優しい君を困らせたい
屋上へ続く扉の前、降っている雨に俺ーー森川 晴人は舌打ちした。 俺は仕方なく、階段を椅子代わりにして、座り込む。 別に雨が嫌いと言う訳ではないが、家でのんびり出来ないことに苛立ちを覚える。
そう、俺は傘を忘れてここに来てしまった。世の中上手くいかないものだ。 そう愚痴の様なことを考えていると、小さな声で俺を呼ぶ声がした。
「なんだ、何かようか⋯⋯大泉 」
「⋯⋯あ⋯⋯の⋯⋯」
小さな声でぼそ喋る彼女ーー大泉葵は、どうやら俺のことを、心配してくれたようだ。 彼女の性格からして、放っておけなかったのだろう⋯⋯まったく優しい奴だ。
「⋯⋯だ⋯⋯ら⋯⋯で⋯⋯」
「はいはい、わかったわかった」
「ふぇ⋯⋯森川くん⋯⋯」
「ありがとうって言っているんだ、でもお願いがあるんだ」
「⋯⋯?おねがい?⋯⋯」
「まあまあそんなに慌てるなよ。 ほら大泉、こっちに来い」
そう俺が言うと、彼女はおずおずと警戒しながらも近づいて、隣に座った。 これで彼女の発言が聞き取り易くなったな。
「そんなに警戒すんなって、お話するだけだからさ~」
「話ってなにかな、あの、そのあまり見つめないでください、見つめられると恥ずかしいから」
「恥ずかしいがるなっての、それにしても意外だな」
「い、意外ってなんでしょう、何か私したのかな、なんでニコニコと、こちらを見てくるのかな」
「案外口数多いなお前、無口な奴かと勝手に思っていたんだがな」
「そそんなことないですよ、私は物静かで無口だってクラスのみなさんや先生に言われていますから、そんなことを言い出したら、そうですよ、森川くんの方が私にとっては意外ですよ、こんな私とお話したいだなんて。 私一緒にいて特に話題とかないですよ」
ニコニコ笑顔の彼女。というかめっちゃ喋るじゃん大泉⋯⋯想像以上だ。 駄目だこのままだと話が進まないので切り出すとするか。
「今日、これからデートしようぜ大泉」
「de-to? kyou corekara?」
「めちゃくちゃ片言だな! そうだ⋯⋯じゃ行くか大泉」
俺は完全にかたまってしまった大泉を抱えて運び教室へ向う、作戦成功だ。 俺は教室に入ると一人の生徒がため息をつきながら帰る所だった。 俺に気付くとそいつは話かけて来た。
「おっす森川!⋯⋯と大泉? お前ら何やってるんだ」
「吉田修也、作戦成功だ、俺はコイツの傘に入れてもらって帰るから、じゃあな」
「何だと、畜生、走って帰るしかないのか。 なんだよ天気予報で雨とか言ってなかったぞ!」
俺はそんな同級生を見送り、カバンを持ち上げ大泉に声をかけた。
「さ、準備は出来たか? 行くぞ」
「⋯⋯オッフ⋯⋯⋯」
駄目だ距離が遠い所為でよく聞き取れないだが笑顔だし問題ないようだ⋯⋯さっきまで円周率の最初の三文字を連呼してたなよなコイツ。 ちょっと怖かったんだが⋯⋯まあいい準備もできたし行くか。
「あの森川くん、近いですはい、緊張してしまいます。 どうしよう、私臭うかな」
「全然臭わないよ、それに近ずかないと雨に濡れるぞ大泉⋯⋯それとも俺臭うか」
「そんなことありません、あれ、大丈夫かな私の呼吸とか心臓の音が森川くんに聞こえたりして」
それにしても、中途半端な雨だ。 もっと強く降っていたら、諦めて走って帰るのに、⋯⋯でも濡れたくないから丁度いいか。
「ありがとうね 大泉さん、お詫びに何かして欲しいこととかある? なんでもいいよ」
「nanndemoiiyo? sitehosiikoto?」
「また片言になってるよ、しっかりして! ほら例えば、何か奢るよ」
「うえぁ、そんな、別に私はもう何も、それに既に目的は達成しましたからへへ」
「それじゃ悪いよ、ほらあそこに自動販売機があるから雨宿りついでに寄って行こ⋯⋯えっとなに飲む? 俺はブラックコーヒーかな」
「ブラックコーヒーですね! 買います」
そう言うと彼女は素早い動きでお金を入れボタンを二回押した、カランコロンと落ちて来たコーヒーを笑顔で渡してくれる⋯⋯なんて優しいのか。 だがここで俺の中の悪魔が囁いた。
「ありがとう、それじゃお金返すね」
「いいえ問題なく、気にしないでください、お揃いですね、ふふ」
「いや、返すよ⋯⋯その代わりにお願いがあるんだ、缶の蓋を開けて、飲ませてくれないか、頼むよ」
「え、そんな、でも頼まれたからしたいし、したいからやります。 お願いします! えい!」
「ゴクゴク⋯⋯ゴク、ゴフォー」
ちょっと待って大泉さん、ストップストップ、俺は心の中で叫ぶも彼女には届かない⋯⋯なんとか飲みきったが、少し咽せてしまう。 俺の中の悪魔を恨んだ。
「ふふ、ごちそうさまでした、おいしかったですか?」
「え? あぁ⋯⋯うんありがとう、助かったよ」
彼女に優しく微笑まれると否定できない、しかしどうしても、一矢報いたい。 俺は閃いて彼女に言う。
「大泉お願いがあるんだけど⋯⋯困った顔してくれないか」
「え、困った顔? どうしてですか?」
「さあな、なんか⋯⋯見てみたくなっただけ」
雨の音が強くなった。 彼女は首を傾げながら、ほんの少し困ったように笑った。 それを見て、俺の胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。
「雨強くなりましたね」
「そうだな⋯⋯これじゃ二人で傘に入っても仕方がない、諦めて走って帰るか⋯⋯じゃあな」
「あの、もう少しだけこのままここにいませんか。 大丈夫ですもうすぐ雨はやみますから」
不思議なものだ、彼女がいると、この無駄な雨の待ち時間も悪くない⋯⋯俺はそう思った。




