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夜市で買ったミラーボールが、里帰りしたいと言い出した【短編】

作者: 一七
掲載日:2026/06/03



 眠れない夜だった。瞼の外から光を感じて目を開く。暗闇の中、ミラーボールが一人、映すものもないのに燦々と輝いていた。


「もし、君。私を里帰りさせてはくれんかね」









ミラーボールの里帰り





「いやはや迷惑をかけて申し訳ない。だがこれもなにかの縁というもの。よろしく頼むよ」


 翌日の昼過ぎになっても、ミラーボールは意外にも礼儀正しかった。もし手足があったなら、腕と足を真っ直ぐに揃えてそう告げていただろうと思えるほどに。


「構わないさ。どうせ自分は日がな一日中家にいるだけだし、同族のよしみだ」


 そう言うとミラーボールはニコッと笑う代わりに、その銀色に輝く身体の一部をキラキラと光らせた。


「だいぶ暖かくなったね」


 夏を目前にした五月の昼過ぎ。風は湿度はまだなく、穏やかな暖かさだけを帯びている。日差しが柔らかく照らす中、ミラーボールを胸に抱え、歩く。

 目指すは見晴らしの良い丘の上だ。



「君の故郷の、具体的な場所は覚えているの」


「それはわからない。色々な汽車に乗った気はするがね。でも君が私を買った時、買付師が私に名札をつけていただろう」


 そう言われて、つい先日の夜市の記憶を引っ張り起こす。ヒトに化けた好好爺がもう帰りたいから、と値札を付け替えたタイミングで出会したのがミラーボールとの縁の始まりだった。


「たしか⋯⋯廃墟にあったストリップ劇場のミラーボール、だったかなあ」


「⋯⋯そうか、もう廃墟になったか」


 彼の故郷は、少し風変わりなストリッパー劇場だったそうだ。


「オーナーの方針でね。ストリップがメインじゃなく、色っぽい演出が多く含まれた、あくまで演劇がメインのショーだったよ」


「へぇ。それは珍しいなあ」


「来る客もどこかのお偉いさんが多かった。いつの間にか将来芸能で活躍したいタマゴも沢山くるようになって、それはもう華やかで⋯⋯ああ、そうだ」


 ミラーボールが何かを思い出したらしい。


「少し、頭をこちらに」


 彼が自身の鏡の一枚をクイっと上にあげる。頭をそこに近づけると、少し温まった鏡が触れて、途端に頭の中に景色が浮かんだ。


 大きな橋を渡って、民家を抜けて。森の木々の先に、その静かな土地に似つかわしくない、夜でも光を放つ場所があった。


「どうだ、景色はハッキリしたから、君ならばこれで跳んで行けるだろう」


「おや、やはり気づいてらしたか」


「然り。君ほどじゃないが、私もそれなりに歳のいった妖だからね」


 そう言ってミラーボールは妖しく光った。


「⋯⋯でも、そうだな。跳ばずに歩いて行くのはどうだろう。お互い、時間はあるでしょう?」


 ミラーボールが「そうだな」と答えたので、腰を深く落として、下駄の上、踵に力を入れる。


「おや、歩くんじゃないのかい」


「夜が明ける前に着きたいので。近くまでは跳びますよ」


 言うと同時に膝に力を入れて、地面を思いきり蹴る。周りの景色が瞬く間もなく、目下に移動する。道を歩いていたヒトは誰もこちらを見ていない。

 雲の横まで跳びあがったところで、ミラーボールが小さく輝いてみせた。


「ほら、見えるか? あれだ」


 その指す方、遥か下方に目当ての橋が小さく見える。


「よし」


 狙いを定めて思い切り羽ばたいた。



 ⭐︎



 大きな橋の上に勢いよく着地する。ダンっという音が橋の上に響いた。


「君、見かけによらず大胆だな。流石に今のはヒトがいたら気づかれてしまうぞ」


「大丈夫、誰もいないよ」


「まあ、それもそうか。この辺りは、もう、ヒト自体そんなにいないのだから」


 橋を渡ると民家に出た。

 その民家の一角に小さな商店があった。駄菓子も日用品もまとめて売っている小さな商店だ。


「お、ガチャガチャだ」


 店前に置かれた2台のガチャガチャは、長年の雨風にさらされて、もはや面の広告は消えかかっている。


「やるのかい?」


「せっかくだし。ええと、どちらにしようかな」


 左はかろうじて何かのキャラクターのようなもののキーホルダーが出るらしいが、右は完全に謎だが当たりだと時計がでるというのが見て取れる。


「ちなみに、あなたのおすすめは?」


「無論、右だ」


「そのこころは?」


「どうせ選ぶなら面白い方、だ。何が出るかわかっているのは安心だけれど、安心と退屈は同義だからな」


「意外に挑戦的だね」


「そりゃあ、君、こんだけ光る私が保守的なんて、詐欺も良いところだろう?」


「はは、違いない。では」


 コインを1枚入れる。ゴロン、と埃っぽくて真っ黒で生暖かい、カプセルが出てきた。

 中に入っていたのは、プラスチックの宝石を模したのが真ん中に着いてるリボンだった。


「どうだったね」


「残念ながら当たりのそれではないな。自分よりも別の適任がいそうな品だ」


 そう言ってリボンを見せると、ミラーボールはゆっくりと左右の鏡をはためかせてみせた。


「いいじゃないか。当たりを引けたら嬉しいが、大切なのは、そこじゃない。引いたものを当たりにするのさ」


「⋯⋯ふむ。と、いうとこれは自分がつけるということか。似合うかどうか怪しいが⋯⋯どう?」


 つけて見せて片目を瞑ってみる。ミラーボールは手を叩くように楽しそうにきらめいた。


「悪くない。かくして君は新しい自分の魅力を手に入れたわけだ」


「なるほど。さすが、つくもがみ様が言うと含蓄があるなぁ」


 日が傾き始めていた。季節のせいでまだ朱はささない道を真っ直ぐ抜ける。家家の外にもやはりあまり人は出ていなかった。


「ヒトに気づかれる心配がないのはラクだけど、あまりにもいないのは考えものだね」


「君はヒトが好きなのかい? てっきり世捨て人かと思っていたが」


「まあ厳密にはヒトじゃないか」と付け加えて、ミラーボールがウイスキーとハットが似合いそうなナイスミドルが、まるでウインクするみたいに鏡の一枚を動かした。


「はは、どうだろうなあ」


 否定も肯定もせずにいると、ミラーボールは察したように、それ以上その話に触れなかった。さすがは紳士である。


「⋯⋯キミ、少し止まって」


「どうかした?」


 ミラーボールの声に足を止める。


「目を閉じてみなさい」


 言う通りにその場で立ったまま目を閉じる。


 遠くの方で車が風をやわらかく切る音が聞こえてきた。それに気づくと周りの音も鮮明になってゆく。


 意識をさらに風に馴染ませてみる。


 木々を抜けた風は開けっぱなしの戸を揺らす。どこかの家のテレビから、小さく笑う声が聞こえと、穏やかな寝息が聴こえる。水が規則的に跳ねる音がして、食器を洗う姿が想像できた。


 ーーーああ、これは人の営みの音だ。


 確かにヒトが生活しているのがわかった。


 目を開ける。遠くで鳥が鳴いていた。


「⋯⋯昔から思っていたんだけど、たまにほーほほ、ほーほーって鳴いてるのは鳥なのかな」


「鳩だよ。キジバトが鳴いてるのさ」


「なるほど。よく知ってるね」


「昔、同じように尋ねたヒトがいたのさ。私はそれを聞いていただけだがね」


 そんな取り止めのない話をしていると、抜けた民家の先、だだっ広いだけの公園にたどり着いた。


「さて、ここからどう行こうか」


 辺りを適当に歩くと、トイレの裏に角度が急な螺旋階段を見つける。


「すごいな」


 角度もさることながら、階段に巻きついてる葉がすごい。蔓も伸び放題で階段に横たわるように巻きついていて、もはやここを通る奴を絶対に転ばせてやろうという気概さえ感じられる。普通の人間が降りるには足を取られるに違いない。


「枝もたくさん落ちている。君には余計な心配かもしれないが、気をつけてくれ」


「ああ、ありがとう」


 心配するミラーボールを落とさないように抱え直し、慎重に階段を降りていく。

 森の隙間からは日がところどころ差し込んでいた。ぐるぐると回る階段を一段一段、踏み締める。


 ーーーそうして木々のアーチを抜けるとひらけた場所に出た。


 眼前に広がるのは静かな一面の海だ。橋の横⋯⋯森と橋の間にまるで隔離された一角は、海というよりも大きな湖のように穏やかだ。けれど息を吸い込むと肺に磯の香りが流れこんできて、ここは海なんだと主張する。


「静かな海だね」


「ああ。ここは海の終わりだからね」


 小さく風が吹く。大きな海原から小さな橋へと波が流れてく。穏やかな風に押されて、濾されるように飛び石の橋へと流れていく。そうして森の端まで辿り着いた海水は、押しても返すことはせずに、ここで静かな湖になっていく。


 ーーーだから、ここは海の終わり。


 不意に、ぱしゃりと足元から聞こえてくる。しゃがみこんで下を見ると、透き通った水の中に小魚が何匹か泳いでいた。


「君、これはなんて名前の魚かね?」


「うーん⋯⋯わからないけど、まあこの辺りに住んでる魚じゃないかな」


「そうか。もっと、近くで見せてくれないか?」


「もちろん」


 ミラーボールを抱えたまま膝をついて水底を覗き込む。よく見れば最初に見た小魚よりも少し大きな魚や色の違う魚が自由にそこら中をゆらゆらと泳いでいた。


「こういう魚を見るのは初めて?」


「ああ。それこそアロワナだとかイヌザメだとかエンゼルフィッシュは見たことがあるが、こういう野生の魚は初めて見る」


 ミラーボールははしゃぐように水面を見つめている。彼の身体には泳ぐ魚ともうすぐ暮れる海のオレンジの煌めきが映っていた。


「そろそろ行こうか」


 ところどころ海に沈んでしまった飛び石を跳ねて渡る。


「君はずいぶん軽やかだな。羨ましい限りだ」


「自分も、暗い夜に輝けるあなたが羨ましい。さあ、着いたよ」


 ⭐︎


 ストリップ劇場の中はその過ぎた年月を語るように朽ちていた。天井の剥がれかけていて、屋台骨が剥き出しになっている。壁も内側だというのに塗装は全て剥げていた。


「少し辺りを歩いてみてくれるかい?」


「仰せのままに」


 場内をぶらりと歩く。ステージをぐるっと囲むようにある客席の、一般席とでもいうんだろうか。そういう場所は木板がところどころ外れていた。おそらく上客が座るであろう一人がけの豪奢な真紅のソファーは一箇所に集められ、雑多に重ねられている。

 ただ幸いなことに、ステージの周りは埃に覆われていたり、色々な配線が垂れ下がっている以外は存外元の形を保っていた。


「なにか思い出した?」


 ミラーボールに問うてみる。彼は暫し考えた後、記憶の糸を辿るように語り始めた。


「⋯⋯金のために、自分の意思に関係なくここに流れてきた薄幸の美女がいた。そしてそれを追いかけてきた幼馴染の、それは大層な男前がいた。二人は駆け落ちしていったよ」


「それはそれは。まるで漫画やテレビのようだ。ロマンチック、とでもいうのかな」


 ミラーボールが軽く笑って頷く。


「まったく、絵になる二人だったよ。でも困ったのは後に残された新人の女子よ。オーナーは彼女に代わりを務めろと言った。入って三日の新人に、だ」


「なんとも気の毒な話だ。他に代わりの人はいなかったの?」


「皆要領よく逃げたのさ。あそこに長くいるような子は立ち回りが上手い。劇場最高の美女の代わりなんて、誰がやっても反感を買う。あの子の方が良かった、お前ではない、と言われるのは火を見るよりも明らかだ。だから何も知らなくて断る術のない新人にお鉢が回ってきたんだ」


 こんな風にミラーボールが話すならば、予想外に成功したのではないかと期待する。しかし彼はチカチカとその身の鏡を曇らせてため息を吐いた。


「そういう話はおとぎ話の中だけだ」


 結果は、話を少し聞いた自分すら予想した通り、散々だった。

 元々、かの美人を見に来た客から、ヤジやブーイングが嵐のように飛んだ。それだけじゃない、どこから持ってきたのか空き缶なんかも劇中に飛んだらしい。その有り様は、そんな厳しい風景を見慣れている劇場のスタッフでさえ、目を背けるほどだった。


「⋯⋯それでも、彼女は舞台の幕が降りるまで逃げ出さなかった。彼女はやり遂げたよ」


 ミラーボールはまるで自分の自慢話をするかのように言い切った。でもその顔は、その身は、今までのように輝いてはいなかった。


「彼女はそれきり舞台に上がることはなかったよ。太客の一人がこんなやつを舞台に出した責任をとれ、とオーナーに詰め寄ったのさ。そいつは美女の大ファンで金をたんまり注ぎ込んでいたから、八つ当たりの腹いせをしたかったんだ」


「どうにも、報われないね」


「まったくだ。⋯⋯でも、私は確かに、人ってやつを、そこで見たのさ」


 働きたくないのに、何かのために腹を括って働いたもの。途中で挫折したもの。目的を忘れ流されたもの。二度とどこにも帰っても、戻ってこなかったもの⋯⋯。


 ーーー色々な華やかさが、この場所にはあった。


 そこで知ったことは弱きものが必ずしも善ではないように、正しいものが報われる世界でもない。


 ⋯⋯そして存外、正しく美しいものが愛しいわけでもないということ。



 ミラーボールが静かに目を閉じる。劇場は客もスタッフさえも帰った後のように静寂に包まれていた。



「本当に、本当に、色々なことがあったね。ああ、思い出した。でも、それなのに、どうしてか頭に残って、輝いているのはあの新人の彼女のことなんだ」


「そうか」


「⋯⋯なぁ、君はどうしてだと思う?」


「どうしてだろうね。でもきっと、その理由はあなたの方が知ってるよ」


「そう思うかい?」


「ええ。あなたはきっと、昔から、ヒトを見る目のあるツクモガミ様だから」



 そうしてそのまま二人で何もない舞台を見つめる。幕は上がりっぱなしで、きっと永遠に閉じないし、もうここに上がるヒトは誰もいない。

 ステージの真ん中はこれからも空のままなんだろう。


 そうして日はいつの間にか完全に落ちていて、あたりは月明かりがうっすらと届くのみになった頃だった。ミラーボールは、まるで立ち上がるかのように、冬を迎える前の渡り鳥のように、さて、と言った。


「⋯⋯ここまでお付き合いいただいて感謝だ。君も、疲れただろう」


 そう、穏やかな口調で言ったミラーボールはとても眠そうだった。


「全然大したことないよ」


「おやそうかい、若者は⋯⋯元気だね。私は⋯⋯少し、休むことにするよ」


 気づけば彼の鏡は鈍色になっていて、輝く気配が完全に眠りについていた。


「そうだね、ずっと光りっぱなしは疲れてしまう。どんなものにも、休息は必要だ」


 ソファーを一つ二つ持ってきて、舞台の前に並べる。その一つにミラーボールを座らせて、自分も横に座った。

 そこは舞台が全て見渡せる一等の特等席。


 目を瞑る。


 あの日感じた瞼の裏から煌めく光は、もうどこにも感じない。


 それでも、いつかミラーボールが舞台の人を照らしていた夜と、見たこともない、けれど、決して舞台を降りなかった、勇敢で挑戦的なミラーボールさえ認めた彼女の姿が瞼に浮かぶ。


「⋯⋯おやすみ。あなたも、良い夢を」


 もしミラーボールに手足があったなら、きっとソファーに肩肘をついて足を組んでゆっくりと頷いただろう。


 でもミラーボールはそれきり喋らなかった。





end.


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


もしこのお話を気に入っていただけましたら、ブックマークやレビュー、感想などをいただけると、とても励みになります。


また、作者ページには毛色の違う作品も置いてあります。


『ペーパームーンニューライト』は青春群像劇、

『真夏の回顧録』は少し不思議で切ない青春のお話です。


両方ともコンテスト応募作なので、もしご興味がありましたら覗いていただけると嬉しいです。

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