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死を待つ私

作者: 檸檬氷菓

ご覧いただきありがとうございます。檸檬氷菓です。五作目です。今回のテーマは罪悪感です。

 私はずっと死を待っている。今日もまた、誰かがやってくる。


 日曜日。今日は誰か来るのだろうか。私を殺してくれるといいけど。

「おはよう。」

 お母さんだ。いつも私のことをたくさん考えてくれていて、すごく優しかった。私がしたことは知らないはず。だっていつもこの冷たい牢獄まで会いにきてくれるから。たぶん私のことを殺してはくれない。

「今日はお仕事お休みなんだ。ごめんね、こんなことになるまで何も気づけなくて。」

 お母さんは今日も謝る。私が牢屋に囚われてからはいつも謝っている。ただ私が悪いことをしただけなのに。それで自首したからここにいる。何も知らないからお母さんは泣いている。

「早く戻ってきてね。お父さんとお姉ちゃんも、みんな待ってるから。」

 お父さんとお姉ちゃんはここには来ない。お父さんは単身赴任中だし、お姉ちゃんは海外の大学に進学して一人暮らしをしている。二人の分までお母さんはよく私に会いにくる。

「絶対戻ってきて。あなたがいないと駄目なの。お願い、本当に大切に思ってるから。」

 そんなの、ただの勘違いだ。思い込みだ。私は牢屋の中から母親を睨みつける。母は気づかない。さっきから、いやここではいつも誰も私を見ていない。私を見ずに私に話しかける。母も隅で体育座りをしている私になんて気づいていないのだ。

 やっぱりどうせ何かの間違いだ。私なんて要らないくせに。優秀なお姉ちゃんがいれば十分なくせに。劣化版なんて必要ないでしょ。私はお姉ちゃんみたいに勉強もできないしすごい子じゃない。それにお父さんみたいに人の役にも立てない。だから要らないの。

 そう言いたくても私は喋れない。罪人に口はない。死人と同等の扱いだ。だったら死人の方が罪を犯さずに済む分ずっと良いけど。

「やっぱりあなたがいないと寂しいよ。お願いだから死なないで、生きて。お母さんを置いていかないで。」

 自分勝手だ。私の気持ちなんて全然考えてない。私は罪を犯した最低な人間だ。だからこんなことになったんだし、もう戻るつもりはない。私みたいなやつ死んだ方が世のため人のためだ。生きている価値なんてない。なのにお母さんは泣いている。何も知らないから泣いている。

「ごめん、もう帰るね。たくさん話すように言われたけど、返事がないとやっぱり辛いな。」

 お母さんは私の視界から姿を消した。今日はもう少し長くいると思っていた。別にどうでもいい。休みの日になればどうせまた来るだろうし。まあその前に私が死ぬかもしれないけど。別に死んでもいいや。いや、むしろ死にたい。私は死にたいんだ。お母さんはお姉ちゃんとお父さんがいれば平気なはずだから。それにお母さんも私が死んだらきっと安心してくれる。罪人より死人の方がずっと良いだろうから。私のことを諦めてくれるはず。諦めれば、きっとお母さんも楽になれるよね。だから、私は早く死にたいの。


 月曜日。午前中は誰も来なかった。時間は外の明るさである程度予想できる。カレンダーはないが、こうして考えて毎日曜日を覚えているからお母さんが来る日は予想できる。それにときどき日付を教えてくれる人もいる。数えてはいないが、おそらくまだ九月だ。

 暗くなり始め電気がついたころ、私の友達がやってきた。彼女も私がしたことは知らないと思う。

「…えっと、やっほー! 久しぶりだね! 会いに来れて良かった! こんなことになっちゃうなんて、聞いたとき本当にびっくりしたよ…。それに、もちろん悲しかった。ねえ、あんたがいないとつまんないよ。また遊ぼうよ。まさかこのまま死ぬ気じゃないよね? そんなの絶対やめてよね。まだ一緒にやりたいこといっぱいあるんだよ! 夏休みだって全然遊べなかったし! 冬休みはもっと遊ぼうって言ったじゃん。文化祭も一緒に回ろうって約束したのに! なんで! なんでなの!」

 私の友達は泣きながら怒っている。まあ友達が悪いことをしたのだから怒って当たり前か。何をしたかなんてわからないだろうけど。

 彼女はいちばん仲の良い友達だ。少なくとも私はそう思っている。でも彼女にも言えなかった。悪いやつだって知られたくなかった。私は良い人のフリをして彼女を騙したのだ。

「こんなこと言ったって、答えてくれないか。」

 悪人の私は何も言えない。でもここに来る前だって本当のことは誰にも言えなかった。いつも嘘をついて隠してきた。自分の性格の悪さを知られたくなかった。怖かったんだ。

「言っていいのかわからないけど、言いたいから言ってやるよ。ちゃんと聞いててよね! 私、あんたには生きていてほしいよ…。だから!このまま死んだら絶対許さないから。それと、今度はちゃんと話してね。私じゃ頼れないって言うんなら、他の人でも。」

 話したいという気持ちはあった。でも怖かったんだ。悪いやつだって知られたら嫌われるから。友達のままでいられなくなるから。どうせみんな私じゃなくても良かったんでしょ。たまたま仲良くなったのが私だっただけ。私が駄目だったら他の人にするんでしょ。代わりの友達を作るんでしょ。

「ごめんね。まあ謝ったって意味ないか。」

 謝らなきゃいけないのは私の方だ。今まで騙していてごめん。でも、もう死ぬから。ちゃんと代わりの友達見つけてね。

「もう帰るよ。絶対生きててね。死んだら絶対に許さない!お葬式もお墓参りも行かないよ!生きてね、また会いに来るから!」

 彼女は泣きながら私の視界から消えていった。別に葬式にも墓にもここにも来なくていい。私みたいな悪人のことなんて気にしなくていい。でも、少なくとも私が生きているうちは気にしてしまうのだろう。彼女らを楽にしたい。私という悪人から解放したい。私は今日も死にたい。


 火曜日。午後になってから担任の先生が来た。もしかすると今日は学校が早帰りだったのかもしれない。先生が来てくれるなんて、思ってもみなかった。私に何を言いに来たの? 

「こんにちは。久しぶりですね。」

 先生は学校で話していたときより、なんだかずっと暗く見えた。声も低いし、どこか戸惑っているようにも見える。

 まあ無理もないか。自分のクラスの生徒が悪人だったのだから。驚いただろうな。今まではきっと良い子でいられたはずだ。成績も悪くなかったし学級委員の仕事もちゃんとこなして、みんなにも優しくできていたはずだ。でもどれだけ良い子のフリをしたって、本性は変えられなかった。良い人にはなれなかった。

「まさかこんなことになるなんて、想像したこともありませんでした。本当にショックで、申し訳ない気持ちでいっぱいです。」

 先生には関係ない。ただ私が悪いだけだ。悪いやつだから、何も言えない。先生は優しかった。私みたいな悪人ではない。

「生徒のことは自分なりに注意深く見てきたつもりです。特に優等生と言われるタイプの子は気にかけていたつもりでした。頑張りすぎていないかって、ちゃんと見ていたつもりでした。」

 先生は先生として、ちゃんと気づこうとしていたんだ。私の本性を知ろうとしてくれていたんだ。でも、バレなくてよかった。私、ちゃんと優等生でいられたんだね。なら最期まで優等生でいたかったな。

「ごめんなさい。こんなこと、言ってはいけないのかもしれません。でも生きてほしいんです。訊きたいことも話したいこともたくさんあるから。…死ぬな。」

 先生の丁寧語が乱れた。こんなこと、初めて。先生はどんなに怒ったときも丁寧な言葉遣いで話していた。なのに、どうして? 

 先生も私の視界から消えていった。先生は私がもし脱獄できたら、すごく気にかけてくれるだろう。本当にものすごく優しい人なんだ。私みたいなやつのことも気にかけてくれたぐらい。…でもごめんなさい。私には脱獄する気はありません。ここから出たところでやりたいことなんて私には何もないの。生きたいと思える理由なんてない。だから私はここで死を待つ。私はまだ死にたいままだ。


 水曜日。クラスメイトが来た。友達と呼べるほど仲は良くなかったが、一度同じ班になったことがあるのでそれなりに話してはいた。

「突然来ちゃってごめん。びっくりしたよな。聞こえてないかもしれないけど、実は言いたいことがあるんだ。あと訊きたいことも。」

 彼が私に言いたいこと。前回のテストのことかもしれない。もしそうだったら、聞きたくない。でも悪人の私は耳も塞げないし、彼も止められない。

「俺の勝手な想像だけど、なんかちょっとわかるような気がしたんだ。こんなことになった、理由みたいな。勝手に思ってるだけだけどさ。」

 わかるわけがない。ただ私が悪いことをしたから囚われているというだけだ。わかっていたらわざわざ会いになんて来ないだろう。

「わかるからこそ、納得いかないんだ。」

 やっぱり、彼は何もわかっていない。どう考えても納得できる理由だ。

「まあどうせ返事してくれないだろうし、訊きたいことはまた今度にするよ。だから絶対このまま死なないでな。言いたいことは今言ったことだ。もう一度言うぞ、生きろよ。…じゃあな。」

 彼も私の視界から消える。もう二度と彼と話すことはないだろう。わかるなんて言ったって、所詮は彼も他人なのだから。私のことなんて私以外にわかる訳がない。私の本心なんて。 


 木曜日。あいつが来た。私と大して変わらない悪人のくせに平然と生きている、あいつ。

「久しぶりー、来ちゃったっ!」

 あいつはまるで普通の友達のように笑顔で話しかけてくる。やっぱり私がいるのとは別の方向を向いて。

「まさか、こーんなことになるなんてね! 可哀想に。まあでも悪いことしたんだから仕方ないよね。」

 こいつだけが私の悪さを知っている。私がしたことを知っている。だからこいつがみんなに教えてくれないと。こいつしかいないんだ。私はもう何も言えないから。唯一の共犯者であるこいつがバラしてくれないと、私が騙してきた人たちはずっと騙されたままだ。そんなの、だめ。

「私はそんなふうにならないから安心してね! あんたは私のこと、自分と同じだとか思ってんのかもしれないけど、全然違うから。周りに流されてなんとなくでやったあんたとは違うの!」

 あいつを視界から消す。顔を膝に埋め、耳を強く押さえつけた。それでも聞こえてくる、私には耳は塞げない。

 私はあいつのことなんて、何も知らない。


 金曜日。今日は誰も来なかった。不安になるくらい心が落ち着いていて静かだった。誰の声も聞こえなかった。本当に私だけだ、と感じた。孤独だった。だめなのかもしれない。牢屋の中にいてもだめなのかもしれない。私はどこにも要らないんだ。いつになれば終わるのかな。全部、終わりにできるのかな。このまま誰も来なければ私もちゃんと死ねるのかな。でも、死んで、罪から逃げて、本当にいいの? 私が罪を償う方法は、何もないの? もう、終わりなのかな。


 土曜日。ついに来た。ずっと待っていた。私を殺してくれる人。

 牢屋の扉が開く。私は牢屋から出て執行人についていく。もう終わりみたい。執行人は牢屋が左右にいくつも並んだ廊下を歩いていく。奥には金属製らしき扉が見える。私が死ぬ場所だ。

「本当に、良かった?」

 歩きながら彼女が話しかけてくる。私も彼女となら話せる。彼女とだけは。

「何が。」

「これから死ぬけど、いいの?」

「別に。私が悪いし。」

 私があんなことしたから。全部私のせいだ。私が良い人でいられれば。そう思いながら左右に並ぶ牢屋を交互に見ていく。どれも私が入っていた牢屋に比べれば随分と小さい。あれは大きくて重くて、だからこそ私は囚われたのだ。

「着いたね。」

 思っていたよりすぐに着いた。牢屋は以外と少なかった。

「反対側にはもっともっとたくさんあった。」

 執行人は私たちが来た方向を指差した。

 ここをつくるまでにかかった時間はあの牢屋で大体半分なはずだ。でもこっち側には牢屋が少ない。

「あの牢屋のおかげなんだよ。」

 私はずっとあそこに囚われていた。あのことばかりを気にしていた。でもそのおかげで牢屋をあまり増やさずにすんだ。増やさないように、と思えたんだ。

「ねえ、本当に死にたい?」

 私は彼女を無視して目の前の扉を開ける。中には首吊り用のロープと一つのボタンがある。ロープの下は床が扉のようになっている。ロープに首をかけてみるが、この状態では自分でボタンは押せない。

「ボタン押して。」

「…その前に質問に答えて。本当に、死にたいの?」

 執行人は知っているから訊いてくる。わざわざ私に答えさせようとしてくる。でも答えちゃだめだ。今言葉にしたらまた前と同じことになってしまう。それでは困る。本当のことだって全部わかっていて、それでも言ってしまえば取り返しがつかなくなる。

「わかってるくせに、私に訊かないで。」

「答えないと押さない。」

「押して!」

 彼女は大声を出した私に少しも驚かない。だって、彼女は全部わかってしまうのだから。

「全部わかってるんでしょ。だったら、今すぐ押してよ! 早く! お願いだから、」

 早く罪人の私を殺して。

 気づきたくないと思ってしまった。つまり、気づいてしまった。今更どう思ったって取り返しがつかない。悪いことをした私が生きていて良い訳ない。きっと許されない。私が自分を許せない。

「やっぱり生きたいか。」

 今になって生きたいと思えても、もう手遅れだ。

「そんなことない。」

 でももし生きられたとしても罪の意識は残り続ける。だったら死んだ方が楽に決まっている。苦しみながら生きるのが嫌で、自分は死んだ方が良い人間だと勝手に決めつけて、死ねば償えるなんて勝手に思い込んで、楽になろうとした。もちろん、今だって楽になりたい。まだ生きているから、苦しいんだ。

「じゃあ、ここを壊そうか?」

「だめ。」

 執行人が笑う。

「だよね!」

 ここは私にとってどうしても必要な場所だ。悪人の私はこれからも新たな牢屋を増やし続ける。そしてときにそのどこかへ囚われる。牢屋ができるからこそ新たにできる牢屋を減らそうと思える。囚われないために必死になれる。死んだ方が楽だとしても私は苦しみながら生きることを選ぶ。選ばなければならない気がした。誰かの中に大きな牢屋をつくりたくはない。それに償えることなんてないのだから。罪はずっとずっと消えないんだ。

「じゃあこれは押さない。」

「うん、そうだね。」

 私は私のままでいつかもっと素敵なものを増やさなければならない。この牢獄を抱えたままで何かを、見つけなければならない。私はここにいる。



 日曜日。私の意識は現実へと戻ってきた。まだ胸の真ん中に牢獄の存在を感じる。重たくて痛い。牢屋の中で過ごして、私の中でいったい何が変わったのだろう。

 たぶん本当はもともと死にたかったわけではない。ただ死ななければいけないから死にたがっているフリをしていた。本当は死にたくなかった、死のうとしたけれど。

 たぶん何かがはっきりと変わったわけではないのだろう。ただ気づいただけだ。現実に戻ってきて、やっぱり何も変わっていないと思った。お母さんはお姉ちゃんの方が好きだけど私のことも好きで、友達はやっぱり友達で、クラスメイトは私のことをちょっぴりわかっていて、あいつはやっぱり平然と生きている。でも今はあいつのことも少しだけわかる気がする。たぶん気にしないように必死で生きている。

 変わらない現実で増え続ける牢屋を抱えながら、今日もこれからも私はずっと死を待っている。

最後までご覧いただきありがとうございました。罪を犯してしまったと感じたとき誰にも罰してもらえなかったら、いったいどう償えば良いのか。その答えを主人公はこれからも探し続けていくでしょう。

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