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エッセイ

私を愛したゴキくん

 あれは確か7年前のことでした──


 ある夜、アパートに仕事から帰り、明かりを点けると、壁に嫌なものを発見しました。


『うわ……! ゴキさん、おるんや……』


 おおきな黒い虫が、まるで私の帰りを出迎えるかのように、ササーッとこっちへ寄ってきました。

 玄関に置いてあった殺虫剤を私が手にしたのを見ると動きを止め、殺気を感じたのか、慌てて方向を変えると、手の届かないところへ逃げてしまいました。




 それから毎晩、私が帰宅するたびに、そのゴキくんが出迎えてくれるようになりました。




 一人暮らしの寂しさからか、なんだかやたらと親しげにしてくるので、私は殺虫剤を手にするのをやめてしまいました。なんだか害虫のように思えなくなってしまって……。


 私がお風呂に行こうとすると壁の上をサササーッとついてきて、入浴を終わって扉を開けると、向かいの扉からニコニコするように私を待ってくれていたりしました。



 料理をしていると、私が野菜を切っているまな板の側に来て、私の手つきをじっと見ていました。

 さすがに怖くて包丁を振り上げると、サササとまた逃げていきます。

 何か食べるものをあげたことはなかったのですが、たぶん私の食糧庫から何かをあげている形になっていたことでしょう。




 一度、寝ている時にふと目を覚ますと、目の前でゴキくんがじっとしていたことがありました。

 眠っていたのかもしれません。

 私が盛大に悲鳴をあげると急いで逃げていきました。



 毎晩仕事帰りを出迎えてくれるので、私もゴキくんに話しかけたりするようになってしまいました。


「ただいま。今日もお出迎え、ありがとね」



 だんだんと彼をじぶんのペットのように感じるようになり、でも近づかれたら悲鳴をあげ、よくわからない関係になっていきました。





 そんなある日の朝、私が仕事へ行こうとして、スニーカーを履き、足を上げると、その下からゴキくんが猛スピードで出てきました。どうやら私の靴の下で眠っていたようで、それと知らずに私が踏み潰してしまったのです。


 玄関の扉を開けると外へ駆け出していきました。そしてすぐのところで動きを止め、じっと私が出ていくのを見送っていました。背中の羽根がめちゃくちゃになり、お尻からは白いものがはみ出ていました。


「ごめん……」

 私は後ろ髪を引かれながらも、そのまま駐車場まで歩きました。

「ごめんね……」


 彼は動きを止め、じっと私を見送っていました。





 夜、仕事から帰ると、ゴキくんは朝に見たままのところで息絶えていました。

 どうしようかと迷った末、ちりとりに入れて、ベランダを出てすぐのところの地面に穴を掘って、お墓を作ってあげました。


 あなたがあの虫じゃなかったら、たとえば白いイタチとかだったら、ペットとして愛してあげられたのかな。


 ごめんね、愛してくれたのに。愛してあげられなくて。




 

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― 新着の感想 ―
…………そうか。 わたしに見つかった虫はすぐ排除されてしまうから、そういった形で付き合った事はないなあ。 知らず知らず蜘蛛と同衾して、目覚めて即潰した事はあるけど。それこそ目の前にいやがったから。
[良い点] しいなここみさんのお人柄が伝わるエピソードでした。ゴキくんがどのような気持ちを抱いていたのか、或いはいなかったのか想像すると不思議な気分になりますが、結末についてはある意味で仕方なかったの…
[良い点] そんなことがあったんですね。 最後、せつなかったです。 その一方で……。 ざまあみろといわんばかりの、作者さんのもうひとつの恐い顔も思い浮かびました。
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