第5話「仲間の良いところを探せ」
朝の空は、少し曇っていた。
凛は、学校へ向かう途中、昨日と同じベンチに目を向ける。
加藤はそこにいた。
膝を抱え、ペットボトルを枕にして半分寝ている。
凛は迷いながらも、声をかける。
「……昨日の続き、教えて」
加藤は片目だけを開いた。
「はえぇな。向上心出てきたやん」
「……まあ、ちょっとだけ」
加藤は起き上がり、煙草を吸うかわりに冷めた缶コーヒーを口に含んだ。
「ええか凛。お前いま、“自分を変えたい”と思っとるな?」
凛は少し息を飲み、頷く。
「なら、次の課題や。」
加藤は指を一本、ふっと持ち上げた。
「仲間の良いところを探せ。」
凛は眉をしかめる。
「……いや、うちのチーム、下手な子多いし。特に後ろからのパス、合わないし」
「そういうとこや。」
加藤は即答した。
「お前はずっと、“味方が悪いから自分が活かされん”って思ってきた。
でもな、本当に上手い奴は“味方を活かす”んや。」
その言葉は刺さった。
胸の奥、図星の場所に。
「今日の練習で、一人ずつでええ。
いいとこ、一個だけ見つけてこい。
欠点は言うな。長所だけや。」
凛は言葉を返せなかった。
ただ、息を吸い込んで、うなずいた。
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グラウンド
部員が集まる。いつもと同じ。
ただ、凛の視線は違う。
(……良いところ、ね)
まず目に入ったのは、DFの村岡。
強気で、声がでかくて、凛は苦手な相手。
(あの子、パス雑だし、威圧的だし……)
そう思いかけて、凛は 意識的に 思考を変えた。
(良いところ、一個だけ)
ミニゲーム。
村岡は、相手FWがボールを持った瞬間、迷わず前に詰めて潰した。
(……止めるの、速い)
その瞬間、凛の手がノートに動く。
「村岡:寄せが速い」
書いたことで、それは確かなものになった。
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次はボランチの佐々木。
(この子、パス弱いし、判断遅いし……いや、違う)
意識を変える。
ゲームが動く。
佐々木は、ボールを失った瞬間に一番に走り戻っていた。
(走るの、諦めないんだ)
またノート。
「佐々木:切り替えが速い」
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次はサイドの真歩。
凛は少し、息を整えた。
真歩は相変わらず遠慮がちだ。
でも、トラップは――綺麗だ。
相手を見ながら、正面に置かない。
次のプレーができる場所に、自然と止める。
そして、パスが来る前から、すでに周りを見ている。
(判断が、速い)
凛は静かに、一行を書き込む。
「真歩:状況判断が速い」
その瞬間、真歩がこちらを見ていた。
目が合う。
真歩は驚いたように、少しだけ笑った。
胸が、じんと温かくなった。
(……私、全然見てなかったんだ)
今まで、自分ばかり。
「味方が悪い」と決めつけて、見ようとしていなかった。
見たふりをしてただけ。
(ちゃんと見たら、ちゃんとあるじゃん)
グラウンドの景色が、少しだけ変わって見えた。
⸻
練習後
凛はノートを抱えたまま、また公園へ向かった。
加藤はいつものように、微妙に不機嫌そうな顔で座っている。
「……見つけたよ」
凛はスッとノートを差し出す。
加藤は受け取らない。
ただ、顎で「読め」と促す。
凛は自分で読み上げた。
「村岡:寄せが速い
佐々木:切り替えが速い
真歩:状況判断が速い」
加藤は少しの沈黙のあと、口角を上げた。
「ええな。」
たったそれだけ。
でも、胸が、じんわり熱くなった。
凛は息を吸う。
「……私、今まで、“自分が上手い”って思ってた。
でも、周り見てなかった。」
加藤は川のほうを見たまま、答える。
「才能は光る。せやけどな――」
凛はその続きを待つ。
加藤は、ゆっくり言った。
「光っとるのに、周りが見えん奴は、自分の光で自分を焼くんや。」
風が吹いた。
空気が澄んだように感じた。
凛はスパイクを抱えて立ち上がる。
(明日はもっと、見てみよう)
そう思えた。
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真歩は家に帰る途中、そっと胸に手を当てていた。
(……凛先輩、今日、私のこと見てた)
胸の奥で、小さな火が灯る。
それはまだ弱い。
でも、確かに燃え始めていた。




