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第1話:堕天使、再び


 夏。

 ついこの間まで色とりどりの花を咲かせていた木々が、一斉に緑の葉を広げる季節。全てのものが生気に溢れ、何だか気分も浮き立ってくる。まだまだこれから暑くなるんだろうなあ。

 

「……『追伸、たまには帰って来てください』、っと」

 

 放浪中の両親からの暑中見舞い。憎らしいくらいの笑顔の写真に苦笑し、あの旅人共は今頃は北欧かな、と思いを馳せて朝から書いた返事。住所が書いてあるし暫くは同じ所に滞在するらしいから、いくら転々としてるといっても急いで出したら返事は届くだろう……多分。

 宛名は「進藤信彦・新」様。父親と母親の名前。新、と書いて「にい」と読む。外国に行った時は「膝(knee)」と同じ発音だからと呼んでもらいやすいらしい。膝って。まぁ余談だけど。

 裏に住所を書き、進藤真子、と名前を記してようやく息を吐いた。

 

 あたしは無事に進級し、高校三年生となった。大事な時期と言われるけど、まだ自覚はあまりない。クラス替えもないので、去年と変わらない日々を過ごしている。

 そして、家の中も変わらない。

 

「朝だよー」

「んぅ……」

 

 両親は旅行中。けれど同居人がひとり。ごろりとソファーに寝転がった長身の男。彼はそのクールな見た目にそぐわない可愛らしい呻き声をあげ、寝返りをうつ。

 

「…………」

「んー……」

「……朝ご飯、いらないのね」

「いる!!」

 

 彼は細い体に似合わない食いしん坊でもあり。

 

「おはよう、ルシフェル」

「……おぁよ、真子」

 

 欠伸を噛み殺しつつ、ぐしゃっと黒髪を掻き上げた彼の名は、ルシフェル。今から一年前、突如として我が家に転がりこんできた居候だ。

 変わった名前だと思われるかもしれない。それは、そうだ。彼は人間ではない。――堕天使、なんだから。それも堕天使全てを束ねるトップ、堕天使長。地獄の一都市《万魔殿》を統括する最高責任者なのです。すごいでしょ。

 

「眠……」

 

 切れ長の紅い瞳を擦る青年には“魔王”の面影なんてないけれど、本当はとんでもない力の持ち主だ。仲間をして「本気を出したら世界が滅びる」と言わしめたほど。地獄では威厳を保たなきゃならないけど、うちにいる時くらいは甘えさせてもいいよね、なんて。だから、あたし達の日常も変わらない。

 

「暑ーい……」

「はいはい、着替えるなら洗面所に行ってねー」

「な、何故わかった?!」

 

 でも、ちょっと変わったことを敢えて挙げるなら。

 

「真子、今日は休み?」

「うん」

「なら、私も朝食作りを手伝おう」

 

 超金持ちお坊っちゃんが、料理に積極的になってくれたこと。料理音痴の克服のために、たまにこうして手伝ってくれるのだ。

 ……とはいえ。

 

「今日こそ“卵焼き”を成功させてみせるっ!」

「五度目の正直だからね」

 

 相変わらず、その腕前は泣けるくらい壊滅的。

 

「悠久を生きる我々が物事に上達する速度は、長い目で見ているから、人間よりも遅いんだよ」

「あ、そう……」

 

 まあ、ゆっくり慣れていけばいいよ。

 


 

***

 


 

 カオスと化した卵を食べ、落ち込む堕天使様を慰め。のんびりテレビを見てから、彼の提案で散歩に出かけることにした。天気が良いからね。

 

「お昼はどうしよう。外で食べよっか?」

「良いな」

「ちょっと遠いけど、最近できた和食バイキングの店がおいしいんだって」

「ふむ、そこにしよう。たくさん歩けば腹も減る」

 

 他愛ない会話をしながら並んで歩く。太陽が眩しい。日焼け止めを塗ってきて良かった。

 

「ルシフェルはいいよねー。全然日焼けしないんだもん」

 

 あたしが言うと、ルシフェルはちょっと困ったように笑った。雪のように白い肌。これもずっと変わらない。

 彼の容姿はいつも人の目を惹き付けてしまう。道行く人に振り返られるのも、もう慣れた。最初は恥ずかしかったなー、と懐かしく思ったり。類なく美人過ぎる彼は、連れて歩くだけで注目の的。

 けれど今は、少しだけ胸を張って隣にいられる。それはこの一年でたくさんの美しい堕天使さんや悪魔さんを見てきたおかげかもしれないし、ただの慣れかもしれないし、もしかしたら、ルシフェルとあたしの関係がちょっぴり進展したせいでもあるかもしれない。

 現に、ほら。今でもあたし達の手首には、同じデザインのブレスレットがあるんだから。

 ……でも待てよ。と、たまに不安になる。彼は“そういう言葉”を言ってくれたわけなんだけど、言ってくれたはずなんだけど、勘違いっていうことがあり得る。何しろこのお兄さんは天然という最強種。向こうが何とも思ってなかったとしたら……あたし、めっちゃ恥ずかしいよね?! え、大丈夫だよねー?!

 

「真子?」

「え?!」

「顔、赤いぞ。具合でも悪いのか?」

「ひっ、日に焼けたんじゃないかな~?」

 

 ……こんなことを最近は特に考えるようになりました。ぶっちゃけあたしは、ルシフェルのことが好きなんです、はい。もうバレバレだけどね。

 

「少し休むか。暑くなってきた」

 

 散々言ってきたけど、結局あたしはこののんびりした平和な日常が何よりも好きだ。ルシフェルだけじゃなく、みんなと過ごした日々が大切な宝物……なーんて、カッコよくない? あはは。

 

 ちょうど陽も高くなってくる頃なので、散歩の途中で小休止することに。適当な公園の、適当な木陰のベンチに二人で座る。ふぅー。

 

「涼しいねー」

「ああ」

 

 休日とあって、公園には結構たくさんの小学生がいた。元気だこと!

 

「またバケツぶつけられないといいね」

「そんなこともあったな……。たかが人間時間の一年なのに、やけに懐かしいな」

 

 「もう一年か……」と呟いてルシフェルは目を細めた。

 

 本当に、あっという間だ。

 寝起きを襲われかけた(?)あの日から、彼はなんとなくうちに来たとしれっと言い、ビルをひとつ消し飛ばし。初めて一緒に出かけたり、祭りに行ったり、地獄に行ったり。同じ布団で寝ていたら両親に見られたこともあった。文化祭、ハロウィン、クリスマス。色んな人と、色んな人外の方々と出会った。全部、ルシフェルが来たあの日から。

 ……ルシフェルはどうして我が家を選んだんだろう? 本当に直感だけなの?

 

「ねえ、ルシフェル――」

『わーっ、カップルカップル!』

『ヒューヒュー!』

 

 気付けば目の前には小学生の男子が。

 

「う、うっさいうっさい!」

『ヤベー、怒った!』

『逃げろーっ』

 

 高校生ナメんなよ、ガキンチョ!

 と、まあこんなこともできるようになりました。キャーキャーと逃げて行く姿を目で追いつつ、成長したなーチキンなあたし、と自分で感心。

 とか言って、また苦笑いされてるんじゃなかろうか。そう思ってふと隣を見ると。

 

「……ルシフェル?」

 

 彼はただ、まんじりともせずに顎に手をあて、地面を見つめていた。何か考えているような……心ここにあらず、って感じ。

 

「ルシフェルってば!」

「……ん?! あ、なんだ、斬れば良いのか?!」

 

 違う違う。真昼の公園を鮮血で染めようとしないでください魔王様。

 

「今の見てなかったの?」

「すまない、考え事をしていた」

 

 良かった~……と言うべきか。

 そう、そうだ。少し変わったことがもうひとつ。何故だか知らないけれど、ルシフェルは物思いに耽ることが多くなってきた。最近は、特に。あたしの話を聞いていなかったり、夜遅くまで窓辺で黄昏れていたり。

 一度だけ何を考えているのか尋ねたが、

 

「内緒。とても重要なことなんだ」

 

 と、はぐらかされた。

 地獄の重要機密、とかなのかな。だとしたら、人間には残念ながら教えてくれないだろう。ルシフェルだってそりゃ忙しいんだなと思って、あまり気にしてはいなかったけどね。

 唐突に、すごく唐突に。ぽつりと彼は呟いた。

 

「……時間だ」

 

 あたしはそれが、この休憩は終わりだという意味だと思った。だから、よし、と立ち上がる。

 

「なあ」

 

 でもルシフェルは座ったままにあたしを見上げて。

 

「なに?」

「本当に、具合は悪くないんだな?」

 

 ……変なこと言うなあ。

 

「うん、元気だよ。ルシフェルこそ、最近ぼーっとしてるけど大丈夫?」

「私はいいんだ」

 

 なんか心配されると逆に怖くなってくる。そんなに具合悪そうに見える?!

 

「……よし」

 

 パン、と膝に手を当て立ち上がったルシフェルの顔には優しい笑顔。

 

「では、行くか」

 

 いつも通りの、きれいな笑顔。

 

「うん。あ、ルシフェル、あんまりいっぱい食べて店の人を困らせちゃダメだよ」

「う……ほどほどにしておく」

 

 頼むよ、バイキングキラー。

 ちょっとだけ変化があった日常。でもきっと、ルシフェルが抱える地獄での問題とやらが解決すれば、再び元の日々に戻るに違いない。

 だってルシフェルは、いつでも隣にいてくれたんだから。


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