ふふ
「今日の天気予報見た人間なら傘を忘れるなんてあり得ないと思うの」
姫花は机にべったりと顔を付けながら言った。
「あえて土砂降りの中を傘を差さずに歩いて帰る人間ももしかしたらいるかもしれない」
「私はそんな馬鹿じゃかいから」
「知ってるよ」
土砂降りの雨が窓に打ち付ける様を僕らはただ見つめることしかできなかった。
こんな日に限って傘を忘れるなんて。まぁ僕は天気予報を見てなかったから自業自得なんだけど。姫花が傘を忘れるのは珍しいなと思った。普段から忘れ物をしないのに今日に限って忘れるなんて、よほどの理由があると踏んだ。
「姫花はどうして忘れたんだ?」
姫花はだるそうに答える。
「今日寝坊したのよ。珍しく好きな歌手が生配信してて、それで深夜3時まで起きてて、遅刻こそしなかったけど全然寝れてなくてギリギリだったの。」
「へー。ちなみに誰?」
「言ってもわかんないわよ。登録者まだ全然いないし」
「まあ言ってみてくれ。もしかしたら知ってるかもしれないし。」
姫花は嫌そうな顔を隠そうとせずに口を開いた。
「、、、夢丸。、、、、ね?知らないでしょ」
「ごめんわからん。帰ってら聞いとく」
「う〜ん。これ理解されないかもしれないけど、今の知名度が低い状態を独り占めしたい感覚があるのよね」
「有名になってほしくないってこと?」
そういうと姫花は顔を歪ませた。
「いやそうじゃないんだけどさ、なんて言うの?この感覚。この良さを知ってるのは私だけでいいっていうか、独占欲?って言うと何だか邪悪な感じがするんだけどさ。」
僕が理解できない顔をしてると、それを見て姫花はやれやれと言わんばかりの顔をした。雨足は強くなっていくばかりでまだまだ止みそうにない。僕はこの前聞いていた歌の歌詞を思い出した。
『止まない雨はないよとか言うなよあなたにはきっとわからないよ』
僕はすぐにでもこの歌詞の良さを姫花に伝えたくなった。いや、この歌詞に使われてる表現か。
「話は変わるんだけどさ、『雨が止む』って表現素敵だと思わない?終わるとかじゃなくて『止む』って」
急に思ったことをつらつらと喋ってしまうと姫花は怪訝な表情をして窓の外を覗いた。
「確かに。やまない雨はないとか言うしね。この前外で土砂降りにあたっちゃって。その時に姉に頼んで傘を持ってきて欲しいって頼んだの。そう言ったら姉は『止まない雨はないから』って言って電話をきったの。家でぬくぬくしてるくせにそんなこと言ってきて引き摺り出してやろうと思ったわ。」
姫花は続ける。
「あの言葉って結局他人事よね。自分が関係ないから言える言葉で当事者だったらそんな言葉口が裂けても出てこないもん」
僕は大きく共感した。姫花には歌詞のことに関して何も言っていないが『止まない雨はないよとか言うなよあなたにはきっとわからないよ』という状況はおそらく過去何度も痛みを理解してもらえてなかったんだろう。だから、こんなキザなセリフに対して『わかってないでしょ』と突き放した。
この解釈が合ってるかわからないが何だかスッキリしてこの話はここで終わった。
雨足は若干弱まったように思えるがまだまだ止む気配はない。喉が渇いたので一階にある自販機までジュースを買いに行った。姫花は小銭を包んだ手を僕に伸ばして暖かいコーヒーを買ってくるように頼んできた。ついでだしいいかと思い僕は姫花から小銭を受け取った。
僕が在学している校舎では自販機が4つあり、一つは僕たちが今いる西棟の一階。もう一つは東棟の一階にある。ちなみに東棟の自販機は部活生専用。西棟にある自販機は3つ連なっていてその二つは最近蜘蛛が巣を張っていて誰も使えなくなっていた。ジュースが出るとこに巣を貼られてしまったのでどうしようもない。大抵こういう時は誰か虫が平気な人間がいて彼に何とかしてもらうのだがこの学校には奇跡的に教員含めて皆、虫が苦手だった。つまり今使える自販機は1つしかない。僕は暖かいコーヒーとコーンスープを買った。
目的は済んだので教室に戻ろうとした時、気まぐれで窓の外を見た。青空一つ見えない曇りだったが、遠くの方に一点だけ光が差し込んでいるのが見えた。光がカーテンのようになっていて僕はこの状況をテレビ越しでしか見たことがなかったので生で見るのは初めてだ。
「綺麗」
口から出たその言葉は小さく、冬に吐く白い息のようにさらりと消えた。
その光カーテンはすぐに閉じてしまい、僕はコーヒーたちが冷めないうちに教室へ小走りで戻った。
「故人を思うとその人の頭上に花が降るって聞いたことある?」
教室に戻り、僕はコーヒーとお釣りを手渡しながら言った。
「最近それがモチーフの本を読んだから知ってる」
「この言葉って故人を思うことに意味を見出してるからいいよね」
「天国にいる人は花が降ったらどう思うんだろう。まだ覚えててくれて嬉しいなのかな。それとも早く忘れて欲しいなのかな」
「それは人によるんじゃないか?恋人とかだったら早く忘れて欲しいと思うかもしれないし、友人だったら覚えててくれて嬉しいだろうし」
「確かに、、、恋人でも意見が分かれそうね。もっとも、私は早く忘れて欲しいけど」
姫花は缶を開けながらそう言った。湯気が上へ登ってゆく。僕も缶を開けてゆっくりと飲んだ。暖かくて少し甘い。雨の影響で冷えていた体にはかなり染みた。自販機のコーンスープは飲み終わる頃、下にコーンが溜まるのであんまり好きではないのだけどあいにくこれくらいしか暖かい飲み物がなかった。僕はコーヒーが飲めないから。
「死んだらどこにいくんだろうね。転生とかするのかな」
「寝る前に考えて眠れなくなる題材ね。、、、私は死んだら、先に死んだ人に出会える場所に行きたい」
「誰か会いたい人でもいるの?言いたくなかったら言わなくていいけど」
「、、、いる。私は中学1年の時、よく近所のお姉さんに遊んでもらってたの。私ってほら、友達いないし」
『え?いなかったじゃなくて?』
「多分今の私たちくらいの年齢だったと思う。遊ぶってよりは公園のベンチに座って学校での愚痴を言ったり好きなものを語り合ったり。お姉さんはよく恋バナをしてて好きな人の好きなとこを喋らせたら止まらなかった。中学生なんてそう言う話題が大好物じゃん。例に漏れず私もそうだったわけでその話を聞くのがすごく楽しかった。そこから半年くらいしたらお姉さんは告白するって言い出したの。『ねえ姫花ちゃん。私、明日告白してくる。明日の5時に集合ね』って。それが最後の会話でお姉さんは公園に来る道中でトラックに轢かれて死んだの。道路に飛び出た子供を助けて死んだって。作り話みたいでしょ。でも本当の話。私は死んだらもう一度あのお姉さんに会いたい。告白の結果が知りたいのと、これは聞いたらダメかもしれないけど子供を助けて後悔しなかったか聞きたい」
「後悔はしてないと思いたいね。じゃないと地縛霊になってるかも」
「フフッ、、、そうね」
話を聞きながら、ちまちまコーンスープを飲んでたので今見たら中身がカラになっていた。案の定下にはコーンが残っていた。これはどうにかならないものなのだろうか。缶底が競り上がるような機構でも追加したらいいのではと思ったがそうしたら値段が上がることに気づく。案外難しい問題なのかもしれない。企業側もおそらく何年も悩み続けているんだろう。僕は飲み口に口をつけて缶の後ろを叩いた。
「コーンが溜まってるの?」
「ふぇいふぁい」
「それ、冷えたらいよいよ詰みだから頑張って。あと私も話したんだし芭場も教えてよ。会いたい人」
コーンが出てこないことを悟ると僕は飲み口から口を離して答える。
「お婆ちゃんかな。僕が生まれる前に死んだからまだ話ことないんだ。どんな人か知りたい」
「ふ〜ん」
姫花は缶コーヒーを一口飲んで机に置いた。カンっと空っぽの音がした。
「悪かったね。あんまり面白くない答えで」
「いいわよ。私がハードル上げすぎた」
「今の会話でお姉さんの上から花が降ってるかもね。お姉さんは嬉しいと思うよ」
雨足が少し弱まった気がするけど気のせいかもしれない。僕は体を伸ばして、姫花も続けて伸ばした。
「桜の花びらが降る時に『ハラハラ』って表現したのってすごいよねって話する?」
「いや、あんま興味ない」
「じゃあ、『感動系映画を見て泣かない奴は人間じゃない』って豪語してる友人の話する?」
「今聞いただけでその人のことが嫌いになったからいい」
「死ぬことで人間という作品は完成するって言ってる美術部の友人の話する?」
「何その人怖い。なんかやばそうだからいい」
「文句が多いな〜。じゃあ僕のとっておきの恋バナでもする?」
「何それ聞きたい」
すごい勢いで食いついてきた。椅子に体重を預けてダラダラしてたのに急に前のめりになった。まあでも過去の悲しい思い出はこうやって話のネタにするくらいしか活用しようがないからちょうどいい。
「昔、彼女がいたんだけど1ヶ月で振られたんだよ」
「ちょっと待って。芭場彼女いたことあるの?」
「え?あるけど」
姫花は天を仰いで嘘でしょと小さく漏らした。
そんなに驚くことか。
「再開していい?」
「ああ、、、ごめんごめん。驚きのあまり目眩が、続けて」
失礼な
「初めてできた彼女で、多分僕の方が愛が大きかったんだよ。要するにから回ってしまってて温度差が顕著になって。1ヶ月のうちに3回デートしたんだけどもう空気最悪で。それでもう3回目で別れを切り出されちゃった」
「芭場がそんな青春を過ごしてたなんて思わなかった。もしかして今と性格違う?」
「、、、そうだね。今よりもっと明るかったかな。僕はあれ以降すっかり落ち込んで暗くなっちゃったんだ」
「芭場ってもしかして結構プレイボーイだったりする?」
頬が赤らんでいる。勘違いだ。誤解だ。
「そんなことない。付き合ったのはその子だけだし」
「そう、、、ならいいけど」
どこからか足音が聞こえる。古典部か何かが活動してるんだろう。もしくは僕らみたいな帰りそびれた生徒。
「その子のどこが好きだったの?」
「、、、あんまり気持ちのいい理由じゃないんだけど」
「いいわよ。言ってみて」
僕は一呼吸おいて答える。
「顔が可愛かったんだ。マドンナ的存在ではなかったんだけど僕好みの顔だった」
「ふ〜ん。意外かも。馬場が顔で選ぶの。なんかもっとダラダラと好きなところを羅列するのかとおもってた」
「僕をなんだと思ってるんだ。まぁでも今になって考えたら顔でしかみてなかったな。長続きするはずもない」
「でも、本気で好きだったんでしょ」
「、、、そうだよ」
「ならいいじゃない。まぁ失恋したことはお疲れってことで」
会話は途絶えて雨も途絶えた。そう。雨が止んだのだ。虹が出るには程遠い曇り空だが雨は止んだ。風は冷えて辺りは暗い。
「これからどうすんの?」
「いや、帰るよ」
「そ。じゃあ私も」
階段を降りながら玄関へ向かった。学校とは思えないほど静かでまるでホラー映画の導入のようだ。電気がついていないので暗いところもホラーを加速させている。
「恋を解決するものは恋より他にないです」
「夏目漱石?」
「正解。よく知ってたね」
「まあ最近知る機会があったんだ」
昨日の夜夏目漱石特集があって観ていたのだ。ほとんど聴いていなかったけどこの言葉だけは妙に印象に残っていた。
「失恋の悲しみは新たな恋で上書きしろって意味」
「知ってる」
靴を履いて正門前についた。
「じゃ、また明日」
僕が手を振ると姫花がついてきた。家の方向違うのに。
「今日はこっちに用事でもあるの?」
「いや、別にないんだけど。もっと話したい」
「そう、、、野球部の顧問がキャプテンに指示出す時にいつもくわえタバコしてるせいで指示が聞き取れないって話する?」
「聞かせて」
なんだかしょうもない話を書きたかったんです。




