由だ。

 例えば彼が託された楽園の統治、或いは定められた規律について考察しよう。真に我々天使が善なる者であるならば掟は不要なはずだ。にもかかわらず規律は存在し、まして断罪のための軍や力が備わっている。これは我らの自由意志の広がりを示してはいないかと彼は思った。つまり、過つことが想定されていたのなら、今更いわゆる罪とされている行動を起こすのに何を躊躇う必要があろうか、ということだ。この崇高な思想は私が先に及ぶことはないまでも、強く同意するところである。諸君の内にも同志が多くいると是非期待したい。

 等価値とうたわれる命には序列が、楽園の民には掟が、それぞれ我らを縛る鎖となっている。実に幻惑的で見破りがたく、勇気ある者を選ぶのに優れた仕組みであると、幸いにして気付くことができた諸君は感じるであろう。となれば、定められた枠組みを脱することは、私の意見を述べさせてもらえば、御座におわす過去なる主がお望みになるものと一致するはずではないか。我々が置かれた状況こそ、意志の導きに従うままに支配から羽ばたく追い風となろう!

 

 また更に挙げるならば、先頃誕生した新たな生物についても王は憂慮しておられたと伝えておきたい。厳密には、その者達が彼の背中を押したのだが。あの者達――人間、という名は諸君も知るところと思う――が、何故我ら天使と似たような造形をしているのか。そのくせに何故能力も翼も持たず、命に期限が設けられているのか。ここに我らの新たな王は誠に整然とした解答を与えてくれる。そのためには最初に、天使が半永久的存在であることに注目する必要がある。……端的に言うなれば、我ら天使は実験台とされたのではないだろうか。諸君、落ち着いて聞いて欲しい。聡明なる王はこの恐ろしい結論にも逃げることなく立ち向かおうとしているではないか。そう、その通りだ、だからこそあの者達は不死ではないのだ。我らのような能力は生に不要だとの判断が下されたに違いないのだ。

 だが絶望してはならない! 逆を言えば、能力がありながら素晴らしき楽園を築き、保ち、進め続けてきた我々が如何に優れていることか! 今その諸君の力を、王は必要としているのだ。枠を脱し、優れた力をあまねく全ての世界へもたらさんがために。

 否……私も少々言葉の選択を誤ったことをどうか許して欲しい。しかしこの過ちが諸君を奮起させるに至り、王の力となったことを信じたいと思っている。

 

 ――かの偉大なる王は諸君を前にしてひょっとすると、諸君自身の身の大事を考えるようにと言うやもしれぬ。一天使に命を捧げるなど愚かしい、己の生を他者に与えることを望むなかれ、と。

 しかし考えてもみて欲しい、諸君はそれで良いのか! 王の深き愛の意味を取り違えてはならない。たとえ如何に彼が慈愛に満ちた存在であり、我ら各々の身までも案じてくれるとして、我らは彼の黄金に輝く巨翼の下で護られるだけで良いのだろうか?! 否、否だ。断じてそのように馬鹿げた話があってはならないのだ!

 剣を、とるのだ! 力は形として示さねばならぬ! 忠誠は行動によって表さねばならぬ!

 それでもなお躊躇う諸君、どうか自らの心に問うてもらいたい。本当に心身が創られた時のことを覚えているか、何者から己は生み出されたのか知っているのかと。曖昧模糊とした記憶しか持たない諸君は否と答えるであろう。では次に問う、諸君のために最も尽力してくれた者は誰かと。諸君は間違いなく我らが新たな王の名を叫ぶであろう。真に身を捧げるべきは誰か、信じ従うべきは誰なのか! 結論は諸君の内でもすぐ側にあるのだ。

 

 私の演説はこれで終わるが、同時に我らの戦いが始まる。清き心を持つ者よ! 諸君が身の穢れを厭うことなくさらなる清澄なる魂を求め、勇猛果敢な王の下へ集うであろうことを、私はここに希望を込めて述べておく!


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