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第九章「任務中止」

 静寂を破るように、ユウタのスマートフォンが震えた。

 画面に表示された番号を見た瞬間、彼の表情が一変する。


「……組長だ」


 誰にともなく呟き、ユウタは背を向けて電話に出た。


「はい、氷室です」


 受話口から聞こえてくる声は、静かで落ち着いていたが、その底に鋭い威圧が滲んでいた。


『……依頼は中止だ』


 一瞬、ユウタは耳を疑った。


「……今、なんと?」


『今この瞬間も、あのガキの動画が全国に拡散されている。ここまで広がっちまったら、そいつをやっても意味はねぇ。むしろ、火に油を注ぐ』


「……しかし、親父。俺たちは“受けた”仕事を途中で放棄すれば……」


『そのガキをやって何になる? いま処分すれば、氷見組が“消した”と全国に認識される。そんな筋の悪い話、俺はごめんだ』


 ユウタは言葉を失った。


『家族も放してやれ。もう無理だ。あの少年は、いまや“世論”の加護の中にいる』


「……承知しました」


『まったく、厄介な仕事を回されちまったもんだ。……警察も政治家も、こっちの手駒に使おうとしてくるが、いつもこういうときだけ責任を押しつけやがる』


 通話が切れる。


 ユウタは無言でスマホをポケットにしまい、深く息をついた。


 部屋の隅では、ひかるがじっとこちらを見ている。


「話は終わった。お前、運が良かったな」


 ユウタの声に、いつもの毒気はなかった。むしろ、どこか呆れたような響きすらあった。


「お前をどうするかは……もう、俺が決めることじゃねぇ。とっとと帰れ」


 ひかるはしばらく黙っていたが、やがて一歩、前に出て頭を下げた。


「ありがとうございました」


 その一礼に、ユウタは少しだけ目を細めた。


「なぁ、お前ヤクザ興味ないか?原兄妹も一緒に面倒見てやるぞ」


「勘弁してください・・・」


 ひかるは苦笑いしながら首を振り、背を向けて事務所を後にした。



 一時間後、都内のとある一軒家に、あいりとタクミが到着する。

 そこには、無傷のまま、ひかるの両親と妹がいた。


 扉を開けた瞬間、あいりは一気に駆け寄り、ひかるの母に抱きついた。


「よかった、本当に……ごめんなさい、私、何もできなかった……」


 母親は驚きながらも、あいりの頭を優しく撫でる。


「ありがとう、助けてくれて……ひかるを……家族を……」


 その後ろから、タクミが静かに入ってくる。ひかるの妹が泣きながらタクミに駆け寄ると、彼は少し照れたように頭を撫でた。


 しばらくの沈黙のあと、あいりはひかるの姿を探すように振り返る。


「……ひかるは?」


 その瞬間、玄関のドアが開く音がした。


 泥だらけの制服のまま、ひかるが立っていた。


 あいりは無言で駆け寄り、思いきりひかるの胸に拳を叩きつけた。


「バカ……!もう死んじゃったと思った……」


 ひかるはその拳を受け止めることもせず、ただ俯いたまま言った。


「ごめん……でも、もう大丈夫だよ」


 その一言に、あいりは泣きながらひかるを抱きしめた。


 タクミは後ろで、そっと煙草に火をつけ、空を仰いだ。


「……結局、このガキが一番度胸あったってことか」


 その煙は、静かに夜明けの空に溶けていった。

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