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言い訳ストライカー  作者: やしゅまる


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第4話「一言が届く日」

朝のグラウンドには、少し冷たい風が吹いていた。


凛はスパイクの紐を、いつもより丁寧に結ぶ。

手が震えていることに、自分でも気づいていた。


(……どうしよう)


今日は「声」を出す日。

たった一言。それだけ。

でも、その一言が、山より重い。


チームメイトたちが集まり始める。

いつもの笑い声、いつもの朝。

けれど、凛にとっては、昨日までとは違う空気だった。


「じゃ、アップ始めるよー!」


キャプテンの声に、凛も動き出す。


体は動く。

走れる。蹴れる。

でも――声だけが、喉の奥で固まっていた。



シーン1:練習開始

パス練習。

ドリブル練習。

トラップ練習。


隣にいるのは、いつも控えめな子――真歩。


彼女は、目立たない。

怒鳴ったら泣きそうだし、

褒められたら耳まで赤くなるタイプ。


凛が今まで、一番雑に扱ってきた子。


真歩が、軽くボールを受けて。

トン、と柔らかくトラップした。


綺麗な動きだった。


(……今だ)


声を出そうと、凛の喉が震えた。


「……っ」


でも――息が止まった。


声は、出ない。


胸がぎゅっと小さくなる。


(言えない……なんで)


凛は歯を食いしばり、そのまま練習を続けた。



シーン2:ミニゲーム

コーチが笛を吹き、ミニゲームが始まった。


凛は前線に立つ。

いつも通り、ボールを呼ぶ。

だけど、今日は違う。


味方を見る目が、いつもより広い。


真歩が右サイドで、ボールを持った。


相手が近づいてくる。

いつもなら、彼女はすぐにパスを戻す。

安全に逃げる。


でも――この日は違った。


真歩は、勇気を出して、

凛へ向かう縦パスを蹴った。


そのパスは少しズレた。

だけど、


(狙いは、合ってた)


凛は走りながら息を吸う。


胸が、少し熱くなる。


(今だ)


喉に、言葉が集まる。


「…………」


深く息を吐いて――


「――今の、いいよ。」


声は小さくて、震えていた。

でも、確かに届いた。


真歩が振り向いた。

驚いたような、少し泣きそうな顔。

でも、その奥には――ちゃんと「嬉しい」があった。


その瞬間。

グラウンドの空気が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


誰も何も言わない。

けれど、みんなが気づいた。


(凛が、変わろうとしてる)


その「空気」が、凛の胸にそっと灯る。



シーン3:放課後の公園

夕方。昨日と同じベンチ。

加藤は相変わらず寝ている。

今日も臭いし、髭も伸びっぱなしで、シャツはしわくちゃ。


でも、凛は迷わず隣に立つ。


「……言えた」


加藤は目を開けない。

ただ、鼻で笑ったような息を吐いた。


「せやろ」


その一言は、褒め言葉じゃない。

でも――認めてくれている。


凛はベンチの端に座り、スパイクを抱えたまま、空を見上げる。


「……なんか、ちょっと、胸が軽い」


「そらそうや」


加藤はゆっくり目を開け、夕焼けを眺める。


「心はな、行動でしか変わらん。

 今日、お前は変わる方向に一歩、踏んだんや」


凛は、言葉を飲み込んだまま。

でも、唇の端が少し上がった。


「……でもまだ怖い」


「怖いままでええ。人間はずっと怖いままや」


凛は目を伏せた。


「じゃあ、どうすればいいの」


加藤は、空を見たまま、静かに答えた。


「怖いまま、前に出るんや」


風が川を渡り、凛の髪を揺らした。


その言葉は、今日の夕焼けより温かかった。



凛は立ち上がり、スパイクを持ち直す。


(明日も声を出そう)


それは「頑張ろう」よりも強い決意。

小さくて、でも絶対に消えない火。


帰り道、昨日より景色が明るく見えた。

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