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Sovereign

 

「まさか…………」

 

 黒髪の美しい天使は呆然と呟いた。一振りの剣を帯びた彼の隣には、参謀・《戦神》のアシュタロスが簡素な胸当てを身に付けて控え、逆の隣には同じく上級天使であり《代理》たるベルゼブブが。数多の同胞を伴い天界の君主が見つめる先。彼らの目の前には数えきれないほどの天使がいた。各々が手にする得物、身に付けた甲冑が光を反射して眩しいくらいに。

 

「目的を知っても尚、これだけの天使が集まったというのか? 全てを手に入れるのは私ひとりだと言ったはずだ」

「ええ。それでも全天使のうち三分の一、と」

「冗談を……!」

 

 ルシフェルは声を震わせる。真に信じられない――或いは“信じたくない”といった様子であり、また白皙は歓喜というより苦渋に満ちていた。

 

大事(おおごと)に……これでは本当に戦ではないか!」

 

 だがその瞳の潤みに気付く者はなく。ただ場にいる誰もが己の選んだ道を、主君を、信じきっていた。だから彼らにはひとりの天使の声は届かない。見つめているのに、見えない。

 されどそれは自然の流れだった。ここまできて迷うことは許されない。戻れないのは誰もが同じ。

 

「すげェよな、こんなに。ま、ほとんどはベリアルが集めたンだけどよ」

 

 言ったのは、剣ではなく奇妙な筒を背負ったベルゼブブ。親指で示した先には何ら武装していないひとりの天使。彼は微笑をルシフェルへと向ける。ルシフェルの方は数度瞬いて、「お前が?」と問うたのみ。

 

「そうだよ。君も知ってるだろう。僕は喋りには自信があるんだよ」

 

 肩をすくめると、いつものように後ろで纏めた金髪が揺れた。ベリアル……ルシフェルに匹敵すると言われる美貌の持ち主。その見た目も、弁舌の巧みさに拍車をかけているのだろうか。

 世界を見るのだと言ってふらりと旅立った気紛れな天使は、今回はこちらの立場を選んだらしい。そのことに異論を唱える者はいなかったが、ほんの少し、メフィストフェレスだけが眉をひそめていた。

 

「ルシフェル様」

 

 反対側からかけられた声に首を巡らせる、この場に唯一の“大天使”。隣ではアシュタロスが静かに彼を見上げて。

 

「皆、貴方を慕っているのですよ。貴方を信じているから、集まった」

 

 穏やかな顔から、再び眼前の白い集団へと目を移す。彼自身や共にいる上級天使の従者もいれば、およそ関わりもなかったであろう宮殿の“外”の天使達もいる。それは彼にとって驚くべきことであり、信頼の証が喜ばしくもあり、同時にやはり悲しい事実でもあった。

 集った誰もが緊張の面持ちで天使長を見つめている。彼はもはや金刺繍の長衣を脱いでおり、代わりに羽織った質素な白衣の中には簡単な防護服だけ。それでも彼の立場は変わりない。証が見えずとも集う者は皆、《光》の言葉を、待っている。

 ルシフェルはそんな聴衆をゆっくりと見渡し、やがて意を決したように口を開いた。

 

「――愛すべき友よ、強き心を持つ戦士達よ! これより、我らが剣を取る真の理由を述べる。もし私の話を聴いて考えが変わったのであれば、迷うことはない、戦火の届かぬところまで逃げよ。安心するといい、その自由意志を阻む者は他ならぬ私が許さない」

「しかしルシフェル様!」

 

 せっかく集まった仲間を解散させるような言葉に、上級天使達は一様に驚きの表情で天使長を見た。何か言い掛けたアシュタロスを手で制し、尚も彼は朗々と続ける。彼が生まれ持つ天性の才能、長に相応しい威厳を以て。

 

「仕える主人と進む道が違えども躊躇うな。もう二度と罰せられることはないのだ、お前達自身の意志で道を選ぶがいい。我々はその判断を臆病ではなく勇気と呼ぶと、私の名でここに誓おう」

 

 この瞬間の選択で全てが決まる。去れば、この長を“主”と呼ぶことは永遠にない。

 不安げな色を見せた天使達を宥めるかのように、ルシフェルは僅かに声の調子を和らげた。

 

「私は誰も失いたくない。この戦いは命を奪うためのものではないんだ。目的はあくまでも殺戮の先、“世界を手中に収めること”。だから何より自分の命を優先しなさい。たとえひとりになろうとも、私の意志は変わらない」

 

 では、と。沈黙の降りた空間に、静かなひとつの声が語る。

 

「友よ、一旦武器を置いてくれ。諸君に“世の理”を教えよう」


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