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Vendetta

「……無理です」


 ふたりの天使がいた。

 全てを吸い込みそうな漆黒の髪の天使。全てを包み込むような淡い金の髪の天使。どちらの背にも純白の光り輝く翼。

 互いに剣を構えて向き合っている。だが金髪の天使は震えながら首を振り、剣を下ろした。


「私……僕にはできない……!」


 遠くから僅かに喧騒が聞こえる。刃物が交わる音、悲鳴、雄叫び。

 しかしこの場にいるのはふたり。ただ、ふたりだけ。


 尚も震える金髪の天使に、黒髪の天使は剣を構えたまま。


「お前がやらなければならない。でないと、きっと後悔する」


 天使とは思えぬ、妖しく美しい紅の瞳。それは黒髪の天使がもって生まれたもの。

 その紅玉がすっと細められた。


「それともお前は誓いを忘れたか?」


 びくりと顔をあげた金髪の天使。その瞳は深く澄んだ蒼色。

 彼らはどこまでも対照だった。最も近い存在でありながら交わることはなく。

 けれど彼らは、どこまでも深く互いを愛していた。誰よりも、ずっと。

 

「でも、それでも僕は……」

 

 言葉を探す金髪の天使に冷たい声が浴びせられる。


「お前の覚悟は、主への愛と忠義はその程度か」

「そんなっ」

「ならば剣を構えよ」


 ゆっくりと、剣先が黒髪の天使へ向けられる。それでもなお金髪の天使は、迷うように目の前の討つべき相手を見つめる。


「まだ……間に合います。僕はこんなこと――」

「お前はそれでも神軍の統率者か!」

 

 黒髪の天使が吼える。紅い視線は真っ直ぐに相手を射抜き。

 

「主を裏切り、天使の誇りまでも失うつもりか?!」

「――!!」


 その言葉に、今まで伏せられていた蒼眼に強い光が宿る。


「私は……貴方とは違う!」


 金髪の天使が向かってくるのを見て、黒髪の天使は狂ったように叫んだ。顔には愉しげにさえ見える笑みをのせて。


「それでいい! さあ、私とお前とどちらが残るか――かかって来い、ミカエル!」

 


 

***

 


 

 さて。さてさて。

 ここからは、世にも美しい兄弟の物語。天界の至宝と謳われた《最高傑作》の愛のお話。

 開宴まで少し待って欲しい。それまでは重大で無意味で羽根のように重たい因子を覗いてみようじゃないかという、僕と《世界》と《器》の、計らい。

 読みたくない人はとばしてくれて構わないけれど。彼らの話は事件のほんの一端に過ぎないのだから。

 ああ、でも。

 彼らが愛し合っていたことは、実に都合が良かった。信じるほどに裏切りは残酷さを増し、悲劇は深い傷痕を遺す。


 しかし、宴……ね。いやぁ陳腐でありきたりでつまらない表現だ。

 じゃあ、劇? ふむ、同じくらい陳腐だね。まぁでも。誰による、誰のための劇なんだろうかね。

 《裏切り者》は僕かな、彼かな。

 《愛のうた》は誰がうたうのかな。

 嗚呼、いい表現が見つからない。拘る意味? どれだけ確固たる意味が欲しいのか知らないけど、理由なら、そうだね、《語り手》は少しばかり大袈裟でなくっちゃ――そう思わないかい。何事も楽しむことが肝要だよ。


 僕の《役割》? 寂しいものさ、そりゃ。

 驚いた? 僕は誰かさんと違って自分に正直なのでね。皆に知られているけど、誰も知らない……そんな状況、もう、飽いた。慣れじゃないよ、飽いたんだ。

 けれど、同じような境遇にある友が居てね。そいつが居るからまだマシかな。誰って? この世界での名前はあまり巧くないから、そうだなぁ、《包括》? そんな名前だったこともあったかね、彼は。

 彼はいつでも“動かない”よ、文字通りね。僕はいつだって“廻って”いるってのに、まったく!


 おやおや、語り手は自分を出してはいけないのだったっけ。でも僕は《語り手》なんだけど。

 まあいいさ。僕も彼も、出演しているのだからね。

 さあ、興味という名の券は持っているかい? 宜しい、ではこの僕が特等席に案内してあげよう。

 

 ああ愉快、愉快。

 意思を持つ者が足掻く様は“何度見ても”本当におもしろいよ。


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