冒険者
明けましておめでとう御座います!
アーシャによって案内された冒険者ギルドの中は緊張感に溢れていた。
ギルドとは元の世界での役所のような場所で、職業によって冒険者ギルド・商業ギルド・魔法ギルドが存在するらしい。
それぞれ冒険者ギルドは冒険者関連の統括組織、商業ギルドは大商会から個人店までをまとめ、魔法ギルドは魔法研究や魔法使い育成をしている。
「アーシャ、これは……」
この空気感の正体を聞こうとアーシャの名前を呼んだ瞬間、中にいた冒険者たちの視線が俺たちに集まった。
「「「「「――アーシャ!」」」」」
一拍のあと全員がアーシャの元へ駆け寄る。
「お前無事だったのか!?」
「オークたちはどうしたんだ!?」
「まさか街に向かってきているのか!?」
「みんな、ちょっと落ち着いて!」
「道を開けてくれるかな?」
アーシャが冒険者たちを鎮めようとする中で、凛とした声が響き冒険者たちが道を開ける。
開いた先にはフレイたちと同様、耳の長いブロンドヘアのエルフ族の男が立っていた。
「ギルド長!」
アーシャにそう呼ばれた男性は周りの視線を集めながら向かってくる。
「アーシャ、無事で何よりだ。詳しい話が聞きたいんだが……そちらの彼も一緒に来てくれるかな?」
「はいにゃ」
「はい」
俺たちはギルド長に連れられ階段を昇る。
冒険者ギルドは3階まであり、その最上階にあるギルド長の執務室へ入室する。
真ん中には広いテーブルに二人掛けのソファが対面になるように置かれ、奥には執務机が配置されている。
床は大理石のような石で出来ており何かの動物皮をなめしたものが敷かれている。
「さて、アーシャが戻ってきているということはオークの群れは全滅していると考えていいのかな?」
ソファに座り事務員のような女性が用意していった紅茶を挟んでギルド長がそう切りだした。
アーシャは少し悩んで俺の方を向く。
きっと俺が倒したことを正直に話すのか、悩んでいるのだろう。
「オークの群れは全滅させました。周辺を調べましたが逃げた個体もいないと思います」
アーシャが話すと思っていたギルド長は口を開いた俺に驚いていた。
しかし組織を束ねてきた者としての誇りだろうか、すぐに表情を戻す。
「”させた”ということは、君がオークの群れを倒したと?それは本当かい?」
「私が倒したのは1体だけです。それ以外はアーシャが独力で殲滅しました」
「……ほう」
「ギルド長!トーゴが言っているのは事実にゃ!でもトーゴが倒したのはレッドオークにゃ!トーゴがいなかったら、あたしは死んでたにゃ!」
「アーシャ、いやトーゴ君?を疑っているのではないよ?君が連れてくるほどだからね。それと遅れたがギルド長のユーメラ・センスという。トーゴ君、改めて我がギルド員を救ってくれたこと感謝する」
「私は久瀬東吾です。アーシャを助けることが出来たのは偶然ですから」
「ではその偶然に感謝しよう。それとレッドオークの体は放置してきたのかな?場所を教えてもらえればギルドが回収に向かうが……」
「私のバッグの中に入っています。場所を用意してもらえれば出しますよ」
「まさかマジックバッグかい?話し方から高貴な生まれかと思っていたが、強い上に商人でもあるのかな?」
「いえ……」
「トーゴは遠くから来た旅人で最近この国についたらしいのにゃ。だから冒険者ギルド証もあげてほしいのにゃ」
「それぐらいなら問題ないさ。試験には受けてもらうが例外としてランクも上げよう」
「凄いにゃ!良かったにゃ!」
とんとん拍子で話が進む中、今の会話で不安なことが1つあった。
「試験というのは、どういった形式になるのでしょうか?」
この世界のことについて知らない俺が今筆記試験などを受けても合格できるとは思えない。
アーシャと話していたギルド長のセンスさんはもう一度俺に向き直り説明してくれた。
「試験というのは簡単に言えば、その人物が冒険者としてやっていけるのかを見るものだね。難しく考えなくても筆記試験と実技試験の2つだけだから。それに筆記試験の資料は渡すものを勉強してくれれば構わないし、レッドオークを倒すほどの実力だ。実技についても問題無いだろう」
「そうですか。少し安心しました。ちなみに日程は決まっていますか?」
「実技はこれからやるとして……筆記試験は3日後にしよう」
「3日後!?早くないですか?」
「資料と言っても冒険者としての規則をいくつか覚えてもらうだけだからね。資料を見て今日でもいいと言うなら今日やりたいぐらいさ」
「……そうですか。分かりました」
「じゃあ、レッドオークの戦利品とトーゴ君の実技試験をしに訓練所へ行こうか」
センスさんに連れられ階段を降りていくと先ほどの冒険者たちがいた。
冒険者たちが集まってくるのをセンスさんは手で制す。
「アーシャに怪我は無くオークの群れもここにいるトーゴ君の協力があって殲滅された!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
「これからトーゴ君は我らフレンド支部の仲間となるため実技試験を行ってくる。冒険者となった暁には皆トーゴ君の力となってもらいたい!」
「冒険者のことなら俺に聞け!後輩!」
「お前最近死にかけたじゃねえか!」
「合格したら依頼受けようぜ!」
「お前は遠征予定入ってるだろ!」
オークの群れの襲撃に備えて殺気だっていたムードとは一転して俺のことを歓迎してくれている先輩たちに礼を返し、地下の階段へ向かうセンスさんへついていく。
「気の良い人たちですね」
「だろう?自慢の支部さ」
自分の支部員であり街を預ける仲間を褒められて嬉しそうに笑うセンスさんを見ながら、俺はフレイたち弟子とエウのことを思い出していた。
しばらく階段を降りるとドーム状の広い空間に出た。
体感で言えばサッカーや野球を行うドームと同じぐらい広いだろうか、もしかしたらもっと広いかもしれない。
「さて、ここが訓練所だ。まずはレッドオークを出してもらえるかい?」
センスさんは訓練所の真ん中まで俺たちを連れると地面を指差しそう言った。
俺は肩から下げたマジックバッグへ手を入れるとレッドオークを取り出した。
「やはり大きいな。この感じだと頭は無いのかな?」
「すみません。咄嗟のことだったので魔法で吹き飛ばしてしまいました……」
アーシャからも言われていたがレッドオークの頭部は貴重だったようだ。
センスさんはレッドオークの死骸を一通り確認すると魔法で訓練所の端へ寄せる。
(センスさんは魔法使いなのか)
エルフであることから魔法が得意なんだろうとは分かっていたが、今のレッドオークを持ちあげた際に吹いた風が強い風にも関わらず、こちらには風が来なかった。
つまりは細かい魔力操作が呼吸をするように出来るということ。
冒険者を束ねるだけあって彼自身かなり強いことが分かる。
「さて、実技試験を始めようか」
センスさんがそう言うが、実技試験で何をするのかは聞いていない。
魔法の威力を見るにもサンドバッグになるようなものもないがどうするのだろうか。
そんな風に考えていた俺をよそにセンスさんはスーツ姿のまま俺から距離を取っていく。
「あの……」
「君の試験相手は私が勤めよう」
「にゃ!?」
ギルド長が試験相手……。
状況が飲み込めない俺にギルド長は腕を開いて「どうぞ」と言わんばかりに言った。
「トーゴ君は魔法使いなのだろう?僕に魔法攻撃を使用し、その威力次第でランクを決めようじゃないか」
「いいんですか?本気で撃っても?」
「そうじゃないと試験にならないからね」
センスさんが体内魔力を練り始めたことで、俺は彼が言っていることが本気なのだと理解した。
ならば俺も彼の言葉に答えなければならない。
魔法を準備するために体内魔力を限界まで練り上げる。
3秒もあれば俺の魔力はセンスさんの魔力を超えて体から溢れ出す。
練り上げられた体内魔力を空気中の体外魔力へ干渉させて魔法をイメージする。
センスさんからは本気でと言われたが、ここで水蒸気爆発を起こす訳にはいかないだろう。
近くにはアーシャがいるし、何より街を吹き飛ばしかねない。
俺が使える魔法で実践的かつ単独攻撃の魔法は……。
「――これは」
センスさんの驚く声が聞こえた気がした。
しかし魔法の制御に集中する俺に聞こえているのは風と魔力の吹き荒れる音のみ。
「――いきます!」
俺が翳した手から放たれるのは風の砲撃。
魔法としては中級魔法だが、籠められた魔力量と風の凝縮により威力は数段上がり、狙いを良くするために回転を加えながら放つ。
対するセンスさんは風の防御魔法として2枚の障壁と自身の体を覆う風膜を展開する。
「――くっ!」
砲撃は2枚の障壁を簡単に撃ち破り迫る。
センスさんは砲撃の威力を分散させるために風に干渉しようと自身の体内魔力を捩じ込もうとしている。
しかし俺の制御を掻い潜ることが出来ず断念、そして風で自分の移動を加速させ弾道から逃げながら同じ中級魔法の砲撃を一瞬で展開し少しでも反らそうと俺の砲撃に当てた。
ドオオオオオオォォォン!
壁に直撃した砲撃の爆発音と土煙が周囲を巻き込んだ。
「ニャァァー!」
驚いて耳を塞ぎなから腰を抜かすアーシャに怪我はない。
事前に風の防御を張っていたので心配はしていなかったが。
それ以上にセンスさんが心配だ。
確実に障壁を貫いた砲撃は最後センスさんの身体に当たったように見えた。
「大丈夫ですか!?」
どこにいるのか見えないセンスさんへ向けて声をかける。
「ごほっ!ごほっ!凄いな……。すまないね。私は大丈夫だ」
俺は風で周囲の土煙を晴らすと綺麗だったセンスさんの衣服が傷つき破れている。
怪我は無いようだが、どうみても大丈夫には見えない。
「あの、怪我は……?」
「ああ、私には加護が付いているから問題無い。しかし……魔法だけでなく加護を使っても避けるだけで精一杯とは……。直撃していたらと思うと……」
「すみません……」
「いや、私が油断していたんだ。君は悪くない」
センスさんはあくまでも自分のせいだと主張するが、これから魔法を撃つときは自重しなければ……。
魔物相手でもレッドオークのように吹き飛ばしてしまう威力を普通にすると、人間相手では確実に殺してしまう。
「今の音は何ですか!?」
訓練所へ入ってきたのは先ほどのギルド長執務室で紅茶を持ってきてくれた事務員の女性だった。
ひどく慌てた様子の女性はセンスさんの衣服がボロボロになっているのを見て驚く。
「ギルド長!?」
「アンナくん。すまないが、替えの服を持ってきてもらえないかな?」
「わ、分かりました!」
アンナと呼ばれた女性は訓練所を飛び出し階段を駆け上がっていった。
「さて、トーゴくんのランクについてだが……少しこちらで検討してもいいだろうか?」
「検討……というと……不合格なんでしょうか?」
「いやいや筆記試験がどうであれ、君のような実力者を冒険者として起用しないわけないよ。ただ冒険者ランクを上げるために通常必要なランクアップ試験をやらないからね。例外だからこそ簡単には決められないんだ」
「そういうことですか。こちらとしては身分証が必要なだけなので合格できたならそれでいいと思っています」
センスさんが言っているのは、おそらく冒険者としての格を表しているであろう冒険者ランクで新人が高ランクとなってしまうと他の冒険者から反感を買うことになる、ということなのだろう。
俺の目的は海のある港町へ向かうこと。
その目的のため、この世界では街へ入るために必要な身分証を得られれば十分だと思っている。
アンナさんがセンスさんの服と事前に頼まれていた筆記試験の資料を持ってきた。
持ってきてもらった資料を確認すると「冒険者同士の争いにギルドは関与しない・他ギルドと関係がある場合には申告すること」など冒険者ギルドで”働く”ことになる上で重要なことが書いてあった。
大学まで通っていた俺からすれば、これぐらいの文章量と内容なら問題無く覚えられると判断し筆記試験をすぐ行うこととなった。
アーシャにはギルド1階の受付で待ってもらう。
「うん。合格だ」
筆記試験は暗記の時間も含めて30分ほどで終わってしまった。
多少の覚え間違いはあったが、センスさんいわく「大筋が理解できていればいいのさ」ということだった。
そしてセンスさんと別れ、受付へ向かうとアンナさんとアーシャが話していた。
アンナさんはこちらに気が付くと1枚のカードを持ってきた。
「トーゴさん。こちら仮のギルド証となります。仮とはいえ身分証としては十分に使えますが紛失した場合には再発行料金として銅貨3枚を支払っていただきます。それと仮の状態では依頼が引き受けられないので……すみません。出来る限りランク審査を急ぐのでお待ちください」
「分かりました。何から何までありがとうございました」
アンナさんから受け取った仮のカードは厚紙で出来ていて表面には俺の名前がカタカナで記されている。
それ以外の表記は特に無く本当に簡易的な仕上がりだった。
アンナさんに見送られた俺はギルドを出て街を歩く。
「それでアーシャはどこへ行くんだ?」
ギルドを出てからついてきていたアーシャに俺が尋ねると、捨てられた猫のような表情に変わる。
「トーゴについて行くにゃよ!?ダメかにゃ……?」
「こちらとしてはありがたいけど……仲間とかはいないのか?」
「あたしは独りで活動してるにゃ。他の冒険者よりも強いにゃよ?」
そういえばギルドでもアーシャは他の冒険者からの信頼が厚いようだった。
センスさんもアーシャがオークの群れを倒したこと自体疑いもしていなかった。
「アーシャの冒険者ランクは……というか。冒険者ランクって何なんだ?」
おそらくは冒険者としての強さの指標みたいなものなんだろうが、具体的な説明を聞かずにギルドを出てきてしまった。
アーシャはそんな俺の問いにアホらしく口を開けて驚く。
「当然のように話を進めるから知っているもんだと思ったにゃ……」
「それは、まあ……なんとなく分かるから聞きそびれていたんだよ」
アーシャは大きな溜息をつくと丁寧に説明してくれた。
全てのギルドにはギルドランクがあり、最上位のランク1から最下位のランク10まで決められている。
ランク10は新人や下っ端、ランクが上がるためには冒険者であれば依頼経験や魔物討伐数などを総合して基準を満たした者にランクアップ試験を行う。商人であれば実務経験や顧客満足度などを評価され、魔法使いであれば魔法研究の成果や魔法の習得数を評価される。
一般的にはランク8でプロとして認められるレベルであり、ランクが3を超える者たちは国家レベルで重宝される。
アーシャのギルド証を見せてもらうと金属板に6と大きく記載されている。
「じゃあアーシャは冒険者として立派なプロってことだな」
「そうにゃ!フレンド支部の中では5番目に強いにゃん!」
あれだけの屈強な男たち以上に強いということは、相当なのではないだろうか?
「アーシャの上にも4人はいるんだな」
「そうにゃね。正確に言えば1人と3人にゃけど」
「どういうことだ?」
「今のフレンド支部にはチームを組んでランク5にいる3人組と人員不足で王都から派遣されたランク2が1人いるにゃよ」
冒険者がアーシャのように1人で活動しているのかと思っていたがそうではないようで、魔物を相手にすることの多い冒険者は様々なリスクを避けるために数人でチームを組むことが多い。
チームを組んだ場合にはチームランクという形でチームに参加する冒険者の平均ランクを計算し1つ上のランクで考える。
例を出すとフレンド支部にいる3人組はランク5・6・6の3人組のため平均5.6となるため、ランク4の依頼までは引き受けることが出来る。
「アーシャはチームを組まないのか?」
「あたしはガルブだからにゃ。国によっては敬遠されるにゃ。チームを組んで遠征するのにもメンバーに迷惑をかけることになるにゃ……」
「それで1人なのか」
差別……元の世界、地球でもあった大きな問題。
多くの人や国が問題視し、解決するために動いていたにも関わらず消えることの無いものだった。
「でも1人だと危険じゃないのか?」
「危険のある依頼には臨時チームを組んでるにゃ。それに……これからはトーゴもいるし……」
「アーシャは冒険者だろ?何か目的があってそうなったなら俺についてくるのは時間の無駄にならないか?」
「あたしは親から離れるために冒険者になっただけにゃ。トーゴが嫌なら……ここでお別れするにゃ……」
アーシャは泣きそうな顔でそう言った。
俺としては道案内をしてくれる人とまだ分からない現地のことを教えてくれる人がいてくれるだけで嬉しい。
「アーシャにそんな顔させるために言ったんじゃないんだ。俺も君がいてくれると嬉しいんだ。なんていうか……その、これからもよろしく」
パッと顔を上げたアーシャは笑顔で言う。
「こちらこそ!よろしくにゃ!」
ギルド(組合)
職業によって冒険者ギルド・商業ギルド・魔法ギルドが存在する。
全てを国家が運営しており、ギルドランクの上位者は国家の保護下に置かれることが多い。
ギルドに入らずにいる一般市民も一定数いるが、国家間の行き来にはギルド証が不可欠になるため自国から出ないと決めている者が大多数である。
ランクは1〜10までありランク1が最上位、ランク10が最下位となる。
ランクアップ試験はギルドごとに決められた基準があり、その基準を超えた者が受ける権利を得る。
いつも呼んでいただきありがとうございます
活動報告の方に新たな活動について報告させていただきました。ぜひ、ご覧ください。