第二章「あなた、何か見たでしょ」
昼休み、校内の空気がざわついていた。
「昨日、裏門のとこで怖いおっさんに話しかけられたって、山本が言ってた」
「俺も今朝見た。黒い車からスーツのやつが降りてきて、こっちジロジロ見てきたぞ」
教室の隅っこで、そんな噂が交わされていた。
掛橋ひかるはその会話に耳を傾けつつも、顔はノートに落としたまま、気配を消すようにして過ごしていた。
ここ数日、視線を感じることが増えた。学校の外でも、家の前でも、街中でも。誰かが自分を探している――そんな予感だけが、確かに胸に残っていた。
下校時刻。いつもの帰り道を歩いていたひかるの隣に、原あいりが並んだ。
「ねぇ、今日も一緒に帰っていい?」
「あ、うん……」
並んで歩く足音が、微妙な間を刻む。
「……ひかるさ、最近なんか変じゃない?」
ひかるの足がわずかに止まりかけて、すぐに動き出した。
「そうか?」
「気のせいかもしれないけど、なんかずっとビクビクしてる」
「そんなこと……ないって」
苦笑いで誤魔化すが、声が少し震えていた。
「……もしかして、何か見た?」
その言葉に、ひかるの背筋が凍った。黙っていても見抜かれてしまう。そう思った瞬間、ひかるは足を止めた。
「……話すけど、絶対誰にも言わないって約束してくれるか?」
あいりは真剣な顔でうなずいた。
「この前の放課後……いつも通る路地で、後藤先生が倒れてるのを見た。血だらけで……近くにいたのは、シンジだった」
「あの、シンジって松本シンジ……?」
「シンジ笑ってた。俺、怖くなって逃げた。顔は見られてないと思うけど…でも、次の日には“失踪”扱いになってた。」
あいりは黙って話を聞いていた。そして、バッグからスマホを取り出した。
「昨日、お兄ちゃんに聞いたんだ。なんか、だいぶ上の人から“人探し”を頼まれてるらしい。お兄ちゃんなんてまだヤクザにもなれてないくらいの下っ端だから、この機会に手柄をあげようと躍起になってるみたい……」
「……だからこんな街中にいるのか」
頷き合った二人の間に、緊張が走る。
「私、お兄ちゃんにも絶対に言わないから…」
「ありがとう……」
ひかるは少しだけ気持ちが楽になった。
沈む夕陽の中、二人の影が伸びていた。