第四章「逃げられない夜が来る」
タクミに裏切られたと知ったあいりは、涙をこらえながら走り続けた。
心の中はぐちゃぐちゃだった。怒り、悲しみ、そしてひかるへの申し訳なさ。
走りながらスマホを取り出してひかるに連絡を入れた。
「ひかる、すぐに家を出て。誰にも見られずに、人気のないとこまで来て」
『え?どうした、まさか——』
「お兄ちゃんに私とひかるの電話聞かれた…あんたのこと、もう上に報告した。氷見組が動く。」
電話の向こうで、ひかるの息が詰まる音がした。
『……マジかよ……』
「今すぐ逃げて。迎えに行く」
その夜、人気のない工場跡地の近くでふたりは再会した。
あいりはバイクにまたがり、ひかるを後ろに乗せる。
「どこ行くんだ?」
「しばらく潜れる場所がある。友達のとこ。兄ちゃんには連絡しない」
バイクのエンジンが静かに唸り、夜の闇へと滑り込んでいった。
逃亡が始まった。
*
翌朝。ひかるは見知らぬアパートの一室で目を覚ました。
寝袋の中で丸まった体を起こし、窓の隙間から差し込む光に目を細める。
すぐ隣には、あいりが眠そうにしていた。
「……おはよう。よく眠れた?」
「……まあまあ」
本当は全く眠れていないが、あいりを安心させるために咄嗟に嘘をついてしまった。
会話はぎこちなく、でも互いの存在がどこか心強かった。
だが、安心は長くは続かない。
スマホに通知が届いた。
あいりの兄からだった。
《氷室が動いた。お前ら、急げ》
ひかるとあいりは顔を見合わせた。
「……お兄ちゃん、後悔してるのかも。氷室ってお兄ちゃんがいつもやばいって言ってるやつだ…」
「……どうだろうな。」
ひかるは荷物をまとめながら、ふと窓の外を見る。
見慣れない車がアパートの前に停まっていた。
「やばい……もう来てるかも」
あいりも窓の外を確認し、すぐに靴を履いた。
「次の場所に移ろう。今は、とにかく逃げなきゃ」