表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言い訳ストライカー  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/18

第10話 外した後の顔

川沿いの空は、冬の名残を引きずったまま薄く曇っていた。


凛はゴールポストも何もない空き地で、ただひたすらボールを蹴っていた。

地面は固く、靴底に響く感触が痛い。


(……外したら、また何か言われる。)


ボールは思ったよりも右へ流れ、草むらに転がった。


拾いに行こうとしたとき。


「お前、外すのが怖い顔しとる。」


いつの間にか、加藤が近くにいた。

缶コーヒーを片手に、眠そうな目で凛を見ている。


「……外したら、また文句言われるし。」


凛はそっぽを向いたまま答える。


加藤は、ふっと息を漏らした。


「ちゃう。

 外した後にな、味方の顔見られへんのが怖いんやろ。」


凛の動きが止まる。


図星だった。


言い返そうとしても、喉の奥が固まって言葉が出てこない。


加藤は空を見上げたまま続ける。


「ええか。良い選手はな、決めるやつやない。

 外したあと、味方を信じ続けるやつや。

 顔ひとつで、チームの心は決まる。」


凛は息を飲んだ。


胸の深い部分に、何かが落ちた気がした。


(……顔、か。)


ボールを拾い上げ、凛はもう一度蹴った。



放課後、グラウンド。


監督がホイッスルを吹き、声を張る。


「今日は“外した後の動き直し”を重点にする。

 シュートを外したら、すぐ戻れ。止まるな!」


凛は少しだけ口元を引き締めた。


(……外したら、終わりじゃない。)


千春はいつものようにコートの最後尾。

真歩は中盤、呼吸が落ち着いている。


ミニゲームが始まった。



真歩がボールを受ける。

相手が寄せる。

でも真歩は止まらない。


(前……!)


凛は縦に走り出す。


真歩の足元から放たれたパスは、まるで糸のように凛へ通った。


完璧な形。


凛はトラップし、前を向く、そして振り抜く——


――外す。


一瞬だけ空気が動いた。


真歩は小さく肩を落とし、千春は眉を寄せた。


凛は息を吸い、笑った。


「ナイボ、真歩! もう一回行こ!」


真歩は驚いたように目を見開いて、そして頷いた。


千春も、ほんの少しだけ口元を緩める。


(……今の凛、強い。)



再びチャンス。


ゴール正面。

キーパーとの距離は近い。


凛は思い切り振り抜く。


――また、外した。


グラウンドの空気がざわつく。


(また外した……また失敗した……)


心臓が喉の奥で暴れだす。


そのとき。


「顔、や。」


フェンスの向こう。

加藤が立っていた。


凛は息を吸い、そして笑った。


手を叩き、声を飛ばす。


「千春、次合わせる! まだ行ける!」


千春はすぐ返す。


「任せろ!」


その声には、責めも苛立ちもなかった。


(……崩れてない。)


チームは壊れなかった。


凛の顔一つで、空気は守られた。



終盤。


真歩が中盤でボールを奪い返す。


迷いのない身体の向き。

パスコースを見つける目は、強かった。


(凛ちゃん、行ける。)


スルーパスがまた通る。


凛は走る。

足は重い。でも止まらない。


三度目のチャンス。


(外してもいい。

 でも、この一瞬は、怖がらない。)


深く息を吸い、凛は振り抜いた。


――ネットが揺れた。


静かな、決定的な音。


凛は喜びに跳び上がらない。

ただ真歩に向かって、まっすぐ手を差し出した。


真歩は手を掴む。

その目は、涙で少し滲んでいた。


「……信じてた。」


その一言に、凛の胸が強く熱くなる。



帰り道。

川沿い。


加藤はいつものように缶コーヒー。


凛は横に座る。


「外した後の顔で、チームって変わるんだね。」


加藤は缶を振って、軽い音を立てた。


「せや。

 お前はもう、外して終わる選手やない。

 外して、また立つ選手や。」


凛は、今度は本当の笑顔で言う。


「……明日も来る。シュート打ちに。」


加藤は横を向いたまま、少しだけ口角を上げた。


空気は冷たいのに、不思議と温かかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ