第八章「告発と祈り」
重い扉が、軋んだ音を立てて開く。
事務所内は静まり返っていた。照明は薄暗く、天井の蛍光灯がジジジと頼りなく音を立てる。ひかるは一歩ずつ床を踏みしめながら、部屋の中央へと進んだ。
そこには、氷室ユウタがいた。長いテーブルの奥、革張りの椅子に座り、煙草を咥えたまま薄笑いを浮かべている。
「……来たか。勇敢なやつだな」
ひかるは言葉を返さず、ゆっくりとスマートフォンを取り出す。
「今、各種SNS、メディア、警察、学校にこの動画を送った」
ユウタの目が細くなる。
「動画……?」
スマホの画面が光り、再生された動画が静かに音を流し始めた。
《この動画を見た方はすぐに拡散してください。私はある殺人事件の目撃者です。しかし、事件は何もなかったことにされ、被害者は失踪扱い。犯人は今現在も普通に生活をしています。この事件がなぜもみ消されたのか——それは警視庁、松本警視総監の息子、松本シンジが犯人だからです。警視庁はこの事件が表沙汰にならないよう秘密裏にヤクザ組織・氷見組に目撃者の排除を依頼したのです。その結果、私の両親、妹が氷見組に人質として取られています。皆さんはこんな話を嘘だと思うかもしれません。ですが、もし私が、そして私の家族が消えたとき——それが真実だったという証明になるでしょう。私が通う世田谷区立世田谷西高校の後藤先生についても調べてみてください。 彼は現在“失踪中”となっているはずです。しかし、後藤先生は松本シンジに殺されたのです。
私はそれを見てしまった。
私は今、氷見組の事務所に来ています。
この告発がどれほど意味を持つかはわかりません。もみ消されるかもしれません。それでも、私は、私の周囲の人たちが平穏に暮らしていけるようになることを願っています。以上です。》
動画が終わると同時に、沈黙が部屋を包んだ。
ユウタが立ち上がり、机を指で軽く叩く。
「……なるほど。やるねぇ、お前。」
「もう失うもんなんかない。俺だけで終わるなら、それでいい」
「ヒーロー気取りか。だがな、ガキ」
ユウタがゆっくりと歩み寄る。
「お前がここで死んだところで、その動画がどこまで広がるかなんて保証はねぇ」
「それでも構わない。何もしないよりは、ましだから」
その言葉に、ユウタは笑った。
「……いい度胸だ。嫌いじゃない」
突然、背後の扉が開いた。
「ユウタさん! ネット上で動画が拡散されてます!再生数、もう数十万はいってる!」
「……なんだと?」
ユウタがスマホを取り出し、画面を確認する。
拡散速度は爆発的だった。SNSのトレンド上位には〈高校生の告発〉〈失踪した教師〉〈警視庁総監の息子〉などのワードが並び始めていた。
その瞬間、事務所内の空気が一変する。
ユウタは苦々しく舌打ちをした。
「……チッ、これはまずい」
ひかるの表情に、初めてわずかな安堵が浮かぶ。
事務所内の男たちがざわつき始める中、ユウタは黙ったまま、ひかるを睨み続けた。