第1話「言い訳のシューター」
放課後のグラウンドには、まだ夏の名残りみたいな湿った熱気が漂っていた。
女子サッカー部は今日、隣町の強豪校と練習試合。
部員たちの声は大きいのに、空気はどこか重かった。
凛は、前線で息を切らしていた。
「来いっ!」
キーパーとディフェンスの間へ走りこんだ凛に、ボランチがパスを送る。
タイミングは――悪くない。
だが、凛はトラップをほんの少しだけミスした。
一瞬、ボールが足元から離れた。
すぐに戻したが、シュートの角度は狭くなる。
焦って打ったシュートは、ゴール右に外れた。
「……チッ」
凛は舌打ちをした。
そして、パスを送った味方に声を荒げる。
「ねぇ、あれもっと早く出せばいいでしょ!?
走りこんでたの見えてたよね!?」
味方は俯いた。
監督は黙って腕を組んでいる。
周りの空気が、じわりと冷えた。
試合はそのまま1-3で負けた。
整列、挨拶、解散。
そして、監督が凛の方へ歩いてくる。
「凛」
「……はい」
「お前の言ってることは、間違ってない時もある。
でもな――結果出せてない奴が言っても、ただの言い訳だ」
「……っ」
「まず点を取れ。
文句は、それからにしろ」
刺すような言葉。
凛はまっすぐ顔を上げられなかった。
⸻
練習後。
夕暮れの川沿いの公園。
凛は、ひとりでベンチに座っていた。
足元には自分のボール。
(私が悪いんじゃない。
パスが遅いし、サポートも少ないし……
なんで私ばっかり――)
そんな言い訳めいた思考を、ぶつぶつと小声で繰り返していた。
そのとき。
「……その言い訳、聞き飽きたわ」
低い声。
ベンチの向こう側からだった。
凛が顔を上げると、
ダンボールを敷いた上に寝転がっている男がいた。
髭は伸び、服も汚れている。
けれど、その目だけが濁っていなかった。
「は?何なんですか、アンタ」
凛は眉を寄せた。
男は上半身を起こし、だるそうに言った。
「お前の敵は周りやない。
お前の口と、プライドや」
「はぁ?意味わかんないんだけど」
「わからんでええ。
そういう時期や。誰でもな」
凛は、胸の奥がチリッとした。
図星のときだけ刺さる痛み。
「黙っててください。関係ないし」
「ああ、関係ない。
せやけどな――」
男は、凛の足元にあるボールに手を伸ばした。
そっと、ひと押し。
ボールはコロコロと転がった。
凛は反射的に、足で止める。
「……」
自分でも理由はわからない。
止めたくて止めたんじゃない。
身体が勝手に反応した。
男は、その様子を見て、少しだけ笑った。
「ほら。
気分とか関係なくても、体は動けるんや」
凛は言い返そうとしたが、言葉が出ない。
男は、ゆっくりと言った。
「気分が乗らんと動けん奴はな。
一生、何も変われへん」
夕焼けの光が、男の横顔を縁取っていた。
酔ってるようで、冴えているような声。
臭い。汚い。
けど――目だけは生きていた。
「才能はあるよ、お前」
凛の肩が、びくっと動いた。
「ただな。
その才能、お前のプライドが殺しとる」
まっすぐ刺さる言葉。
痛いのに、逃れられない。
「もったいないと思わへんか?」
凛は何も言い返せなかった。
悔しい?
腹が立つ?
傷ついた?
わからない。
ただ胸の奥で、何かが熱くなっていた。
⸻
帰り道。
凛はボールを小さく転がしながら歩く。
(……ほんの少しだけでいい。
明日、もう1回だけ……
ボール触ろ)
言い訳でも、強がりでもない。
それは、ほんの少しの“変わりたい”だった。
夜風は、さっきより少しだけ優しかった。
― 第1話 了 ―




