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Old Long Since【 L-9 】


 執務室での仕事が一段落し、久々に外の風にあたって来ようと廊下へ出た時。

 私はふたりの天使と出くわした。……否、向こうが突っ込んで来たと言う方が正しいか。そのまま、抱きつかれる。

 

『ルシフェルさまっ!』

『ルシフェルさまっ!』

 

 ぴったり重なる二つの高い声。胸の辺りでふわふわと揺れる鮮やかな黄金色の二つの髪。

 自分とそう背丈の変わらない“青年”に懐かれるのは違和感があるが、既に慣れたことだ。彼らは少しだけ、変わっている。

 一瞬の緊張に詰まっていた息を吐き出し、私は彼らの名を呼んでやる。

 

「メタトロン、サンダルフォン」

 

 同じ顔が二つ、こちらを見上げて綻んだ。似ている、そっくり、という次元ではない。まるで複製、鏡像。ふわりと柔らかな黄金の髪、幼げな顔の中に輝く茶色の双眸、全く同じ造りの顔と白く長い衣。赤と青……首に巻いた布の色が異なっていなかったなら、見分けることは困難を極めるだろう。同じ炎から同時に生まれたふたり――彼らは双子なのだ。

 

「ルシフェルさま、あのね!」

「きいてほしいおはなしがあるんだ!」

 

 見た目にそぐわぬ高い声。天使としての中身はまだまだ幼いということか。先に器が出来上がったかのような、そんな印象。

 最も新しく入殿した双子の天使。彼らの誕生は時機的に都合が良かった。新入りの上級天使がいるという状況は、新入りの大天使が自覚を持つ上で非常に助かったのだ。可愛らしい我が弟は今頃、慣れない仕事に四苦八苦しているはずだ。

 

「――も、申し訳ありませんッ!!」

 

 と、続いて走ってきたのはひとりの女天使。長衣ではないから一目で立場はわかる。

 余程必死だったのだろう。彼女は髪を振り乱してやって来たかと思えば、真っ青な顔で頭を下げた。それはもう、勢い良く。

 

「すみませんルシフェル様っ! 少し目を離した隙に……」

 

 それからキッと顔を上げて双子を睨む。

 

「メタトロン様! サンダルフォン様! あれほど申し上げたでしょう――!」


「ちがうよ」

「ちがうよ」

 

 対する双子は、私に抱きついたままクスクスと笑い。

 

「ぼくがメタトロンで、」

「ぼくが、サンダルフォンだよ」

「あわててたって」

「まちがっちゃだめだよ」

 

 ――唖然とする彼女の顔を見て、不覚にも笑ってしまった。

 が、今度はその顔が真っ赤になっていく。もはや私のことなど眼中にない。体を震わせ始めた自分達の従者に、さすがの双子も笑みを強ばらせた。

 

「……襟巻きを交換しないでくださいと……何度申し上げたらわかるんですかぁぁ!!」


「ごっ、」

「ごめんなさぁい!」

 

 雷だ。まさしく天罰が下ったとしか言い様がない。

 なるほど、ふたりはやはり互いに襟巻きを交換していたのだな。私の記憶違いかと思った。本来なら活発な兄のメタトロンが赤で、物静かな弟のサンダルフォンが青のはずだから。

 彼女はてきぱきと双子の身支度を整えた(当然襟巻きも)。従者というよりも保護者か。……まあその後の平身低頭ぶりといったら、些か辟易するくらいに凄まじいものであったが。

 どうにかそれらを治め、私は双子が彼女に連行される前に話を聞いてやることにする。彼らがわざわざ私の元へ来るなど、いくら中身が幼いとはいえそう頻繁にあることではない。

 それに……目の前でしゅんとしているふたりの姿がどこか懐かしかったからでもある。つい重ねて見てしまうのだ、私の愛しい天使の過去を。無論、あの子の方が何倍も愛らしいがな。

 

「一体どうしたんだ。私に聞いて欲しい話とは?」

 

 肩を落としていた双子は同時にぱっと顔を上げ、再び興奮した様子で口を開く。

 

「あのね、あのねっ」

「すごいことにきづいちゃったんだ」

「きっといままでだれもふしぎにおもってなかったんだよ」

「だからね、ルシフェルさまにききにきたの」

 

 気付いた、のに、聞きに来た……ああ、疑問に思ったこと自体が彼らにとっては“すごいこと”なのだ。

 

「ふたり共、きちんと自分で調べたか?」

 

「しらべたよ!」

「ほん、いっぱいよんだよ!」

「それにともだちにもきいた」

「でもわからなかったの」

 

 ふむ、一応は自分で努力したのだな。その上でわからないというのなら、喜んで相手をしてやろう。私はそういう努力が好きだ。

 きっと単に彼らが書物に記述を発見できなかったか、もしくは大天使でなければわからないような疑問か。無邪気な双子の後ろでおろおろしている従者の彼女を安心させるために笑いかけ、それからその笑みをわずか下へ下ろす。

 

「よかろう、何でも聞いてご覧」

 

 ――この私に。主に最高の知恵と栄誉を与えられた、この私に!

 

「ルシフェルさま、」

「ルシフェルさま、」

 

 私には余裕があった。“幼い”天使が抱く疑問については、これまで様々経験したから大体把握しているつもり。答えられないことはない――はずだった。

 

「“せかいのはじっこは、」

「どうなっているのですか”?」

 

 “世界の端はどうなっているのですか?”――

 なんだ、それは。

 真っ先に感じたのは微笑ましさの混じる呆れだった。彼ららしいというか何というか。ミカエルは絶対にそんな疑問を抱かなかった。

 期待に輝く茶色の大きな瞳が四つ。私は鮮やかな金髪をぽふぽふと撫でて――

 

「それはな、」

 

 そして――

 

「それは……」

 

 ――愕然と、した。

 

「ルシフェルさま?」

「ルシフェルさま?」

 

 双子の声が聞こえていても、もう私には手を動かすだけの余裕すらなかった。

 絶句。呆然。嘘だろう。まさか。信じられない。……真っ白な頭に浮かぶ、ひとつの疑問。

 ――“何故、私が《世界》のことを知らない”?

 

 そもそも果たして私が世界の端など、そんなことを考えたことがあったか? 主に与えられなかった知識は不要なはず。求めることさえ無意味だと言ってきた、信じてきた。

 しかし、しかしだ。私は《世界》を託されたはずではなかったか? 守るべきものを知らない……これは実に由々しき事態だ。何故ならその場所を《光》は照らせないということだからだ。

 

 ――ひょっとすると、私は、本当は何も……

 

「っ!」

 

 そんな……そんなはずがあるものか! 私は《最高傑作》なのだぞ――。一瞬浮かびかけた忌々しい考えに苛立つ。

 私が眉根を寄せていることを不安に思ったのだろうか、従者の天使が慌てたように頭を下げる。

 

「すみません、すみません! 不快にさせるようなことを申し上げてしまって……!」

「いや……」

 

 不快なことに違いはないが、私はただ事実を認めたくなかっただけだ。調剤に関する知識も、時の操り方も、……“役割”でないことに関しては仕方がない。それは努力の領域。意志次第で発展するのは皆同じだ。

 認めたくないのは他ならぬ《世界》を私が知らないという、その事実。

 

「メタトロン、サンダルフォン」

 

「はい」

「はい」

 

 だからそれを口にすることはできなくて。

 

「それは話すととても長くなるんだ。今は答えることはできない」

 

 理由は違えど結論は同じ……か。これは嘘になるのか、いや、なるまい。軽い失望を感じながら自分自身に言い聞かせる。

 ああ。笑顔をつくるのはこんなにも労力が要ったのか。素直にうなずいた純粋な青年達に、そっと心の中で謝った。

 

「わかりました!」

「またあとできかせてくださいね!」

 

「……ああ」

 

 急かされるように去っていくふたりに手を振り返し、私は外へ向けていた足をそのまま廊下の反対方向へと向ける。散歩は中止だ。一刻も早く、早く、答えを求めなければ。

 知りたい。もっと優れた天使となって、少しでもあの方を喜ばせたい。きっとあの方は私がこうすることを望んでおられたから、だからこそわざと“欠陥”をお与えになったのだ。そうに違いない。そうでなければおかしい。欠けた完璧は、私しかいないのだから!

 廊下を早足で進みながら、首飾りを強く握りしめる。失望と驚愕はいつのまにか、義務感と好奇心に変わっていた。

 

「アルっ。アルベルトっ!」

 

 中庭の木の剪定などという、我が従者とは思えぬ仕事をしている天使を呼ぶ。これでも彼は一応、最古参なのだが。

 私の声にすぐさま木から滑り降りてくるアルベルト。動きは実に滑らかだが……

 

「お呼びですか、ルシフェル様」

 

 頼む、その無表情はやめろ。何だか笑える。

 

「至急、伝令を頼みたい。そうだな……ああ、ベルゼブブ、あいつがいいな、うん。ベルゼブブとその配下数名を私の執務室に召集する」

 

 上級天使を責任者として調査隊を組む。そこに私のところのフィオンやヨハンを加えれば良いか。その間に私は書物を調べる。ここにある本全てにもう一度目を通す……難しいが、不可能ではないだろう。

 ベルゼブブを選んだ理由は簡単、良くも悪くも“単純”だからだ。奴ならば下手に詮索してくることはあるまい。それに――本当はこちらの理由の方が大きいのだが――あの天使は最も信頼のおける友のひとりなのだ。

 

「御意。直ちに行って参ります」

「頼むぞ」

 

 さて、フィオン達も探さねば。彼らが集まるまでにきちんと計画を立て、それからまずは資料室の書物から始めようか……。

 

 ふと見上げた空は底抜けの蒼。姿も見えぬ愛しい相手を想う。

 ――これで良いのですね、主よ。

 そっと問いかけ足を踏み出した。おさまらない鼓動を微かに感じながら。


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