恥ずかしがり屋の侯爵令嬢は、公爵令息の手のひらで転がされる
「ウィル様とリアナ様だわ!今日もお美しい・・・。」
「本当にお似合いですわ・・・。」
「お二人の出会いが偶然だったなんて、信じられません。」
「街でウィル様とリアナ様がぶつかったときに、ウィル様が一目惚れしたのでしょう?」
「しかも、お二人とも平民に変装した状態だったとか。」
「顔よし、性格よし、身分よしの男性が、身分の分からない女性と運命的な出会いを果たした・・・。」
「物語のようにロマンチックですわ・・・。」
「憧れのお二人ですわね・・・。」
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そんな声を聞きながら馬車に乗り、現在はウィルと二人きり。
「リアナ、お疲れ様。」
「うぅ・・・恥ずかしかった・・・。」
私、リアナ・ギミュードは、ギミュード侯爵家の長女。
今年で十七歳。
「何であんなに注目するの・・・学園から帰るだけなのに・・・。」
「美しい顔立ち。シルバーの綺麗な髪。宰相の娘。注目される要素しかないな。」
そう話すのはウィル・ラフズダール。
ラフズダール公爵家の長男で十七歳。
私の婚約者でもある。
「いやウィルが悪いのよ・・・ウィルといるから私まで注目されて・・・。」
甘い顔立ち、ブロンドの髪、王族に次ぐ高位の家柄。
注目を集めない訳がない。
「あと、ウィルとの出会いが美化されすぎ。」
「一部割愛されているだけだ。」
「・・・言う相手が間違っていたわ。」
「僕以外に言ってみたら?」
「言うわけないじゃない!体臭に興味を持たれたとか、ナンパ紛いのことをされたとか・・・。」
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あの日、私は街で買い物をしていた。
しかし、休日の街はどこも人が多く、とある通りで男の子とぶつかってしまった。
「ごめんなさい!大丈」
「あなたは嫌な香りがしないな。」
「は?」
「お嬢さん。名前を教えていただけますか。」
「へ?」
「お茶でもしながら話しませんか?」
「ふぇ!?」
それがウィルとの出会いだった。
私とウィルが、十二歳のときのことである。
「改めて、僕はウィル・ラフズダールです。」
「リアナ・ギミュードです。」
とりあえずカフェに移動して、まずは自己紹介をする。
「ギミュード侯爵家のご令嬢でしたか。裕福な平民かと思いました。」
「あなたも・・・まさかラフズダール公爵家のご令息とは・・・。」
貴族の子どもは身代金目的で誘拐される場合があるため、影(護衛)をつけるのはもちろんのこと、平民の姿に変装することが多い。
そのため、お互いに貴族だと気づかなかった。
「突然誘ってすみません。あなたからは嫌な香りがしなかったのでつい・・・。」
「・・・あなたも気になるの?」
「はい。なので、我が家では毎日入浴しています。」
「私もそうなの!!」
「・・・続きは我が家で話しましょう。」
そう言われてラフズダール公爵家に行くと、ガゼボでウィルと二人きりになった。
「他の人に聞かれたくない話があるかもしれないので、二人きりにしてもらいました。ただ、使用人は見えるところにいるので、安心してください。」
私が頷くと、ウィルが話を続ける。
「あなたは・・・僕と同じように、前世の記憶がありますか?」
「・・・!あります!」
「やっぱり。僕は九歳のときに思い出しました。」
「私も同じくらいに思い出しました。」
話してみると、私とウィルには共通点が多いことが分かった。
前世は日本人だったが、不慮の事故で命を落としたこと。
前世を思い出してから、他人の体臭が不快で困っていたこと。
シャワーしかないことに耐えられず、自宅にバスタブを作ってもらったこと。
毎日入浴していること。
「十歳になると、お祝いのパーティーがあるだろう?あれだけは参加したが、会場内の香りに耐えられなかった。それ以降、パーティーへの参加は拒否している。」
「私も同じ。そのパーティーだけは参加したけど、気分が悪くなって早々に帰ったわ。」
入浴は多くて週に一回、少ないと一ヶ月に一回が普通という国。
それなのに、貴族の間では香水をたっぷりつけることが流行している。
「あの体臭と香水が混ざった空間にいて、よく平気だと思ったわ。」
「あれが普通なんだろう。そういえば、二番通りのケーキ屋を知っているか?」
「知ってる。新食感のケーキがあるお店でしょう?」
「あれ、シフォンケーキだよな。」
「ええ、シフォンケーキだったわ。」
「スフレチーズケーキが食べたかったんだが。」
「私も!日本でお気に入りのスフレチーズケーキがあって・・・。」
そんな話をするうちに、私たちは打ち解け、お互いを名前で呼ぶようになった。
そして、気づくと夕方になっていた。
「ウィル、そろそろ帰るわ。また会ってくれる?」
「うん。リアナが僕の婚約者になるならね。」
「・・・はい?」
笑顔で凄いことを言われた。
「出会ってすぐだけど、共通点は多いし、身分も問題ない。何より、僕たちが一緒にいれば、パートナーの体臭に悩むことはない。同じ悩みを抱えているんだから、一緒にいた方がいいと思わない?」
「いや・・・でもすぐに婚約は」
「リアナは体臭がキツい人と結婚したいの?」
「うっ・・・。」
結局、私は丸め込まれて、ウィルの婚約者になった。
私の親もウィルの親も、この婚約に大喜び。
社交の場に行かない我が子を見て、パートナーが見つかるか不安だったらしい。
しかし、いくら条件が良いとはいえ、婚約者をこんなに簡単に決めていいのだろうか。
「リアナ。」
両家顔合わせの日、大人たちの会話が終わるのを待っていると、ウィルに話し掛けられた。
「君は、僕が婚約者になったのは、体臭が理由だと思っているね?」
「はい。」
「僕は君を愛しているよ。」
「・・・はい!?」
「こんなに可愛くて、話が弾んで、前世のことまで隠さなくていいんだ。惹かれるのは当然だろう。」
「でも、同じ悩みを抱えているからって」
「好きでもない人と婚約する男なんていないぞ?」
「ええ・・・。」
そんなの知らない。
「で、でもっ、何でこんなにすぐ」
「その見た目と身分なら、男たちが放っておかない。さっさと婚約しないと危ない。」
危ない?
「大体、リアナのギャップが悪いんだ。見た目は完璧な侯爵令嬢なのに、実は目立つのが苦手で恥ずかしがり屋なんて、ずるいだろう。」
悪い?ずるい?
「つまり、リアナのせいということだ。」
意味が分からない。
確かに、前世の性格を引き継いだ影響で、人から注目されるのは苦手で恥ずかしいと言ったけど。
「とにかく、絶対にリアナを手放したくないんだ。」
「・・・えーっと・・・。」
正直、罠じゃないか不安。
「まあ、すぐに信じなくてもいい。」
それは一安心。
「これから分からせてあげるから。」
ん?
「覚悟してね。」
「ひぇっ。」
怖い。
覚悟って何だ。
そう思ってから早五年。
私とウィルは、すっかり仲の良い婚約者になった。
何も隠す必要がない人と一緒にいるのは、想像以上に心地よかったのだ。
ウィルからの愛は重・・・凄かったが。
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「侯爵令嬢らしく大人しくしてるんだから・・・注目しないで・・・恥ずかしい・・・。」
「大人しくしてるって・・・品があると言われるだけじゃ・・・。」
「ウィル?何て言ったの?」
「こういう姿を見せるのは僕の前だけにしてくれと言った。」
「人前でやるはずないじゃない・・・。」
「ギャップ萌えが起きるからな。」
「私の場合は萌えにならないわよ。中身が残念だと思われて終わり。」
「いや・・・リアナの場合は庇護欲を・・・。」
ウィルが何か呟いているけど、疲れたから無視する。
「何でウィルは平気なのよ。」
「僕の場合、前世の記憶はあるけど、性格への影響は少ない。公爵令息として教育された、ウィルの性格が強く出ている。」
私もそうなりたかった。
「しかも、僕が目立たないと危ないし。」
「ん?」
「リアナは自覚がないから。」
「んん?」
「事業のきっかけになったことも、積極的に広めるように言ったし。」
実は、私とウィルはお父様たちを説得して、体臭を改善するための事業を進めてもらった。
その結果、現在は毎日入浴する習慣が定着し、体臭が気になる人は激減した。
そして、私たちがきっかけで事業が始まったことは、有名な話になっていた。
ついでに、私たちがいつもいい香りなのは、パートナーを愛しているからだという話も広まった。
「面倒な入浴を毎日できるのは、パートナーへの愛が強いからだって話は・・・。」
「言い出したのは僕じゃないけど、都合がいいから放っておいた。」
「訂正してよ!日本人だった名残よ!」
「男どもがリアナが入浴するところを想像するのは腹が立つから、きちんと」
「そうじゃなくて!嘘を否定して!プライベートの話を広めないで!」
プライバシーを知らないのか。
「だって、見せつけないと牽制にならないし。」
「?」
「これくらいしないと、王太子がリアナを諦めないだろうし。」
「!?」
どういうことだ。
「王太子って何の」
「リアナは気にしなくていい。目立つ人たちと関わりたくないだろう?」
・・・それはそう。
気にならないわけではないけど、深く追及しない方が賢明かもしれない。
「話は戻るけど、令嬢たちの話は、あながち嘘ではない。こんな異世界で、前世の記憶を持つ女性と出会えたんだ。リアナとの出会いは運命的だったし、物語の一つや二つ」
「書かないでね?」
確かに、ウィルとの出会いは運命的だったかもしれない。
でも、婚約者とのあれこれが物語になるなんて・・・。
「恥ずかしい?」
「当然でしょう!」
「王太子妃にならないためでも?」
「・・・し、知らない!ウィルなら他の方法でどうにか出来るでしょう!」
「よし、リアナの期待に応えよう。実は」
「待って。嫌な予感しかしな」
「じゃあいつ聞く?リアナに隠し事はしたくないな。」
「うっ・・・。」
これからも、ウィルに勝てない日々は続きそうだ。